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姫君の願い

作者: 悠

わたくしの願いは後にも先にもただ一つだけ。


――――――どうかあの方が生きていますように――――――


決して、叶わぬ願いだったけれど。




 ❅  ❅  ❅  ❅  ❅




その人は、私より5つ年上だった。


「ラヴィーネ。」

「ラインハイト兄様。」


優しく純粋で邪気のない人。

年上なんて思えないくらいのほほんとしていて、愛おしい。


「ラヴィーネ、俺は君の兄ではないよ。ほら、よんで。」


にこにこと期待の目を私に向けて、望む言葉を得ようとする。


「ら、ラインハイト……。」


もう、もう、もうっ!!

恥ずかしくって顔が真っ赤になって、見られたくなくて腕で顔を隠す。


「ラヴィーネ。俺の可愛い愛しの子。ほら、機嫌を損ねないで?」

「ラインハイトのばか…。」


恥ずかしくって恥ずかしくって、抱きしめてくれたラインハイトの胸に顔を押し付ける。


この方は純粋故に言葉を求め、素直に言葉を発する。

私はそれがかなり恥ずかしい。


私の愛しい方。

私と兄妹同然に育った大切な人。


私の15の誕生日にようやく思いが実って、それからずっと傍にいる。


「ラヴィーネ、もう少しだね。」

「はい。」


そう、もう少し。

あと数か月で私とラインハイトの婚儀が執り行われる。


「大好きです、ラインハイト。」

「俺もだよラヴィーネ。ともに最後まで在ろうか。」

「はい……!!」


嬉しくて嬉しくて、だから私は気づけなかった。


純粋な白いこの方が気付くはずがないから、私が守らなくてはならなかったのに。


周りを見てなかった私の落ち度。

あんなにもわかりやすく、時は動いていたのに。

私の周りで、動き始めていたというのに。

防ぎきれなかった私のせい。


だから、私は大切な方との未来を失った――――――――




 ❅  ❅  ❅  ❅  ❅




「お父様、もう一度おっしゃって……?」


「聞こえなかったか、ラヴィーネ。

ラインハイトと別れ、シュヴァルツと婚儀をあげよ。

そして、ラインハイトにはナハトをあてがう。」


目の前が白く染まる。


「シュヴァルツ様と……?」

「ああ。これは決定事項だ。」


あぁ、ひどい。

なんと無慈悲なことか。

何年も思い続け、実ったこの恋をすてろとおっしゃるのか。


神など、おられぬのだ―――――


「お前が拒めば、この国は戦火に沈むであろう。

さすれば、お前がこの国に残ってもラインハイトは助からぬ。

ラインハイトはこの国の長姫ちょうきの婚約者だからな。先陣を切ることとなるだろう。」

「だから、受けろとおっしゃる?

私に、ラインハイトをナハトに譲れと?」

「是。」


それでは脅しではないか……


国のため、ラインハイトのため、私に愛してもいない男の元へ嫁げとおっしゃる。


聞きたくない。

ラインハイトがほかの女のものになるなんて嫌。

けれど……


「受けますわ、お父様。そのかわり、条件がありますの――――――。」


ラインハイトがこの世界にいなくなることの方が嫌なの。




 ❅  ❅  ❅  ❅  ❅




「ラインハイト。」

「ラヴィーネ。王に呼び出されたと聞いた。何もなかった?」

「ふふ、心配性ですね。そのことについてお話があります。」

「ラヴィーネ……?」


私の様子がどこかおかしいことに気付いたのだろうか。


愛しい大切な方。

感情の高ぶりも、すべて押さえて鍵をかける。


「『どうか、私を忘れて、ナハトと幸せに―――。』」


あなたは今までも、これからも私を知らぬ。


告げた条件は2つ。


『条件は2つですわ。

一つ、ラインハイトから私の記憶を消すこと。

二つ、ラインハイトに危害を加えないこと。

――――この2つを飲んでいただけるのであれば私は一切の抵抗をせず嫁ぎましょう。』


お父様は、それを飲んだ。


ラインハイトの目から光が消えて、ラインハイトが崩れ落ちる。


強く美しく、甘い月の瞳。

あの瞳が私の方を向くことは二度とない。


そっと愛しい金の髪をなでる。


「愛してる。」


決してこの気持ちは変わらないだろう。


「……?」


ふと頬を伝う涙に気付く。


「だめね、仮面がはがれてしまうわ……。」


涙を流すのはこれで最期。

どれほど苦しくとも、どれほど悲しくとも。


『ともに最後まで在ろうか。』


あの言葉で生きてゆける。

あなたがどこかにいるから生きてゆける。


私の名前は『ラヴィーネ』

その名の通り激しき雪崩であなたの記憶を消してしまいましょう。


優しく清き愛しき方。

優しい夜に抱かれてすべてを忘れて眠って下さい。


「ナハト……。」

「ねえさま、よろしいの?」

「ラインハイトをお願いね。」


それが、私の答え。


「二日後にココを発つわ。準備しなさい。」


「「はっ。」」


周囲の使用人に指示を出す。

ナハトの視線が私の方を向いていることはわかってる。

けれど、振り返ることなんてできなかった。


(私の心は永久にラインハイトに――――)


例えあなたが私を忘れても、私があなたを覚えてる。


だからどうかお願い。

優しき夜に包まれて、雪崩の下には目を向けず、その白き輝きを絶やさぬまま、

黒に包まれる雪崩を忘れてください。


あなたの苦しむところなどみたくはないの……。





 ❅  ❅  ❅  ❅  ❅




それから3年の月日が流れた。


私がシュヴァルツ様に嫁いで1年後にラインハイトはナハトと婚儀をあげ、即位した。

婚儀には欠席した。


「ラヴィーネ。」


私の名を呼ぶのはもう、ラインハイトではない。


「おかえりなさいませ、旦那様。」


氷の仮面はこの3年間一度もはがれたことはない。


「ラインハイト王が崩御した。前国王弟による殺害だそうだ。」


ラインハイトが死んだ―――――――


目の前が真っ白に染まる。

あの時の日ではなく、ただ白く。


あの人が、この世界のどこかでいてくれればそれでよかったのに。

それで生きてゆけるはずだったのに。


私の最初で最後の願いは届かぬの?


お父様、ラインハイトの命を盾にしておいて、自らの弟を戒めることすらできずに命を奪うの?


あぁ、感情があふれてしまう。

壊れてしまう。


「ラインハイト………。」


たった一人の愛おしい方。


あなたがこの世にいないのに、どうして生きていられようか。


ともに最後まで在れぬなら、どうか生きてと願っても。

ともに最後まで在れぬなら、どうか私より長く生きてと願っても。


願いは届かない。


私の願いは届かない―――――――っ!!





この日、帝国ノワールは急激な雪崩に飲み込まれ、滅亡を迎えた。

帝王シュヴァルツの最後の言葉が残されていた。


『これは我が責である。彼女をあいつから引き離した――――。』


そして、国王ラインハイトを失ったスノウリード王国の王妃もまた言葉を紡ぐ。


『ラインハイトは、最期の時ねえさまの名前を呼びました。

最後の最後で彼は思い出したけれど、間に合わなかったのです。

彼は息絶え彼女は呪った。

純真なる国王と、雪崩の姫君のお話はこれでおしまい。

悲しき物語の終焉を、世に語り継ぎなさい――――。』


姫君の願いは届かなかった。


そのことを、語り継ぐのだ。


決して愛する二人を引き裂いてはならぬ。

さすれば、雪崩が不幸を呼ぶだろう―――。


大国へと変貌を遂げたスノウリード大国の第一王位継承者の身に伝えられる『雪崩』の悲劇。

そして、『純粋』な想い。


これは遠い遠い昔のお話。

愛する二人が引き裂かれた末の悲劇の話。

願いも約束も叶わなかった悲しき姫君の、呪いのお話。


けれど最後の時、彼らは幸せだったお話。

ラヴィーネはドイツ語で『雪崩』

ラインハイトはドイツ語で『純粋』『潔白』

シュヴァルツはドイツ語で『黒』

ナハトはドイツ語で『夜』  を意味します。


読了ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 悲しく切ないお話でした。かつては政略結婚など当たり前だったのかもしれません。もしかしたら、今でも形を変え、残っている忌まわしい慣習かもしれません。 物語は、美しければ美しいほど悲しいものなの…
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