1、日常崩壊 ~さらば、俺の愛する弁当よ~
元旦なので思い切って新規作品投入です! よろしくお願いします!
教室の床がどうして茶色なのかって、考えた事あるか?
ちなみに俺は今思った。どうして茶色なんだろう。
気になってみたから隣のやつに聞いてみる。
「なあ、前助。どうして教室のタイルって茶色なんだ?」
茶髪を逆立てたいかにも今時の若者という体の彼、剣野前助は俺の友達だ。
元は「友達の友達」だったが、クラスが一緒になり、隣にもなったのですぐ打ち解けた。
お調子者の面も持つけれど、根は真面目、だと思う。まだよく知らないけど。
「何言ってんだよ綺慧瑠。そりゃ木で作られてるからに決まってんだろ」
「じゃあ何でタイルは木で作られてるんだ?」
「え、それは……何でだろうな」
「多分安いからだと思う」
「予想出来てんなら聞くなよ!」
前助が大きな声を出す。授業中は静かにな。
「おい、剣野、うるさいぞ。静かにしなさい」
そりゃ勿論、授業中にうるさくすれば怒られる。
「で、でも綺慧瑠だって喋ってましたよ!」
反省していないのか、前助は先生に抗議した。全く、ちゃんと反省しなきゃだめだぞ。
「ん、ああ、そうか、煌々川も静かにな」
「はい、すいません先生」
若干の笑い声が教室内に広がる。
そう、俺は昔から、何かと影が薄い。
いる事に気づいてもらえない。
これはもう避けられてるとかそういうレベルじゃなく。
俺達二人を先生が注意した所で、四時限終了のチャイムが鳴った。ああ、腹減ったな。
「はい、じゃあ今日はここまで」
先生が授業を終わりにし、皆が立ち上がって礼をする。
さて、お昼の時間だ。
今日のお弁当の中身は何だろうか、楽しみだ。
毎日ありがとう、お母さん。
「なあ綺慧瑠、一緒に弁当食おうぜ」
弁当を開こうとしたところで前助が誘ってきた。
俺達の席は窓側の列の一番後ろで、基本的に邪魔が入る事は無い。というか俺の存在に気づいてもらえない。前助は俺に声を掛けてくれる数少ない人物だ。
「いいぞ」
軽く返事をすると、あるグループの会話が耳に入った。
「海王、一緒に昼食べよ~」
「ああ、いいよ」
「海王クン、アタシも」
「海王、俺もだ」
「何だみんな、いつも一緒に食べてるじゃないか」
はっはっは、と爽やかに笑い、海王、フルネーム国立海王は机を動かし始めた。
「海王クン、今日はお弁当じゃないん?」
そう海王に語りかけたのは佐々田友理、ショートでボーイッシュな少女だ。比較的友好的なタイプで、顔が広いとされている。が、俺は一度も話しかけられた事は無い。
「ああ、今日母親が出張でさ、コンビニで買って来たんだ」
「じゃあ私のお弁当分けてあげる~」
語尾がうねうねしているのは時沢綾火、茶髪でクルクルヘアーのイマドキ女子だ。いつも海王にくっついてはアピールしている。
海王は背も高く(俺も高いが)勉強もでき(俺も結構できるんだが)スポーツ万能で(俺もスポーツは得意なんだが)イケメンで(俺もそこそこ格好いいと思うんだが)優しくて(俺も人には優しく接しているんだが)良い男だ。この理論でいくと俺も良い男のはずなんだが、何故か知らないが俺は特別女子にモテる訳じゃない。何なら人間にモテない。
おかしい。
「ええ? 悪いって」
海王はそう言って爽やかに苦笑いをする。そんな爽やかだと風早君になるぞ。
「何何? 海王、せっかく綾ちゃんがくれるってんだからもらっとけよ」
海王の隣にいる体つきの良い男子、外森西治が言った。
ラグビー部所属の熱い男だ。そのワイルドさが意外と女子受けが良いらしく、一部の間で人気のようだ。顔つきも男前で格好いい。
そんな四人組の他にも、クラスにはいくつかのグループが存在する。どこの学校にも、どこの集団にも存在する事だ。別に珍しくも何とも無い。
そして、珍しくないついでとして、必ずこのような集団の中にはぼっちが存在する。辛うじて俺は前助がいるが、それでもクラスで浮いている人間はやはり数人いる。いや、浮いているとは言っても目立ってはいないのでむしろ沈んでいると言った方が合っているかも。
だが俺の目にはちゃんと映る。そういう孤立した人間が。
前助だっていつも俺に構ってくれている訳では無いし、どちらかと言うと一人でいる事の方が多い俺にとっては同じ穴の狢というか、何となくそういう連中が目に留まる。
例えば――
斜め前の女子とか。確か名前は明日木、明日木、なんだっけ――
「あーあ……」
俺が見ていたからなのかは分からないが、明日木さんが急に立ち上がった。
「……ん?」
何か手に持っている。
確かあれは、バタフライナイフとかいうやつだ。両方に刃がついてるやつ。あれ、サバイバルナイフだっけ?
まあそんな感じなのを両手に持っている。
……え?
「ち……近寄らないで……近寄るなあああああ!!」
長く垂らした黒髪を乱れさせ、明日木が両手のナイフを振り回し始めた。
「きゃああああ!」
悲鳴が教室を駆け巡る。主に女子の悲鳴だ。
「な、何だ!?」
外森も事態を把握して驚愕する。
「お、落ち着いて! 明日木さん!」
海王も明日木さんを宥めようとしている。大半の人間は教室の外へ逃げた。おそらく教師でも呼びにいっているのだろう。
それで、俺は。
斜め後ろに座ってお弁当を広げていたのにも関わらず見事なスルー。
え、何、どうせなら狙ってくれてもいいんだよ?
しかし明日木が狙っているのはそこらへんのクラスメイトだった。
……どうやら俺はそこらへんのクラスメイトでは無いらしい。
クラスメイト認定されてるかどうかも怪しい。
「来ないでえええ!!」
狂乱状態になり、明日木が教室内を暴れ回る。誰も近寄ってないんだが……。
「お、おい綺慧瑠! 逃げるぞ!」
前助が俺を引っ張ろうとする。
「え、でも一緒に弁当食べるんじゃ――」
少し楽しみだったのに。
「今そんな事言ってる場合かよ! いいから早く!」
直後、辺りに籠ったような低音が響いた。
「な、何だよ!?」
外森西治が困惑する。
「皆! 大丈夫だ!」
海王が皆を落ち着かせようとする。
「海王、怖い~!」
時沢はこんな時でさえ海王にアピールする。
「ア、アタシは逃げるからね!?」
佐々田は足元が狂って動けなさそうにしている。
「ああああああああああ!! やめて!! こないで!!」
明日木さんは、うん、狂っている。
そして俺は下を見た。
変な模様が描かれている。
普段の茶色いタイルの上に、白と黒の螺旋が円状に輝いていた。
幾何学模様が幾重にも折り重なる。
次第に音は大きくなり、輝きも増していく。
机が浮き、備品が割れ、椅子が飛び交い、そして俺の弁当は宙に投げ出された。
お、お母さん!
こ、こんちきしょ――――!!
ゆ、許さねぇ! 俺の弁当を放り投げたこの超常現象許さねぇ!
次の瞬間、俺達の意識は闇か光かも分からない何かに飲み込まれた。
きっと今、教室は荒れ果てているのだろう。
お母さんが心配してるだろうな。妹が心配してるだろうな。パパが心配してるだろうな。近所の子達もおじさんもおばさんも、心配してるだろうな。皆心配してるだろうな。
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