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参・愚かな攻・遥かな護・1

 防備を固めたほうがいい。カブト族の長、ラクラレンは言い、クワガタ族の長、ネーディアも頷き、セミ族の長、ゼンダはその意見を認めた。いつ人間が攻めてきてもいいように、里の守りを固め、万が一のときのために、避難させる種を決める会議が行われた。ハチ族の長、ターネルは避難所を作りに十人ほどの力の強いハチ族を連れて里の外に出ている。

「生まれて十年に満たないものと、今、孵化(ふか)を待つ卵は避難させたほうがいいだろう。あとは……産卵時期が近いメスか?」

 ゼンダの意見に、キアラは冷静に続ける。

「ハチ族のメスは戦いに向いていない。彼女らも避難させたほうがいい」

「セミ族はどうする? 彼らは調停役だ。ほとんど戦えないぞ」

「セミ族は長のわしと、闘いの力を持つ数名で良かろう」

「わたくしは」

 新しくチョウ族の長となったチニュが、不安げに声を出す。人間との争いが起こるなど考えたこともなかった彼女の瞳には、怯えが濃い。

「わたくしは、どう動けばよろしいですか、皆様」

「後方待機を頼む。チョウ族は前に出るな」

 ラクラレンはキッパリと言い切った。癒し手であるチョウ族に前に出られては困る。

「それから、貴女は一切避難所から出ないようにね、チニュ」

「何故ですの、ネーディア様。わたくしは癒し手ですわ。ナンナ様の力を継いだものです。わたくしも……支援くらい出来ます」

「貴女が癒し手の長だからよ、チニュ。生き返りの力持つ貴女が失われることが一番この里の損失になる。貴女は力を継いだばかりで、後継など考えてもいないでしょう? もし、後継を決めぬうちに貴女が殺され、その力が人間の手に渡ってしまったら……どうなるか、分かるわね」

 後継を決めていないうちに命を落としてしまうと、その力は無造作に近くの者に宿ってしまう。

 アシトは『殺せば力が手に入ると聞いていた』とリンカに話していた。

 その方法はあながち間違っていなかったのだ。ただ、彼が殺したナンナはすでに後継を決めていたために、彼女の力は殺したアシトではなく後継のチニュに宿った。

「もし、里が全滅しても、お前が無事なら長以外は生き返ることが出来る。いいか、チニュ。お前が死ぬことが里の全滅に直結しているのだ。お前の命は力を継いだそのときから、お前一人のものではない。分かるな?」

 キアラは真剣に親友の力を継いだ少女に告げる。強力な力を持つが故、癒しの姫長は里から簡単に出られない。

 断じて人間に奪われるわけにはいかない力だ。自然の摂理を簡単に歪める人間に渡ってしまえば、歪める使い方しかされないだろう。

 チニュは震えながら頷いた。そうだ、人間にこの力を渡すわけにはいかない。自然の声を聞こうとしない人間に渡ったら、それこそ恐ろしいことになる。

「分かりました……おとなしく皆様のお帰りをお待ちしております」

 足手まといにはなりたくないし、自分の力が人間に渡ることも防がなくてはならないと、チニュは納得した。

「さて、キアラよ。あの人間の少年はどうする?」

 ゼンダはアシトの存在をどうするか決めかねている。避難所に連れていって暴れられても困るし、かと言って人間が襲ってくる場所に置いておくと彼は人間の味方をするだろう。

 布陣を整えている内側で暴れられるのが一番困る。

 彼を殺してしまうのは簡単だが、虫族の誰もがそれを良しとしていなかった。

 少年は里にとって、皆にとって大切な女性を殺したが、殺された彼女はそれを許したのだから。

「……私は避難所へやるのがいいと思うが」

 キアラの意見に、ラクラレンは眉をひそめる。

「だが、ヤツが再び剣を取らんとは限らんぞ? チニュを襲われてしまったら、今度こそ力を奪われる」

「大丈夫だろう。リンカも一緒に避難所へやるからな。アシトはリンカには弱い。私の妹がいれば何もしないさ」

「リンカを? ……彼女の強力な雷は確実に人間への武器になるのに、避難させるというの、キアラ」

 言ってから、ネーディアは苦笑した。キアラがリンカを可愛がっているのはよく知っている。里一番の強力な戦士は、『妹』を同じ人間と争わせることを気に病んだのだろうか。

「避難所にも防備は必要だろう。リンカなら守りきってくれると思っている」

「はいはい。そういうことにしておきましょう」

 キアラ以外の虫族たちも、あの少女を戦いの矢面に出すことはしたくないと思っている。

 長く人間の里で迫害されていた少女だ。辛い思いをさせたくなかった。

 人間はそう遠くないうちに攻めてくるだろう。この高山にある『虫の里』までどうやってくるのかは分からないが、平気で自然を歪める人間だ。どんな手で来ても不思議はない。


 『虫の里』。優しい虫族たちの住む場所に、魔の手が忍び寄ろうとしている……。


              ***


 避難所に行きなさいとキアラに言われたとき、リンカは耳を疑った。

「何で?」

 リンカは戦うつもりだった。里を護るために、あまり好きでない自分の雷を呼ぶ力も迷いなく使うつもりだった。

「わたし、戦えるよ」

 キアラもリンカの力は知っているはずだ。滝を一撃でえぐり、雨雲さえ切り裂いて蒸発させる彼女の力を。

「ああ、分かっている。だから、リンカには避難所の皆を護ってもらいたい」

「……避難所の……」

「避難所には戦えないものが集まる。卵や産卵期のメスもだ。彼女たちや子供たちを、私の代わりに護っておくれ」

「! うん!! 分かった!!」

 キアラの代わりに、力のないヒトたちを護る。リンカは大切な役目が与えられたと感じた。

「ちゃんと護るよ。任せて」

 ぽんと胸を叩くと、肌身離さず身に着けているお日様の形の首飾りが揺れた。

「ああ、頼む。チニュもいるからな。護っておくれ」

「……チニュ、いるの?」

 途端に顔を歪めた『妹』に、キアラは笑みを浮かべる。

「仕方ないだろう? 彼女はナンナの力を継いだ。人間に連れて行かれたら大変だ」

「うー、うー、う〜〜っ、分かった……チニュも、護る……」

 ガックリと肩を落としたリンカに、『姉』は声を上げて笑った。


「何であなたがいるんですの」

 避難所で顔を合わせるなり、チニュに言われたリンカである。

「雷の力を持っているはずではなかったのですか。それとも怖気づいて逃げてきましたの? よくそれでキアラ様の妹を名乗れますわね」

「違うもん! 避難所の皆を護るようにってキアラに頼まれたの!!」

「……本当に言われましたの? キアラ様に厄介払いされたのでは?」

「チニュ、きらい。チニュも護れって頼まれたけど、やめようかな」

 ぷくーっとほっぺたを膨らませてすねてしまうリンカに、ロゼッタが笑いかけた。

「リンカがいてくれたら安心だわ。ほら、避難所にはあの子も一緒でしょう?実はちょっとどうしたらいいのか分からなかったのよ」

 彼女はちらりと避難所の隅にいるアシトを見る。彼はいつものように剣を背負っていた。

「……あの子あんまり笑わないから」

「そうですわね。無愛想もいいところですものね……」

 チニュも少年を見る。大好きなナンナを殺した少年。

 でもチニュも彼を憎いとは思っていなかった。ナンナのような優しいヒトをその手にかけるなんて、なんて可哀想なヒトなのだろうと思っている。

 そうしなければならなかった少年が、可哀想だと思う。

 優しい里の中で、優しいヒトと触れ合うことも出来ずに、優しいヒトを殺してしまった可哀想なヒト。

 彼は居心地が悪そうだった。ナンナを殺したことで責められないのが心から不思議のようだ。人間との争いが始まるから、お前も危ないので避難しておけとここに連れてこられて、どうしたらいいのか分からないらしい。虫族たちが彼を心配している気持ちが理解できないのだ。

 憎まない虫族。恨まない虫族たち。

 重い罪を犯した少年は、理解できずにかえって苦しんでいる。

 優しさが、分からない。ぬくもりが理解できない。彼から一番遠い場所にあったものだから。

「笑えないのかしら。笑い方を知らないのかしら……可哀想な子ね」

 ロゼッタは心配そうに言う。わずかな間でも一緒に里に暮らした少年だ。彼の声を聞いた事はない。話してくれなくてもかまわないから、少しでも笑って欲しいと思っている。

「リンカとは普通に話してくれるの?」

「うん。でもアシト、無口だよ。あんまり話すの得意じゃないみたい」

「そう。でも口が聞けないわけではないのよね?」

「うん。喋れるよ」

「分かったわ。なら、餌付けからしてみようかしら」

 ロゼッタはふんっと息を吐いた。こういうときの彼女は強い。戦えなくても、何故だかこういうときのロゼッタは、怪力のラクラレンすら圧倒するくらい、強い。

「あはは、頑張って、ロゼッタ」

「任せといて頂戴!」

 とりあえずは今日の夕食からね! とロゼッタはこぶしを握って気合を入れてから、アシトに歩み寄った。

 リンカとチニュはじっとその様子を見守る。

 そして攻防戦(ある意味一方的)は始まった。

 無言で通すアシトに、ロゼッタはしつこくしつこくしつこく、し・つ・こ・く! 好物は何かと訊いている。彼が返事をするまでそれは続けられるのだ。

 それはもう、しつこい。

「…………おい」

 どのくらい続いただろうか。ついにアシトが声を上げた。ロゼッタにではなく、リンカに視線を向けて、ロゼッタを指差す。

「頼む。止めろ」

 助けを求められたリンカはにこやかに首を横に振る。

「だめ。邪魔したらロゼッタに怒られちゃうから」

 アシトはこころなしかゲンナリしているようだった。

「…………止めてくれ」

「アシトがロゼッタに答えてあげたら止まるよ? 好きなものか食べたいものを教えてあげたらいいだけだってば」

「おほほほほほ、そういうことよアシト。教えて頂戴? あなたの好きなものはなぁに? 今日食べたいものはあるかしら?」

 ロゼッタは、めげない。何十回目かの質問を繰り返す。

 虫族に話しかける気は全くないようだったアシトだが、繰り返される質問にさすがに忍耐が尽きたのか、ぐったりと頭を落として、ようやく答えた。

「…………肉」

「お肉? なんの?」

「…………焼いてあれば……なんでもいい……」

 おおー。避難所内で、拍手が巻き起こった。虫族の誰が話しかけてもほとんど答えようとしなかったアシトが、返事をしたのだ。

 勇者ロゼッタを称える拍手である。ロゼッタは満足げに頷いて、アシトの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「!?」

 驚いて身を離す彼に、ハチ族の女性はにこやかに笑いかける。

「じゃあ、今日の夕食はお肉を焼くわね。ええと、確かイノシシのお肉が保管庫に運ばれてたから〜」

 上機嫌で離れていく彼女を、少年は呆然と見ている。くしゃくしゃになった頭もそのままに。

「……なん、なんだ……こいつら……」

 呟きは本当に心から理解できないと述べているかのようだったが、本当にイヤならばさっさと逃げているだろう。ナンナを殺したときのように、剣を抜いて暴れてもいいのに、アシトはそうしなかった。

 リンカはちょっと微笑んだ。拒絶していたアシトも、ようやく打ち解けようとしているのかもしれない。

「ロゼッタ……わたくしちょっと感心いたしましたわ」

 チニュも面白そうにくすくす笑っている。アシトのビックリした顔が面白かったらしい。

「わたしロゼッタ手伝ってこようっと」

 嬉しくなってリンカはロゼッタの後を追いかけようとして、がしっとチニュに服を掴まれる。

「お待ちなさい。あなた、料理上達したのですか? 以前のように炭くずのようなものを作り出すつもりではないでしょうね?」

 チニュは以前、キアラが持っていた『リンカ作・お弁当っぽいもの』のことを覚えていた。

 とても食べられるとは思えないそれを、キアラは苦笑しながら何とか平らげていたことを覚えている。こんなものを食べさせるなどと、リンカは鬼かと思ったチニュだ。

「あなたが作るものは毒だと認識していたのですけれど、進歩しましたの?」

「……チニュ、きらい」

 ぺいっと彼女の手を振り払って走り出したリンカを、あわてて追いかけるチニュだ。

「お待ちなさい!! 上達していないのですか!? チョウ族の長の名にかけて台所に入るのは許しませんわよっ!」

「チニュ、きらいーっ!」

「わたくしだってあなたなんて大嫌いですわよっ、あなたの料理は死人が出ますっ! 癒し手として目の前で犠牲者を出すわけにはまいりません!! お待ちなさい、リンカ!」

 追いかけっこを始めたチョウ族の長と、里一番の戦士の『妹』を眺めて、避難所の虫族たちは微笑んだ。


 緊張感のほぐれた瞬間、破滅が産声をあげ、絶望がその手を振り下ろした。

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