表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/23

参・愚かな攻・遥かな護・4

 リンカは目を疑った。こちらに向かって話しかけていたキアラの声が途中で途切れて、

「キアラ?」

 彼女が声をかけた瞬間に、大好きな『姉』の身体が、斜めに、断ち割れて――落ちた。

「――ッ!!??」

 リンカの隣で、チニュが声を失っている。

 今、何が起きた?

「これで、みっつめ……」

 くすくすと笑う声がする。

 キアラの下半身が、ゆっくりと倒れた。

「きあら……?」

 呆然と、声を放つリンカの視界に、二つに割れたキアラの身体。

「弱いなぁ、羽虫」

 近寄ってきたのは、アシトより少し年上に見える少年だった。アシトとは対照的な金色の髪に青い瞳の、人間だろう、少年。だが、彼の背にはセミとクワガタの二種類の羽がある。

「あ、あ……」

 チニュが理解する。あの羽は、セミ族の長、ゼンダと、クワガタ族の長、ネーディアのものだ。

「どう、して……」

 ふたりとも後継を決めていた。殺されたとしても羽と力は後継に宿るはずだ。

 この少年はゼンダとネーディアの定めた後継ではない。では、少年は、後継の者まで殺したのだ。力と羽が継承された瞬間に、後継であったユリアンとリムーブまでも殺して力を手に入れ、そして。


 ――キアラも殺した。


 リンカが目を見開く。キアラ。

 もういない。ナンナのように、戻らない。

「――ああぁあああぁああああっ!!!」

 少女の絶叫が響く。

 理解が脳に届いても、心が認めたくないと叫ぶ。ナンナが死んだときのように。

 けれどナンナのときのように、五体満足な遺体ではなく。

 それがリンカの心を引き裂いた。

 少年がキアラに近付くのを見たとき、感情が爆発する。

「キアラに近寄るなぁあぁああッ!!!」

 紫の雷が閃いた。次々と少年の周りに炸裂する。

「と、わ、た、なんだ? 君、人間じゃないの? 羽虫じゃないように見えるんだけ、ど」

 何とか避けながら、少年はリンカを見ている。

 絶望のあまりリンカの力は定まらない。それでも威力は落ちていないので少年は避けることしかできず、キアラにも近寄れない。

「リンカ、リンカ! 落ち着いてくださいましっ!!」


 チニュが泣きながら少女の背に抱きついた。このままではリンカの心が壊れてしまう。小さなときによく暴走したように、力を弾けさせてしまいそうな気がした。そうなれば避難所の皆も巻き込まれてしまう。それで悲しむのはリンカだ。

 キアラが殺されてしまったのはチニュも悲しくてたまらない。

 どうしたらいいのかも分からない。でも、今このままリンカを放っておくこともできない。


「キアラ、キアラ、キアラ―――返せぇえっ!!」

 チニュの声もリンカには聞こえていない。

 ナンナのときとは状況が違う。目の前で無残に殺された。その事実が少女の心を打ち砕いている。

 穏やかに全てを許して死んでいったナンナとは違う。そんなことすらできないくらいの、瞬間の出来事だ。

 キアラが殺された。

 それだけがリンカの頭の中に渦巻いている。

「リンカ……お願いです、やめて……っ!!」


 チニュは悲痛に叫ぶ。助けてください、キアラ様。心の中でチニュは叫んだ。

 このままでは、リンカが壊れてしまう……! 普段ケンカばかりしている少女のために、チニュは泣き出していた。彼女まで失くしてしまったら、チニュは立っていられない。ナンナを失い、目の前でキアラを失った。その上で、ケンカ友達のリンカまで壊れてしまったら。


「キアラ様……っ」

 チニュの声。


「キアラ、キアラ……キアラぁああっ!!」

 リンカの絶叫。少女は涙を流すことも出来ない。あまりにも心が痛くて、泣くこともできなくなっている。

 無慈悲な現実が、彼女たちの目の前にあるからだ。

 二つに分かたれてしまった、キアラの身体。

 彼女は、長だ。だからもう戻らない。チニュの力でも生き返らない。

 ナンナが死んだときと、同じく。

 

 ――リンカ。


 声がしたような気がした。

「……っ!」

 リンカの背に抱きついていたチニュが目を見張る。

 光が。

「ああ……っ」

 リンカの背に生まれる光に、チニュは声を詰まらせてケンカ友達の背から……ゆっくりと、離れた。

 トンボ族の長は、後継を決めていたのだと、チニュは理解する。

 何よりも大切に愛おしみ、慈しんでいた『妹』へ、己の力を。

 羽が欲しいと泣いていた彼女に、己の羽を。

 もしも、彼女より先に自分が死んだとき、彼女の心が壊れないように。

 大切なものを、リンカに残したのだと。

「き、あ、ら……」

 背中の温かい光に、リンカの瞳から涙がこぼれる。『姉』がいつもしてくれていたかのように、最後の想いで彼女の頭を撫でてくれた気がした。



 人間の少女の背に生まれ出でたのは、最強の戦士の、最大の愛情。

 可愛い『妹』へ残せる、最後の想い。

『――どうか、幸せに生きて欲しい……』

 しゃらり。『妹』の胸元でお日様の首飾りがゆれる。

 それはもう一人の優しい『姉』が彼女に送ったもの。

 優しい、贈り物。

『――笑ってくれるだけで、いいのよ……』


 彼女は思う。

 優しい虫族。今まさに人間の手によって滅ぼされようとしている彼らを。

「護る、から……」

 義務でなく、責務でなく、心から。



 リンカが放ち続けていた雷が止んだ。少女は前を見る。

 光は収まり、少女の背には日の光に煌めくトンボ族の羽がある。

 少女は人間だ。だが、大好きだった『姉』の力を受け継いだ。

 彼女は人間だ。だが。

「ありゃりゃ、そっちに行っちゃったのか。じゃあ、君も殺さないとならないよね……困ったな。人間でしょ? 羽虫は殺せって命令されてるんだけどさ……」

 キアラを殺した少年は、どうしようかとリンカを見ている。

 考えても答が出ない彼は、リンカの背後のチニュに視線を向けた。

「とりあえず、そっちの羽虫から――」

 言葉が終わらないうちに、リンカは身を翻してチニュを抱え、すぐさま飛び立った。

「あ」

 間抜けな少年の言葉を背に、全速で飛ぶ。頭の中にはキアラの言葉。

 ナンナの力を継いだチニュ。彼女が人間に連れて行かれたら大変なことになる。

 そうだ、チニュの力を人間に渡すことは出来ない。連れて行かれてしまったら、里は元には戻れなくなる。

 リンカは泣きながら飛んだ。ずっと自分の力で空を飛んでみたかったけれど、こんな形で飛ぶことになるなんて。

 飛ぶのなら、キアラとナンナと一緒に飛びたかった。二人と一緒に空の散歩をしたかった。

 チニュが力一杯抱きついてくる。彼女も泣いていた。止まらない涙を拭うこともしないで少女たちは泣いている。

 大好きな人たち。生きていて欲しかった。力なんて要らないから、後継なんてどうでもいいから、ただ、生きていて欲しかった。

 一緒に、生きていたかった……!!

 ささやかな願いだった。でも、何よりもそう願っていた。

 もう、かなわない願いだ。

 彼女たちは帰ってこない。永遠に、戻らない……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ