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四・シアワセとそうでないものの、差・3

「あ、あれ? アシト? あららら、なに、その子に惚れちゃったとか? 人間兵器のアシトくんが!? 僕らの中で一番! 無口無表情でおっかない君が!? うっわー、珍しいこともあるもんだねー」

 シュマリは心の底から驚いているようだった。

「でもさ、僕に剣向けることないんじゃないの? その子連れて行こうって言ってるのに」

「……研究所へか? おれたちのように、実験動物と変わらない扱いを受けさせるためにか」

 無表情のままアシトが言うと、シュマリは器用に片眉をはね上げた。

「……ふぅん……本気なんだ。それはまずいよアシト。僕、君のこと処断しなくちゃならなくなるけど……」

 アシトはかまわず踏み込み、剣を振るう。上方から叩き込まれるように振るわれた剣を、シュマリはかわしてアシトに向かって腕を突き出そうとした。黙って見ているアシトではない。糸が放たれる前にシュマリの肩をコブシで痛打する。

 まともに喰らったシュマリは顔をしかめもせずそのまま腕を振るった。ごくわずかな空気を切る音。糸はアシトの腹を貫き、内臓をかき回す、はずだった。

 リンカが飛び込んできてシュマリの横腹に蹴りを入れようとしなければ。

「っち!」

 さすがに舌打ちしてシュマリは腕を下げた。リンカの足を肘で払い、もう一方の手で糸を放ちアシトの剣を牽制して距離をとる。

「……めちゃめちゃ卑怯じゃない? 二人がかりって。アシトも強いのに、そっちの子も強いしさ……」

 ぼやいているのではない。シュマリは楽しそうだ。二人がかりの猛攻も(さば)き切ってしまった。やはり長二人分の力は伊達ではない。

「なんかさー、息ぴったりだし。なに? 君ら、夫婦? 仲良すぎ。腹立つな」

 シュマリの声を無視して、アシトはリンカに囁く。

「あいつは金属の糸を腕に仕込んでいる。一度放たれたらおれはともかくお前の目で見るのは難しい。かわすのも至難だ。放てないようにするしかない」

「うん、分かった。あのね、ゼンダは空間をねじったりできるの。それで身体をちぎったりも簡単だから、ゼンダの羽が動いたらその場にいちゃダメ。とにかく動いて避けて。ネーディアは水を簡単に操るよ。溺れさせたり、さっきやったみたいに水で刃を作ったりもできるの。周りがすごく湿気てきたら逃げて。場所を移動すれば避けられるから」

「……分かった」

 素早く情報交換をする。アシトはシュマリの武器を、リンカはシュマリが手に入れた長たちの力を。

 本当なら、こんな使い方をされる力ではない。ゼンダは空間をいじる力を滅多に使わなかった。それこそ巣作りのハチ族が巣を作るときに、どうしても壊せない岩があったときくらいしか力を使ったことはなかった。

 ネーディアも力を使うのは水場を造るときだけだった。乾期になって、どうしても雨が降らないときだけ、水を呼び出していた。

 リンカは自分の雷の力を制御するために、彼らからこういう使い方もできるよと教わっていただけの話だ。強く恐い力だけれど、ようは使い方だからねと、優しい虫族たちは教えてくれたのだ。

 どれだけ強い力でも、使うヒトの心次第だと、教えてくれたゼンダはもういない。

 彼の羽はシュマリの背中にある。

 恐がることはないわ、リンカは大丈夫よと、笑ってくれたネーディアももういない。

 彼女の羽もシュマリの背だ。

「うわ、腹立つなー。なんかほんとに息ぴったりすぎ! でも、そっちの子やっぱり羽虫の力に詳しいみたいだね……一緒に来てもらうよ、絶対にね!!」

「行かないよ。返してもらうから」

 今度は逆にシュマリが踏み込んできた。彼の背でゼンダの羽が動いている。

 アシトとリンカはその場を飛びのいた。そのまま左右からシュマリを迎撃に移る。

「こういう使い方は、どうかなっ?」

 空間が歪む。それは左から来るリンカの背後、地面を爆発させて土を吹き上げる。

 降り注ぐ土砂に、リンカはハッとしたが、そのまま地面を蹴った。背でキアラの羽が羽ばたき、小柄な彼女の姿は瞬間で土砂から逃れる。

 シュマリから離れてしまったが、汚れひとつない。

 少女の視界で少年たちが激突していた。シュマリの糸をアシトは切り払い、地面の土を蹴り上げ、シュマリの視界を奪おうとし、シュマリは顔に向かってくる土を地面に滑り込むようにして避け、アシトの足元を狙って糸を巻きつけようとする。

 一旦糸が巻き付けばそこから切断することなどシュマリには一瞬だ。四肢のどこかを失えばアシトは無力化される。

 それを理解しているアシトも、簡単に足を取られたりしない。前傾姿勢になり、転がるようにして糸をかわし、シュマリに剣を突きたてようとする。

 首を狙われてシュマリは転がって避けた。

 二人はすぐさま起き上がり、跳ねのいて距離をとった。

「くー、アシト、恐い! 容赦なく首狙う? 同僚だよ、僕」

 躊躇なく同僚の四肢を切り落とそうとしておいて、シュマリはそんなことを言い放つ。

 そこをリンカが飛びながら追撃した。勢いに乗った蹴りはシュマリのガードを弾き飛ばす。リンカは空中でくるりと回転して、その勢いのまま少年の首筋を狙って手刀を繰り出した。

 顎にでもかすれば脳震盪を起こすだろう。のけぞってかわしながら、シュマリはリンカの足首を掴んだ。少年の視界にはリンカのフォローに入ろうとしているアシトがいる。そのまま彼に向かって少女を投げ飛ばしてやろうとした。

 リンカは即座に自分の足首を掴んでいる少年の手首をもう一方の足で蹴りつけ、自由を取り戻すなりその足でシュマリの脳天にかかとを落とす。

 背後に飛んでかわしてのけ、シュマリは地面を足で擦った。剣を振るおうとしていたアシトが飛びのく。一瞬前に彼がいた地面から幾筋もの水が音を立てて突きあがった。

「ちぇっ、全身穴だらけにしてやろうと思ったのに」

 三度距離をとり、三人は向かい合う。シュマリは楽しそうにリンカに言った。

「反応いいね、君。いろいろと改造されてる僕らについてくるなんて。羽のせいなのかな、それとも、それも生まれつき?」

「かいぞう?」

 何のこと、とリンカは不思議そうだ。リンカが強いのはひとえにキアラとの修行の結果だし、アシトとこの少年が強いのは、羽を得ているからかと思っていたが。

「そう、改造。僕はあちこち機械が埋め込まれてて、アシトはいろんな薬を飲まされて、手術もされてる。ま、人間やめたって感じかなー。長生きも出来ないみたいだし」

 シュマリの言葉に、リンカは瞳を見開いた。

「なんでそんなことするの」

 生まれ持った身体を、どうして不自然に変えてしまうのか。そんなことをして、一体どうするつもりなのか。

「さてね。僕は強くなりたかったから志願したクチだけど。アシトはどうなのかな? 国の兵器として生きてみたかったとか? それもカッコイイよねー」

 アシトは答えない。答えないまま踏み込んだ。シュマリと会話を交わす気はないらしい。

 ぎっぎっぎっ!! 糸と剣がぶつかり合う音。

 シュマリは楽しそうに、アシトは無表情に、対のような表情で少年たちは己の武器をぶつけ合っている。

 決定打が出ないのは、シュマリが強いからだ。ゼンダとネーディアの力を得ているからだ。

 これがどちらか一種の力だけならばすでに決着は付いていただろう。

  あと少しが届かない。リンカは飛びながら少年たちの動きを目で追う。

 

 キアラ、どうしたらいいかな? リンカは心で問いかける。


 雷の力を使えばアシトを巻き込む。彼を巻き込まないで力を使う方法はあるか。

「……キアラ」

 呟いたリンカの脳裏に走るもの。

 滝を切り裂く『姉』の姿。それはトンボ族の長である彼女の力。

 リンカの周りで風が渦を巻く。

「できる、かな」

 雷のようにうまく使える自信はない。でも、これはキアラが持っていた力だから、出来るような気がする。

 リンカは腰を落としてかまえる。キアラがそうしていたように。

 シュマリは遠い。アシトが押されているのが見える。四方から襲ってくる糸が、彼の逃げ場を奪い、避ける場所をなくしている。シュマリは笑った。連れて帰ると決めたリンカ以外を助けるつもりなどない。たとえそれが元同僚でも。

 彼は、今は敵なのだから。

 ネーディアの力が発動する。

「死んじゃえ、アシト!」

 叫んだ瞬間、シュマリは吹き飛んだ。空中で体勢を立て直し、なんとか立つが、腹部を大きなコブシで殴られたような衝撃に、思わず膝をつく。

 げほっと血を吐いた。改造された身体は痛覚が薄いので痛みに阻害されることはないが、さすがに腹部に違和感がある。

「なに、したのさ」

 見るのは、こちらに手を突き出しているリンカ。あれだけ離れた場所から、彼女は一体何をしたのだろう。

「キアラの力だよ」

 少女は言い、祈るように両手を重ねた。その背で、羽がふわりと広がる。

「あなたが殺した、わたしのお姉ちゃんの力だよ――」


 (ゴウ)っ!!


 シュマリの足元から、猛烈な勢いで風が吹き上がる。瞬く間に渦を巻いた風はシュマリの身体を捕らえて離さないまま、宙に吹き上げた。


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