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参・愚かな攻・遥かな護・2

 アシトがハッとして立ち上がった瞬間である。

 何かが壁にぶつかった音がした。それはちょうどロゼッタが向かった保管庫のほうから聞こえて、

「!! 伏せろ!!」

 察知したアシトが声をあげ、リンカは咄嗟にチニュを引きずるようにして地面に倒れるように転がった。


 瞬。


 耳を裂くような音と、舞い上がった煙に、視界が覆われる。何が起こったのか分からない。でも、リンカは肌で感じている。

 幼いあの日、森の中で獣に囲まれたときのような、恐怖。

 これは何。それは何。頭は混乱していても、彼女はどこかで理解している。

 現れたもの、訪れたもの、それは、彼女や仲間の虫族の命を奪おうとしている、敵だ。

 何でここに。そう思いながらリンカはチニュの腕を取って部屋の隅に身をかがめて寄る。

 立ち上がるのは危険だと感じた。

「チニュ、怪我した?」

「い、いいえ。大丈夫です……な、なんですの、何が起こったんですの……?」

 心細げにチニュはリンカの服の袖を掴んだ。煙で何も見えない。

「ここにいて。保管庫、見てくるから」

 キアラに皆を護ってくれと頼まれている。もし敵が――人間が攻めてきたのなら、皆を護らないといけない。

「わ、わたくしも参ります」

 震えた声でチニュは言う。チョウの長である身だ。彼女も護られるだけでなく、皆を護りたいと思っている。

「……うん。わたしから離れちゃダメだよ」

「……ええ。分かりましたわ」

 戦う力ではチニュよりもリンカのほうが遥かに上だ。何せキアラの『妹』である。その上で雷を自在に扱う力の持ち主だ。おとなしくチニュは頷いた。今はケンカをしている場合ではないと、彼女は理解している。

「皆、怪我してない? わたし保管庫見てくるから、壁際でじっとしてて!」

 ほかの皆に声をかけておいて、リンカはチニュと壁伝いに保管庫のほうに向かう。

煙は徐々に収まってきている。保管庫が見えてきた。出入り口にかかっていた御簾がなくなっている。千切れたかのようにも見えた。

 何が起きたのか。

 リンカは壁に張り付いて中の音を窺った。別段何も聞こえない。ロゼッタがいるはずなのに、彼女の気配もしなかった。

 チニュに声を出さないように指示して、リンカはそうっと中を覗いた。

「――っ!!」

 言葉を失う。声が出ない。中は外になっていた(・・・・・・・)。ハチ族が作った巣の壁が吹き飛んでなくなっている。広がるのは外の風景で、地面に転がっているのは……バラバラになったロゼッタの身体だ。不思議そうな表情のまま、彼女の頭が転がっている。

「う、そ……」

 リンカは身体を戻して壁に張り付くようにして呼吸する。夕食をとっていたら吐き戻していたかもしれない。

「リンカ……? どうしたんですの……?」

 青ざめた彼女に、チニュが細い声で訊いてくる。彼女の様子から何かとんでもないことが起きたのだろうとは予想が付くが、それが何なのか分からない。リンカは何とか答える。

「チニュ、見ちゃダメ……ロゼッタ、バラバラなの……」

「っ!!」

 チニュは口元を覆った。蒼白になっている。

「ど、どうして……何が起きたんですの?」

「分かんない……分かんないけど、避難所にいたら危ないんだと思う」

 リンカはチニュの手を引いた。とにかく彼女は護らないといけない。

 この混乱が収まったら、チニュの力でロゼッタは生き返ることが出来る。だが、チニュがあんな目に合わされたら終わりだ。

「皆を連れて里に戻ったほうがいいかもしれない。キアラたちといたほうがいいかもしれない」

 ここは里の隣の山だ。避難所の異変に気がついても、里に居る戦士たちがここに来るまでには時間がかかる。それならばこちらから戻ったほうがいいかもしれない。

 皆のところに戻ろうとしたリンカとチニュの耳に、再び轟音が聞こえてきた。地面が揺れて、立っていられず少女たちは倒れる。

 音は、今さっき彼女たちが居たところから聞こえてきた。

「!!」

 リンカは立ち上がった。チニュの手を引いて走り出す。

 どうして最近作ったばかりの避難所が襲われるのか。襲われるのならば里ではないのか。戦士たちは里に居て、ここにはリンカ以外は戦えない者しかいないのに!!


 避難所の中は混乱を極めた。誰もがここは安全だと思っていたからだ。ここが襲われるなど微塵も考えていなかった。

 里とは離れていて、目立たないように作られている。襲われる理由がない。虫族の誰もがそう考えていた。

 気が付いていたのは、人間の少年ただ一人だ。

 彼とて今この瞬間に至るまではその可能性に考え付いてもいなかったのだが。

「やっほう、アシト。久しぶりぃ。生きてたのかい? 良かったねぇ」

 少年の姿を見て、そんな言葉をかけてきたのは、虫のような格好をした男だった。背中に大きな管のようなものを背負い、腕にはたくさんの黒い塊をくっつけている。

「お前か……コルガ」

 アシトの知った顔だった。彼の同僚と言える存在だが、アシトはこの男が嫌いだ。

「虫に捕まって殺されちゃったのかと思ってたけどねぇ。生きてたのかぁ。けけけ」

 ぶんっとコルガは腕を振る。その手から黒い物体が飛んで、かなり離れた壁に張り付いた。

「いーち、にーい、さーんっと」

 黒い物体が破裂して、壁がなくなる。爆弾というものだが、虫族たちはそれすら知らない。壁の向こう側に居たチョウ族が、泣きながら走っていく。その子を抱え、かばっていたハチ族の男は、頭を失っていた。

「けははははっ、虫には高度すぎる技術だよねぇ。あわてて逃げてくよ。さーて、どいつから力を奪えばいいのかなぁ? アシトは知っているよなぁ? こんだけ長く虫と居たんだから、それくらいの情報掴んでいるんだろぉ? どの虫を殺せばいいのかなぁ」

「……」

 アシトは答えず、背の剣に手をかけることもない。手を握り締めて眉をしかめている。

「おーやぁ?どうしたのかなぁ? アーシト。アシトくぅん?」

 コルガはからかうようにアシトを呼んで、それから不気味に笑みを浮かべる。

「お前、虫けらに情が移ったのかぁ?」

「……違う」

「へへへ、じゃあなんだよぉ? その顔はぁ?」

 いつも無表情のアシトが、珍しく表情を浮かべている。それは葛藤だった。苦しみだった。

 虫。ただの虫だ。人間じゃない。

 少年の脳裏によぎるのは、穏やかに微笑むチョウの女、その遺体にすがって泣く人間の少女、その彼女を頼むと言うハチの体にトンボの羽の女、さきほどしつこく自分の好物を訊いてきたハチの女、人間の少女と追いかけっこをするハチの体でチョウの羽を持つ女、そして。

 ただの虫を、護るために走っていった、人間の少女――リンカ。

「違う……!」

 彼女の泣き顔が、焼き付いて離れない。

 人間の彼女が、どうして虫のために戦おうとしているのだ?


 気配を感じてリンカは足を止め、チニュをかばう。

「あら、可愛い子見っけ」

 にこやかに彼女たちに話しかけてきたのは大人の女性だった。両の手首で丸い刃物をくるくると回しながら、二人を見ている。腕にずらりと刃物が並んでいた。

「まぁ、綺麗な羽ねぇ。ふふふ、とっても可愛らしいし、連れて帰りたいわ」

 リンカは鳥肌が立つような感覚を女性に感じ取った。人間に見えるけれども、このヒトは人間だろうか。異質な感じを受ける。

「前のあなたは……とっても可愛いけど羽がないわね? 羽のない虫もいるのかしら」

 リンカを見て、女性はうっとりと微笑んだ。

「可愛いわぁ……二匹とも。羽虫とは思えないくらい。連れて帰ってもいいわよね? 力を手に入れるっていうのが任務だし。連れて帰っちゃダメとは言われてないものねー」

 手首の刃物を器用に指先に移し、女性は微笑んでいる。

「私はアントキ。アントキっていうの。よろしくね、羽虫ちゃんたち。大事に大事に飼ってあげるわ。研究所で実験された後だろうけどね……」

 彼女の手から刃物が飛ぶのを、リンカは確かに見た。

 複雑な飛び方をしてくるのも空気の流れで感じることが出来る。避けるのはリンカには簡単だが、後ろのチニュには無理だろう。

 リンカは即座に意識を集中、流れてくる空気を叩くように雷をぶつける。

 紫の光がはじけて、刃物は土の上に落ちた。

「あらびっくり」

 アントキは目を丸くしてリンカを見た。

「強いのね、羽虫ちゃん。おねえさんびっくりよ?」

「羽虫じゃないよ。わたし人間だから」

「あら、またびっくり。あなた羽虫ちゃんじゃないの?」

「違う。羽虫なんてどこにもいないよ」

「? あなたの後ろの子は、羽虫ちゃんじゃないのかしら? 羽あるけど?」

「チニュだもん。羽虫じゃないよ。わたしはリンカ。羽虫じゃない」

 虫じゃない。ちゃんと名前がある。虫じゃない。あざ笑うように虫などというこの女性には分からないだろうけれど。

「あらあら」

 アントキは肩をすくめた。

「羽虫ちゃんでしょ。虫は虫よ、可愛い人間のお嬢ちゃん」

「虫じゃないよ」

 言いながらリンカは背後に空気の流れと気配を感じ取った。野生の獣ではない、虫族でもない異質な気配。目の前にいる女性と同じような、存在。

 自然ではないもの。

「わたしもチニュも、名前がある!!」

 リンカはアントキを睨みつけながら、背後の気配に向かって雷を放つ。空を裂く一撃がチニュを狙っていた男の頭上に落ちた。

 くだくだ話してリンカの気を引き、仲間の不意打ちを誘っていたアントキは、舌打ちして腕につけていた刃物をリンカに放った。

 この少女が侮れない存在だとようやく気が付いたのだ。力を放っていたリンカにかわせる速度ではない。アントキは確信していた。少女を殺したりはしない。ただすこぉしだけおとなしくさせるだけだ。足の腱を切ってやれば、泣き出してしまうだろう。

 捕らえた、と思った瞬間、アントキの刃は止められた。

 リンカの身体の寸前で、刃を指で掴んで止めたのは――すらりと背が高い赤いハチの姿。

 その背にはトンボ族の羽がある。

「キアラ!!」

「キアラ様!!」

 リンカとチニュが嬉しそうに声を上げた。

「リンカ、よくチニュを護った。すぐにラクラレンもネーディアも駆けつける。もう大丈夫だ」

「うん!!」

 輝く笑顔でリンカは頷き、チニュの手を取って背後を見た。さっき一撃した男はピクピクとしている。

「チニュ、怪我してない?」

「ええ、大丈夫ですわ。リンカ」

 少しだけ、チニュは微笑んでリンカに言う。

「護ってくださって、ありがとう」


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