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四・シアワセとそうでないものの、差・2

 リンカは地面を蹴った。小柄な少女の身体は風のように次の瞬間にはシュマリの目前にある。

 小さな手が手刀となり、顔面をえぐるように突き出され、その速度にゾッとしながらシュマリは身をのけぞらして何とかかわす。その隙を狙って少女の左手のコブシが少年のわき腹を追撃してくる。右手の肘を落とし、肘を殴らせわき腹を防御して、シュマリは後ろに跳んだ。彼のいた場所をリンカの細い足が蹴り上げている。

 一瞬で三連撃だ。

「うわ……君、強いね……」

 撃たれた右肘が少しジンジンとしている。だが、固い場所を殴った彼女の手も痛いだろう。

「強いのはわたしじゃない。キアラだよ」

 リンカは左のこぶしの痛みにもかまわず、もう一度構える。

 悔しい。キアラならば今の一連の動作で少年を昏倒させただろう。二撃目の腹部を狙った一撃で、少年の防御など弾き飛ばしていたはずだ。

 やはりリンカはキアラほど強くない。力を継承しても、キアラ個人の実力にはかなわない。

 キアラは元々強かったのだ。戦いに向いていないハチ族に生まれたのに、次代のトンボ族の長に選ばれるくらいに、彼女は強かったのだ。

「キアラはもっと、強かったんだ」

 『虫の里』一番の戦士。でも彼女は優しかった。リンカとチニュを思い遣ったその隙を突かれてしまった。

「わたしの大好きなキアラは、もっとずっと、強かったよ!!」

 ざわめく草の音を聞きながら、リンカはもう一度地面を蹴った。

 同時に雷をシュマリの周りに落とす。

「っ!!」

 逃げ場がない。雷の強さに一瞬身を硬くする少年に、リンカは迷いなく足先を跳ね上げた。

 シュマリは腕を交差させて胴体を護る。内臓に痛撃をうけたらさすがにまずい。木靴の一撃を受け、少年は吹き飛んだ。

 体勢を整える間もなく、雷の追撃。まともに少年の身体を打った紫の光が消え、後には倒れている少年の姿。

 リンカはシュマリの様子を窺った。動かない。死なせてしまっただろうか。一応雷は加減したけれど。

 虫族たちに羽を返す前に少年に死なれてしまうのはまずいと思った。少年が死んでしまったら、力と羽は近くの者に宿ってしまう。少年は後継など決めていないだろうし、この近くに居 るのはリンカだけだ。

「ど、どうしよう。あ、う、ええと、誰か連れてこないと! わたし、キアラのだけでいいもん」

 少年のように何種も羽を持つ気は全くない。それは理を歪めたものだと思うからだ。

 リンカは羽ばたこうとした。とにかく虫族の誰かを連れてこないとならない。

 飛び立とうとした彼女の眼前に、紺と赤の布地が目に入る。

 リンカは目を見張った。

「あ、しと?」

 降り立った少年の背に、羽。見慣れたその羽は、カブト族の長、ラクラレンのもの。

「なんで?」

 どうしてアシトがラクラレンの羽を持っているのだろう。

 アシトは無言で手にしている剣を振った。


 ぎゃりぃっ!

 耳障りな音がして、リンカは思わず身をすくめた。

 見るとアシトは彼女に背を向けて、剣を振り切っている。

「……ありゃ、何でかばうのさ、アシト」

 ばっと倒れていた少年が起き上がる。その腕から、日の光にわずかに反射する糸のようなものが出ている。

 硬質の糸、それがシュマリの武器なのだ。

「せっかくその子、僕を倒したと思って油断してくれてたのに」

「……殺す気だった、のか」

「ううん。ちょっと片手を落とそうとしただけ。だって、その女の子結構強いんだよ? 僕蹴られちゃったし。あれ、並みの人間だったら防げないで内臓破裂で死んでたよ」

 あっけらかんと言いながら、シュマリは口元を笑わせた。

「まあ、羽虫の力で助かったってところかな? かなりタフになってるよ、僕。羽虫も役に立つもんだね」

 シュマリは言い、手を伸ばした。

「こういうことも、できるみたいだし」

 背のゼンダの羽が瞬くように動く。ハッとして、リンカはアシトに飛びついた。そのまま飛び、今いた場所を離れる。

 彼女が立っていた場所が陽炎のように揺らぎ、次の瞬間収縮し、音を立てて弾けた。

「あれ? 彼女ひょっとして羽虫の力を熟知してるのかな。これを避けるなんて……知ってなきゃ無理だよね……?」

 シュマリは離れた場所に降り立ったリンカとアシトを不思議そうに見る。ゼンダの力は空間を自在に操り、こうやってねじることも出来る。そこに巻き込まれたのなら確実に身体のどこかを持っていかれるだろう。下手をしたら命そのものまでを。

「確かめてみようか」

 楽しそうに笑ってシュマリは地面を軽く蹴った。地面のわずかな振動を感じ取って今度はアシトがリンカを片腕で抱えてその場を飛びのく。

 彼らが立っていた場所から細く水が吹き上がった。水とは言っても、高速で噴出する水は、そのまま刃になる。黙って立っていたら、リンカは身体のどこかに穴を開けられていただろう。それはネーディアの力だ。水を自在にするクワガタ族の長の力。

「あー、アシト、かばっちゃダメだよー。彼女のこと知ろうとしてたのにー」

「……」

 アシトは黙ってリンカを腕から下ろした。

「アシト、あのひとと知り合いなの?」

「知り合いだよ」

 リンカの言葉に答えたのはシュマリだ。

「同僚だもん。アシトと僕はな・か・ま。おんなじ目的で羽虫を狩りに来た仲間だよ」

 にこやかに、彼は言う。

「そして、羽虫の居場所を僕らに教えてくれたのもアシトだよ」

 正確には彼の体内の発信機が教えてくれたわけだが。

「……そう」

 リンカは少しだけうつむいてそう言った。

「ねえアシトー。その子と仲良しなの? 連れて行こうよ。絶対大手柄だって。生まれつきに力を持ってるんだよ? すごい化け物じゃないか」


 化け物。


 リンカの細い肩がピクリと動く。

「僕らだっていい加減化け物みたいだけどさ、彼女は上を行くよね。うん。連れて行こうよ。羽虫の力のことも知ってるみたいだし。ほらー、拘束してよ、アシト」

「……おんなじなの?」

 リンカは呟き、アシトを見上げた。リンカよりちょっとだけ背の高い少年は、無表情で彼女を見下ろしている。彼もまた、リンカを迫害する人間なのだろうか。さっき彼女を護ってくれたこの少年は、彼女の敵なのだろうか。

「違うね……アシトは、違うよ」

 リンカは首を振った。

 夕焼けの色の瞳が、戸惑いに揺れている。彼もどうしたらいいのか分からないのだろう。

 昏いものを宿していた少年の瞳は、今は夕焼けの色に染まっている。

「アシトの目には、お日様がいるもん」

 リンカの胸元で輝く、お日様の首飾り。あの日キアラとナンナと見た光。ずっと昏い目をしていたアシトは、ようやく日の光が当たる場所に立ったのだろう。

 

 彼を導いたのはリンカであり、ナンナであり、キアラであり、ロゼッタであり、ラクラレンだった。

 彼を『虫の里』に連れてきたリンカ、彼に殺され、恨まずに死んでいったナンナ、親友を殺した彼を許したキアラ、彼の心を揺らしたロゼッタ、彼に力を託したラクラレン……。

 今、アシトの前で生きているのはリンカだけだ。

 死んでしまった虫族たちは、皆リンカを大切に想っていただろう。彼女の死を、誰も望んでいないだろう。


 ――あの子だけは逃がしてあげて。

 ――リンカだけは逃がしてやってくれ。

 ――あの子は……お前と同じ、人間なんだ……。


 少年の脳裏に宿るのは、虫族たちの言葉。願い。想い……。

 アシトは首を振る。どうしたら、いい?

「……信じるのか、おれを。お前の姉を殺したのは、おれだぞ」

「ナンナだよ。わたしの大好きなお姉ちゃん。でも、ナンナはアシトを許したよ……」

「アシトー、早く捕まえてよー。僕がやっちゃうぞー?」

 シュマリが声を上げる。


 ――可愛い妹……生きて欲しいわ。


 微笑が、彼女の言葉がアシトの脳裏に蘇る。

 

 ――生きて欲しいと願っている。


 彼女の羽根を持った少女が、アシトの顔を見上げている。彼女とよく似た紫の瞳。そこに宿る優しさだけは、いつも揺らがない。

 少年に少女を頼むと願いを託した彼女たち。

 アシトは剣を握り締めた。

 やるべきことは虫の力を得ることだった。

 けれど、出来ることはなんなのか。悩んで考えて、リンカの瞳を見た瞬間、自分の心はどうしたいと言っているのか、やっと分かったような気がする。

 彼はリンカに背を向けて、シュマリに向けて剣を構えた。

 ラクラレンの力と羽に毒されたのかもしれない。それでもいい。

 護りたいと、想ったから。


ようやく、決意できた彼。最初から、決意していた彼女。守るために、二人は戦います。

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