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100、狂気の嵐 ~死にたくない~

 雨は好きではない。


 いや、やっぱり好きかもしれない。


 このように言うと、何とも俺が優柔不断な奴に聞こえることだろう。


 しかし、雨にしても何にしても、時と場合というものがある。


 晴耕雨読というように、晴れの日は耕し、雨の日は読書に耽る。そういうものだ。


 けれど、現代の社会、外的要因によって自らの行動を制限するというのは、難しくなっている。


 平日であれば雨が降っていようと雪が降っていようと学校に行かなくてはならない。学生とはそういうものである。


 社会人になれば、社会のルールが適用される。その社会に縛られる。そういうものだ。


 だから、俺にとって雨というものは、時と場合によってその存在価値を変える。


 室内にいる時は、雨というものは風情があっていいなあ、などと感慨に浸りながらゆったりと過ごすだろう。ほら、俺って友達と外出するとか殆どないから。


 屋外にいる時は、雨というものは厄介だなあ、などと文句を言いながら急いで家に変えるだろう。ほら、俺って友達といることとかあんまりないから。


 ……あれ、何だろう。自虐に走っているような気がする。


「何だ、てめえ」


 まあ良い。今は少し、集中しようではないか。


「俺はキエル。貴様と同じく、国に追われる身だ」


 今目の前にいるのが、大罪人、ヘリヘス。なるほど、随分な巨漢だな。『絶対怪力』より遥かに強そうだ。


「てめえも罪人か。だが丁度良い。罪人であろうと民衆であろうと大差はねえが、少しはやり合えそうだ!」


 続けて話そうとしていた俺に、容赦なくヘリヘスが突撃してくる。が、速度的には大会出場者とあまり変わらない。問題なさそうだ。


「ふん、俺を貴様のような低俗な罪人と一緒にするな。俺は偽勇者、国家を裏切りし偽物の勇者だ!」


 ヘリヘスの攻撃はおそらく速度と威力を両方兼ね備えていることだろう。だから変に体術系に持って行くと捻り潰される恐れがある。


 故に、遠距離射撃だ。


「氷双八双!」


 近づいてくるヘリヘスとの距離を取りながら、俺は刃の嵐をお見舞いした。


 最初に獣と戦った時とは違う。亜人獣を葬る威力を持つ技だ。


 だが、別にそれがヘリヘスに効くとは思っていない。ただの牽制のつもりで使用しただけだである。


 きっと勇敢な闘士達が増援に来てくれる。それまで耐えられればそれで良い。


「小手先の技など!」


 ヘリヘスの右手が濁ったように光り、俺の放った氷の刃をまるで埃でも払うかのように除けた。




「ストームオブレイピア!」


 ならばトカゲドラゴンの時のように物量押しだ。


 相手の体格は『絶対怪力』に似ている。攻撃方法はカイナやお兄様。狂気は――誰だろうな。


 故に攻撃の間に隙は少ない。牽制をしているだけでは相手に攻撃を与えられない。


 だが、それで良いのだ。俺の役目はあくまで時間稼ぎ。まあ勝手に決めた役回りではあるけれど、まさかこの世界の住人が、大罪人の相手を一人の旅人に任せるという程冷たい訳でもあるまい。きっとアギルや、ギルドのおっさんや、その他諸々の勇士達が来てくれる。


 つまり俺は敵との距離を取ることのみを考えれば良い。


 とは言っても、そう簡単にそれを維持できるとも思わない。


 相手は俺を倒す気満々なのだから、必ず間合いを詰めてくるはずだ。ヘリヘスの速度を前にして、いつまでも逃げられるとは流石に言えないだろう。


 だからと言ってカイナと戦った時のように一方的に逃げる訳にもいかない。そうすればヘリヘスは俺を追いかけ、人がいない場所から大勢が非難している方に行ってしまう。


 いや、中心部から遠ざかるように逃げれば行けるか?


 ――駄目だ。中心部から遠ざかった所で人がいるのには変わりない。


 だから一方的に逃げるのでは駄目なのだ。足止めをしなくてはならない。文字通り、奴を止めなくてはならない。この場に留めなくてはならない。


「逃げてばかりじゃつまらねえだろうが!」


 その間にも、ヘリヘスは剛腕を振りかざす。俺の飛ばしたレイピアの嵐を難なく跳ね返す。


 地面が割れる。水しぶきが広がる。


 だが、ヘリヘスは道具を持っていない。


 剣も、槍も、盾も、何も持っていない。


 いや、しかし、ヘリヘスにはそんなものは必要ないのかもしれない。


 己の腕が己の剣であり、また盾でもあるのだ。


 そして槍の如く突撃するのだ。


 ヘリヘスはその存在が既に武器。自分自身を武器と化している。


 が、思えば、武闘家というものは皆そうなのかもしれない。


 手に持つ武器より、自分自身という存在の方が余程強力な武器なのかもしれない。


 だから、そのような強大な力に対抗しようとした時、俺の体は竦んでしまう。


「逃げているのではない!」


 けれど、逃げることは悪いことではない。


 明日木白邪を前にして、俺が逃げた時もそうだ。全力で逃げた。


 己が保身を優先して、また仲間の命を優先して、クラスメイトを見捨てて逃げた。


 だから、今も俺は、戦いから逃げている。


 何、言っていることが違うと?


 いいや違わない。


 俺は、戦いから逃げてはいるが、勝負から逃げてはいない。


 目的を達成する為、俺はしっかり敵を見据えている。


 よく見て、よく躱して、粘る。


 それで良い。


「おらおらっ!」


 ヘリヘスの攻撃は思ったよりも単調で避けやすい。未来眼もあるので逆に隙を見つけられるくらいだ。だが、その隙をついたりはしない。


 ヘリヘスがこんなに単純で弱いはずがないからだ。


 戦闘狂とでも言うべきヘリヘスは理論的に考えるタイプではないとは思うけれど、それでも強者である以上無意識であろうともその戦い方には合理性が生まれる。


 だからヘリヘスは。わざと単調に攻撃しているのだ。わざと隙を見せておいて、相手の動きに合わせて不意打ちを放つ。言わば先読み。自分の行動を分かりやすくすることによって、その対処をする相手の行動を予測するのである。


 それが分かっているからこそ、俺は攻撃をしない。いや、例え分かっていなかったとしても、この勝負において俺が攻撃する意味は殆どない。


 俺のする攻撃と言ったら防御の為の攻撃、すなわち牽制だ。必要以上に剣を交える必要はない。


「どうしたヘリヘス。攻撃が当たっていないぞ」


 いつか使ったような気がする挑発文句を言いながら、俺は攻撃を避ける。


 単調ではあるものの、気を抜くと大ダメージを食らってしまうのは明らかである。相手に油断させるというのがヘリヘスの基本戦法なのだから、そこにはまってはいけない。


 が、しかし、普通の人間ならヘリヘスの狂気じみた攻撃に怯んでしまうのかもしれない。と考えると寧ろ彼の戦法は、圧倒的な力で押し切る、という方が近いと考えることもできる。


 では何故、俺はヘリヘスの攻撃に怯んでいないのか。


 いやいや、怯んでますよ? めっちゃビビッてますよ?


 さっきは敢えて攻撃しないみたいなことを言ったけれど、実際は怖くてできない、という方が正しい。


 隙があるというのと攻撃ができるというのは別だ。隙があっても勇気がなければ攻撃はできない。


 だから言っただろ、俺の勇気は偽物だって。


 そう自分自身に言い訳をして、俺はヘリヘスの攻撃を躱し続ける。



 右ストレート。


 回し蹴り。


 左鉄槌。


 突進。


 それら敏速かつ高威力の攻撃を、危なげに躱す俺。


 実に格好悪い。


 雨が降っている為、足元にも注意しなければならない。


 滑ったらそこで終わりである。


 滑らない話にすらならない。


 だからヘリヘスの攻撃にも細心の注意を払いつつ、俺はしっかりと足元を見――






 転がっていた。


 無残にも、転がっていた。


 雨に打たれて、その生気が失われようとしている「もの」が、転がっていた。


 人。


 人。


 人。


 人。


 四人の人間が、転がっていた。


 皆一様に随分と豪華な衣装を纏っているではないか。


 これほど贅沢な服装をすることができる者など、ただの街に存在するとは思えない。それこそ、貴族や王族でもない限り。


 あるいは俺のように、王国に招待された身でもない限り。


 王国に召喚された身でもない限り。


 ああ、分かっているさ。


 もう分かっている。


 絢爛たる衣装は泥と雨に塗れ、その輝きを失っているけれど、四人の表情にも光はないけれど、それでも俺は分かっている。


 だって、こいつら、俺のクラスメイトじゃないか。


 鈍い色に染まる姿を見ても、クラスメイトの顔を忘れる俺ではない。


 相手からは憶えられていない俺でも、俺の方は憶えている。


 現実を謳歌していた四人の若者。


 国立海王。


 外森西治。


 時沢綾火。


 佐々田友理。


 話したことなどろくにない。けれど、四人とも同じ学校の、同じクラスの生徒だ。


 特段好きという訳でもない。好きでもないし、嫌いでもない。


 だけど――


「ぐっ!?」


「よそ見している場合か」


 ヘリヘスの姿が目の前にあった。


 当然、もう目の前にあるということは、回避が間に合わないということだ。


 それ程までにこの男の狂気を帯びた攻撃は鋭く、素早く、凄まじい。


 四人の方を見ていた俺はほんの一瞬、ヘリヘスから気を逸らしてしまった。


 迂闊。


 体が痛い。


 全身が痛い。


 大きく飛ばされた俺の体は、コンクリート並に堅い石の道路に打ちつけられる。


 まずい。


 早く動き出さないと。


 俺もあの四人のように、無残に転がる羽目になってしまう。


 そうしたら、あの四人は誰が助けるのだ。


 ――助ける?


 助ける、のか?


 誰が?


 俺が助けなかったら、誰が助けるのだ?


 無論、誰もいない。


 じゃあ、俺が助けるのか?


「死ね!」


 助ける、助けない。


 そんなことを気にしている場合ではなかった。


 現状では、人を助ける前に自分が死んでしまう。


 ヘリヘスに殺されてしまう。


 それは、嫌だ。


 殺されたくない。








 死にたくない。




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