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壱・とてもとても幸せな日々だった・2

 姉のような大好きな人の背を見つめながら、リンカは幸せを実感している。

 ここは『虫の里』。遥かな過去から虫の身体を持つものだけが住むところだと聞いた。羽を持たない人間が来られる場所ではないことも。

 そこに自分が来られたことはとても幸せだったと思う。リンカはここに来て初めて幸せと言うものを知った。

 恐かった自分の力もキアラと特訓したおかげで今は制御できるようになった。誰を傷つけることもなく、ここの皆は彼女を恐れることもない。迫害も排除もせず、受け入れてくれたのだ。

 拾ってくれたキアラが大好きだ。一緒にいてくれたナンナが大好きだ。受け入れてくれた里の皆がとても好きだ。

 人間の間では化け物だったリンカも、ここではごく普通の女の子でいられる。

 力の制御が出来るようになった時点で、リンカは人間なのだから、人間の里に帰るかと心配そうに訊かれたこともあったが、リンカはここに残ることを選んだ。

 ここにいることが自分の幸せだと思っているからだ。

 大好きなひとたちと暮らせる場所。

 ここを護るためにリンカはキアラのように強くなりたいと思ってもいる。

 里を護る戦士たち。トンボ族とカブト族とクワガタ族。彼らはとても強い戦士だ。トンボ族を率いている長、キアラの強さを見ているリンカにはよく分かる。それぞれの長は想像を絶する強さの持ち主だ。とんでもなく強いと思う。そんな強さが自分にも欲しい。

 『虫の里』に来て大切なものが出来た。護りたい人たちに出会った。

 だから強くなりたい。獣が襲ってきても、災害が襲ってきても、何が来てもここを護れるような強さが欲しい。

 岩に座り込んでキアラが滝を割る様子を眺めているリンカの首に、シャラリと何かが巻きついた。

 驚いて振り返る。リンカの背後にそぉっと忍び寄ってきていたのは、アゲハ蝶の羽を持つ女性、ナンナ。

「ナンナー。びっくりしたぁ」

「ふふ、大成功ね」

 ナンナはやわらかく微笑んでいる。茶目っ気を出してリンカを驚かせたかったらしい。ものすごくおっとりとした雰囲気のこの女性は、時折そういうことをして周りを驚かせる。

「びっくりしたでしょう」

「びっくりしたよ。ねぇ、これなぁに?」

 リンカは自分の首にかけられた首飾りを見下ろす。金色に輝くその首飾りは太陽のような形をしていた。青い服に良く栄える。

「リンカに贈り物。ロゼッタのところで作っていたの。お日様、好きでしょう」

 五年前、リンカとナンナに連れられて見たあの日の光。それからリンカはお日様が大好きだということを、ナンナはよく知っている。

「いいの?」

「ええ、もちろん」

「ありがとう!」

 リンカは目を輝かせて受け取った。とても嬉しい。

「大事にする!」

「うふふ、そこまで喜んでもらえて嬉しいわ」

 漆黒の髪と瞳の綺麗な女性はリンカの喜びように嬉しそうに微笑んだ。外見だけならリンカとあまり変わらないが、彼女はリンカより大分年上だ。

「なにかお返ししないとね」

 首飾りを撫でてリンカはナンナに笑いかけた。

「あら、お返しなんていらないわ。リンカが笑ってくれたから、それでもう充分だもの」

「うー、でもぉ、何かお返ししたいよー」

 リンカが唇を尖らせたのを見て、ナンナは少し考え込んだ。本当にリンカが笑っていてくれたらそれでいいのだが、この『妹』はそれでは納得してくれないらしい。

「そうねぇ、じゃあ……今度キアラと三人でちょっとお出かけにつきあってくれる? ラクランド山にでもお弁当持って」

「うん!!」

 要は単なる遠出、お出かけだ。だが、ナンナが付き合って欲しいといったことで、それは『お礼』に変わる。

「じゃあ、わたしお弁当作る!」

 リンカは挙手して告げる。『虫の里』に来てから料理を覚えたので、作るのが楽しくて仕方ないのだ。ひいき目で見てもあまり上手な腕ではないが。

「あら、楽しみね」

 リンカの料理の腕を知っていても、ナンナは動じない。むしろ嬉しそうに頷いている。

「待て。何故私まで混じっているのだ」

 キアラが飛んできた。浮かんだままあきれた表情でナンナに言う。

「大体、癒しの姫長がそう簡単に里の外に出られるわけがないだろう? チョウ族の長だぞ、お前は」

 キアラの言葉にナンナはころころと鈴が転がるような声で笑った。

「いやね、とても今更でなくて? キアラ」

「そうだよー。いつも一緒に脱走してるじゃない」

 リンカも小首をかしげている。ナンナは『虫の里』一番の癒しの力を持っていて、死者すら呼び戻せる力がある。癒しのチョウ族のなかでももっとも強い力の持ち主であるが故、彼女は里の皆から姫長と呼ばれている。里の中でも一番重要な立場なので、おのずと外出は制限されており、ナンナはほかの面々のように気楽に里から出られない――という建前がある。

 が、ナンナと仲がいいキアラは時折彼女を連れて遊びに行くことがあり、里一番の戦士であるキアラならば当然ほかの面々に気取られないように抜け出すことも可能で、キアラに引き取られたリンカも、しょっちゅう一緒になって抜け出していた。

 だから本当にキアラがそんなことを言い出すのは今更なのだ。

「うむ……それはそうだが」

 キアラは仕方ないと言いたげに顔を苦笑いの形にゆがめて降り立った。まぁ、里を出るなと頭から言うような固い思考の持ち主なら、最初からナンナを連れて遊びに行ったりしていない。

 親友であるナンナが、立場に縛られて窮屈な思いをしないようにと考えているのも確かなのだ。

「リンカのお弁当楽しみよね」

「……上達したのか? リンカ」

 リンカの料理の腕を知っているキアラは真顔で『妹』に問う。大分間を置いてから、リンカは答えた。

「…………テンティオおばさんに習ってるから、大丈夫」

 里での料理上手、セミ族のおばさんだ。正確にはキアラやナンナより若いはずだが、外見が二人よりふくよかで年がいっているように見えるので、リンカはおばさんと呼んでいる。

 虫族は卵から生まれた容姿のままで長いこと生きるので、外見と実年齢が一致しないことが多いのだ。

「楽しみねぇ。いつにしようかしら」

 ナンナは無邪気に言っている。

「が、がんばる」

「……ナンナ、精神的圧力をかけるな……リンカ、別に花の蜜でいいんだぞ?」

 里には山ほど溜め込まれた花の蜜がある。チョウ族であるナンナはそれを主食としている。 別に普通のものも食べられるのだが、好みの問題だ。

「ダメ、がんばるの。首飾り貰ったお礼するんだから」

 リンカはブンブン首を振り、ナンナはおっとりとキアラに言ってのける。

「わたくし、リンカが作ったものならなんだって食べるわよ?」

「ああ……まぁ、それは私も一緒だが……大丈夫か、リンカ? あまり難しいものはいいからな。火傷でもしたら大変だ」

 突き止めて言えば、味よりも何よりも単にリンカの不器用さを心配しているだけだった。ナンナは再び声を上げて笑う。

「わたくしもだけど、あなたも相当過保護でなくて?」

「……言うな。分かっている」

 五年前のリンカの様子を見ていれば、おのずとそうならざるを得ない。あんなに小さな女の子が、自分の命を捨てようとしていた。自分の存在が罪だと言う、幼子。

 その小さな手を引いた瞬間、護ろうと思ったのは嘘ではなく、今も変わらない。

 大きくなっていく子供。やがては大人になって、里から出て行くというかもしれない。

 それでも、できる限りのことをしてやりたいと願う心は、種族が違ってもまるで親のようだ。愛されることすら知らなかった子供の幸せを願う、心。

「カホゴってなぁに?」

 首をかしげるリンカに、『姉』二人は苦笑した。

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