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四・シアワセとそうでないものの、差・1

 紫色の雷光が、晴れた空から舞い降りる。青い空へ放たれる絵具のような、絶大な力。

激しく美しいその光は、嬉々として虫族たちに爆弾を投げつけていたコルガの頭上に、閃き落ちた。

「げ、が」

 短く呻いて、自分の身に何が起こったのかも分からないままコルガは倒れ付し、そのまま動かなくなる。

 虫族たちは空を見上げた。あの紫の雷を、自在に操れる彼女を。

 空に立つ、少女。

 その背を見て、虫族は誰もが悲しく顔を歪ませた。

 嗚呼、辛いだろう。誰よりも彼女が辛いだろう。彼女の背にあるあの羽は、彼女が大好きだったヒトの羽。

 彼女を大切にし、彼女が大切にしていたヒトの羽。

 キアラ。

 トンボ族の長。里最強の戦士。彼女の『姉』。

 もういない。還らないそのヒトを想い、虫族たちは泣いた。大切なヒトの力を背負って、泣きたいだろうに、悲しいだろうに、それでも虫族たちを護ろうとしてくれる人間の少女を想って、泣いた。



 ぞん。一匹の虫族の身体が断ち割れる。武器を戻してシュマリは息をついた。何匹殺してもちっとも力が手に入らない。住処らしいところにいたセミとクワガタの力は手に入ったが、ほかのはどうやら雑魚らしい。子供から大人、男女問わず殺してみたが、今だにシュマリが手に入れた力と羽はセミとクワガタの二種類だけだ。

 法則がサッパリ分からない。

 逃げようとしていたカブトの女を自分の武器で壁に縫いとめ、訊いてみることにした。

「ねえ、羽虫。力ってどうやって手に入るのさ? 何匹殺してもダメなんだよね。最初の二匹意外はぜんっぜんでさ」

 カブトの女は呻いて腹を抱えている。そこには彼女の可愛い卵が詰まっているのだ。

 シュマリはそこを武器で突いた。

 悲鳴を上げるカブトの女。可愛い卵が死んでしまう。

「うるさいな。羽虫のクセに。いっちょまえに人間みたいに悲鳴上げるなよ。訊いてるんだけど、こっちの言葉が分からないわけ? なぁ」

 シュマリが腕を振ると、女の腹が裂けて卵がこぼれ落ちた。

「きゃああああっ!! 私の子供たちっ!!」

 泣きながら悲鳴を上げる女を、シュマリはうっとおしいと言いたげに腕を振って殺してしまった。

「なんっかほんと羽虫だよな。人間様の言ってること分からないわけ? 腹立つな」

 こぼれた卵を踏みつける。靴裏にわずかな抵抗だけが伝わり、卵は潰れた。

「は、たかが虫の分際で」

 どれだけ殺しても赤い血など流れていないくせに。嘲笑うように、シュマリは思っている。

彼らは虫。ただの虫。体格が人間と同じくらいに大きく、言葉を喋り、不可思議な力を持っていても、虫でしかないのだと。

 あまりにも傲慢な、人間の考え方だ。

 他を認めない、とても寂しくて悲しい考え方だ。いのちは確かに、人間以外のものにも宿っているのに。

「殺しつくすしかないかなー。手間だなー、コルガとかどうしたんだろ? 分担したいな……面倒だし」

 呟いて、シュマリは視線を鋭くした。


 瞬。


 彼は立っていた場所から飛びのく。紫の光が寸前まで彼の立っていたところに炸裂した。

「うひゃ、恐い。しかもさっきより制度があがってるような気がするんですけど?」

 見上げると、空から降りてくる少女の姿。髪を二つに結んで、胸にはお日様の首飾り。

 可愛い人間だった女の子だ。

 今、彼女の背にはトンボの羽がある。

「戻ってきてくれたんだね。まあ、あんまり友好的な態度ではないみたいだけど」

 笑いかけるシュマリに、地面に降り立った少女――リンカは挑むように叫ぶ。

「返して」

「? なにを?」

「ゼンダとネーディアの羽、返して!」

 シュマリは首をかしげた。リンカが何のことを言っているのかよく分からない。羽と言うことは、ひょっとして。

「えーっと、それ、セミとクワガタのこと?」

 固体名などあるのかと、シュマリは不思議そうだ。

「いっちょまえに名前なんかあるわけ、あいつら? 羽虫のクセに」

 生意気なと眉を寄せる彼に、リンカは悲しげに瞳を揺らした。

「あなたも同じなの」

 あのアントキとかいう女と、この少年も同じだ。虫族たちを虫としか思っていない。

 ナンナを殺したときのアシトのように。

「ちゃんと、あるのに」

 名前も、いのちも、ちゃんと虫族たちにもあるのに。

 生きているのは人間だけではないだろうに。

「? ナニ言ってんの? だって、羽虫でしょ。うっとおしく飛び回ったら、叩いてつぶされる運命の、ちんけな虫だよ」

 リンカは首を振った。違うと言ってもこの少年に伝わるとは思えない。彼はアシトとも違うと感じていた。アシトはナンナを殺したが、彼の瞳には戸惑いがあった。駆け込んできたリンカを見て、彼は明確に迷ったのだ。けれどこの少年やアントキと名乗った女性は、虫族たちを殺すことを楽しんでいた。キアラを目の前で殺されたリンカが、あれほど取り乱したのを見ていても、少年は何も感じていないようだった。ナンナに取りすがって泣いたリンカに、何故泣くのかと訊いてきたアシトとは、違う。

 心からただの虫だと思っている。顔の周りを飛んでうっとおしいから、潰しておこうかというくらいに、とても軽く彼らを殺していく。

「分からないの、かわいそうだね」

 リンカは言う。アシトに言ったように、少年にも可哀想だと告げる。

 こんなにたくさん世界にはいのちが溢れているのに、自分たちだけと思うなんて。

 あんなに優しい虫族たちを、殺してなんとも思わないなんて。

「かわいそうな、ひと」

 キアラを殺された。ゼンダとネーディアも殺された。

 それでも、今この少年を目の前にしてリンカが感じるのは、可哀想だという思いだ。

 この言葉を聞いて、アシトはさらに戸惑っていた。

 でも、目の前にいる少年はいぶかしげに眉を寄せるだけだ。

 後悔も罪悪感もそこにはない。

「君が何でそんなこと言うのか分かんないけど、まあいいや。僕と一緒においでよ。君、人間でしょ?」

「そうだよ」

「何でこんなところにいるの?」

「居られなかったから」

「?どこに」

「人間の里……だよ」

 呟いてリンカは力を使った。閃いた雷にシュマリはあわてて身をかわす。追撃を三度ほどしてみたが、かわしきられた。ゼンダとネーディアの力を得て、少年はかなり反応速度が上がっている。人間ならば初撃でとどめになっている。コルガが倒れたように。

 特にネーディアの力は戦士の長のものだから、間違いなく少年の身体能力を底上げしているだろう。リンカにもそれくらいの予測はできる。

「恐っ、恐いよ、もー、話の途中で攻撃してこなくてもいいのに……ところでこの雷、羽がなくても出してたよね? 何で?」

「生まれつき」

 リンカは短く答える。少年を雷で捉えることは難しい。ましてこの少年はネーディアだけでなくゼンダの力も得ている。二つの長の力が一人に宿るなど、聞いたことがなかった。

 宿した相手が人間だからだろうか? 一種に一人の長という、虫族の理まで、人間は曲げてしまうのか。

「生まれつき? 本当に?」

 へえ、と呟いてシュマリは少女を見た。生まれつきであれほどの力を持つ人間がいるのか。これはぜひとも連れて帰らなくてはとシュマリは思う。人間が生まれながらにあれだけの力を持つのなら、彼女が力を持つその理由を解明できたなら、手柄になる。

 もっと簡単に強くなれるかもしれない。

「やっぱり一緒に行こうよ。虫なんかと居てもいいことないでしょ。人間は人間同士でいるのが一番だよ?」

「人間の里に居ても、いいことなんかなかったよ」

 リンカはぐっと腰を落として構えた。キアラがそうしていたことを、何度も見ていた。大好きな『姉』の修行を、ずっと見ていた。

 力を制御するために、一緒に修行だってしていた。そして今、彼女の背には『姉』の羽がある。『姉』の力が宿っている。

「虫族の皆と居るほうが……わたしはずっと幸せだった!!」

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