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参・愚かな攻・遥かな護・3

 アシトは剣を持ちもせず、虫たちを追おうともしていない。コルガを見て、少年は自分の胸元を押さえる。

「……ここは虫の住処じゃない。何故、こちらに来た」

 うすうすと答えは分かっていたけれど、確かめるために、訊いた。

「そりゃぁ、お前の反応がこっちにあったからだよぉ。気付いてるんだろぉ? 発信機が埋め込まれてることくらいさぁ。一応アッチの山にも誰か行ってるはずだぜぇ? お前の反応が長いこと動かなかったから、住処はアッチなんだろうって見当はつけてたからなぁ」

 やはり、とアシトは顔をしかめる。本人も知らないうちに、体内に位置を特定する発信機が埋め込まれていたのだ。身体的にいろいろと改造を受けている身としては、今更知ったところでたいして違和感もないはずだ。アシトやコルガ、アントキはすでに人間としての機能の大半を変えられてしまっている。

 彼らはすでに、兵器そのものなのだ。

 だから、薄着、軽装でラクランド山に登れた。重い鉄の剣を、軽々と振り回すことが出来る。アントキとコルガと違い、アシトが受けているのは手術による内臓の強化と薬物による身体改造なので、外見はほとんど人間と同じなのだが。

「でもなぁ、なんかさぁ、反応が付いたり消えたりしてたらしくてさぁ、お前すっかり虫に殺されたことになってるぜぇ? 発信機、壊れたかなんかしてるらしいなぁ」

 黙り込むアシトに、コルガは笑っている。笑いながら腕の爆弾を逃げ惑う虫族たちに投げつけていた。

「……リンカ、か」

 少女の名を呟く。一度彼は彼女の力を受けた。雷の力を身体に受けた。そのために体内の発信機は壊れかけているのだろう。

 重い戒めのように感じる、発信機の存在。

 自分がいたことで、この避難所が襲われたのだ。

 きっと、来ているのはコルガだけではない。アシトの生死が確認できないことで、本部は確実に数人を送ってきたはずだ。

 ならば……アシトは虫たちを殺さなければならない。疑うことを知らない虫族。受け入れようとしてくれた虫族。

 任務のために、彼らを殺すべきだ。力を手に入れて、戻らなくてはならないのだから。

「ひゃはははは、ほうれほれ、逃げろよぉ? 逃げても殺しちゃうけどなぁ」

 コルガが笑っている。爆弾が放たれて、また虫族が吹き飛んだ。

 バラリと羽が散る。日に透ける綺麗な羽が無残に落ちた。

 アシトはそこから視線を逸らして、コルガから離れた。

 任務を果たさなければならない。力を手に入れなければ、ならない。

 この避難所にいる虫族で、強力な力を持っているのはリンカと一緒にいたチニュとか言う虫族だ。

 その場から逃げるように、リンカの後を追いかけるようにアシトは走った。彼女たちは保管庫の方に向かったはず。

 そこにいるはずだ。だが、見つけてどうする? 斬るのか。

 リンカの目の前で、チニュを。

 ――斬ることが、できるのか?

 保管庫まではアシトの足ならすぐだった。地面を擦るように止まり、そこで見る。

 転がる首。散らばるバラバラの胴体。

 アシトの好物をしつこく訊いてきたハチの女だった。きょとんとした表情のまま、首が転がっている。

 コルガの爆弾で、殺されたのだろう。それは分かったのに、アシトは動揺している自分自身に驚いた。死んでいるのは虫だ。人間ではない。

 ただの虫だ。なのに。

「……何故だ?」

 どうして彼の手は震えているのだろう。脳裏に浮かぶのはチョウ族の女の顔。穏やかな顔のまま、アシトに殺された女。

 アシトを、許した彼女。アシトに、リンカだけは逃がしてあげてと頼んだ彼女。

「……っ!!」

 苦く少年は顔を覆う。どうしたらいいのか分からない。リンカ。人間でありながら『虫の里』に住む、力を持つ少女。彼女をとても大切にしている虫族たち。

 もしこの里に何かがあったら、『妹』だけは逃がしてあげて。

 口を揃えて言った『姉』たち。


 ――かわいそうだね、アシト……。

 

 少女は泣いていた。泣きながらあの時アシトに言った。


 ――力があるから殺したのなら、わたしも殺すの?


 答えられなかった。


 ――力なんてあってもいいことないよ。なくてもここで皆と暮らせばいいんだもん。


 人間なのに、人間の里にいられなかった彼女。


 ――わたしはここで幸せだよ?


 彼女は、そう言っていた。


 ――アシトだって幸せになってもいいんだよ……?


 彼女の『姉』を殺した自分にまで、そう言った。

 分からない……!!

 ざり。不意にした音に、アシトは咄嗟に剣に手をかけた。

 現れたのは、片腕をなくし、顔の半分をえぐられたカブト族の長、ラクラレン。

「……おお、無事だったか、小僧」

 彼はホッとした様子でアシトにふらつく足取りで近寄った。体液がぼたぼたと地面に落ちる。

「お、まえ……」

 どう見ても息絶える寸前だ。アシトは近寄るラクラレンを避けることも出来ずに、ただ、見ている。

「リンカは……無事なのか? ああ……キアラがついているから……だが……ネーディアの力が奪われた……ゼンダも……リンカを……あの子を、逃がさなければ……小僧、頼む……あの子は、人間だ……お前と同じ、人間だ……殺さないで、やってくれ。逃がして、やってくれ……」

 もう彼は目が見えていないようだった。気配で何とかアシトの前にまでやってきて、少年の肩を掴む。

「力が欲しいのならば……俺のものをやる……リンカを、逃がして……たの、む」

 ラクラレンの身体が崩れるように地面に倒れた。

「おい!」

 手を伸ばしかけてアシトはその手を止めた。触れてどうする。すでに息絶えてしまった虫に、手を差し伸べてどうする?

 こいつは虫だ。人間じゃないのに。

 呆然と息絶えたカブト族の長を見下ろす少年の背に、光が宿った。


 キアラの前ではアントキは敵ではなかった。即座に打ち倒され、地面に倒れ付す。

 チニュとリンカは手を取り合って騒いでいる。キアラがいるのならばもう恐がることはないと安心している。

「二人とも怪我はないか?」

 少し離れた場所でアントキと戦っていたキアラが訊いてくる。

「ないよ、平気!」

 リンカは元気よく答え、嬉しそうに笑った。

「わたくしたちは怪我もしておりませんわ。でも、皆が……ロゼッタたちが」

 チニュは今にも泣き出しそうに告げた。それでリンカもハッとする。

「そうだ、ほかの皆を助けなきゃ!!」

 離れたところから音が聞こえてくる。攻めてきた人間は一人や二人ではないのだろう。

「アシトともはぐれちゃったよ。捜してあげなきゃ!!」

 リンカの言葉に、キアラは内心で微笑む。こんな状況下でも、ちゃんと人の事を心配できるリンカの強く優しい心が、誇らしい。

 この『妹』を護らなければ。

 人間でありながら力を持つ彼女が、力を求める人間に捕まってしまえば、どんな目に遭わされるか分からない。

 何よりも心配なのはそれだった。

「リンカ、私が行く。お前はチニュを――」

 護っていておくれ。そう言いたかった。危険なところに行かせたくはなかった。

 どんな暴力も届かないところで、幸せに過ごして欲しい『妹』だから。


 ぞぐり。

 肉をえぐられる感触。

 『妹』を想う気持ちをそのままに、キアラの意識は途切れた。


大切なヒトを護りたいだけだったのに。彼女の願いはただ、それだけでした。

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