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小さな『  』

作者: 沙羅双樹

 ある日、一輪の花を歩いている最中に見つけた。その日は休日であり、気分転換とも言える散歩の途中だった。その花は黄色を基調として、がくの部分でそれぞれが細長く別れ、ぴんと空を向いて伸びていた。所謂タンポポである。

 何処にでもあるものではあるが、いつもとは違い、その何処にでもあるありふれた花が少し美しく思えた。

 コンクリートで固められた道路の端も端。ガードレールのすぐ真下に、それはあった。『アスファルトに咲く花のように』という一節が頭に浮かんだが、歌いだすと年齢がばれてしまうので避けておこう。一時期、アスファルトを裂く花、と覚えていたのは内緒だ。

 暫く立ち止まり、花を見つめていた。こんなところにも、自然の手を伸びているのだな、と少し感慨深くなった。人工物の真っ只中にも関わらず、そのたくましい生命力で命を芽吹かせる。そんな生き様だからこそ、一輪でありながらこんなにも美しいのだろうか。そう思った。

 そのまま暫く花を見つめていたが、見つめているからといって対話が出来るわけもなく、俺は歩みを再会させた。


 ※


 ――翌日。


 出勤途中。

 昨日見て感慨を受けた花の位置に、今日も歩いてきた。通勤の道沿いなのだから当然といえば当然なわけだが。

 昨日と同じように、道の、端に目を向けた。

 さて、その花のご様子だが――


 潰れていた。


 あっけなく潰れていた。

 緑色の茎と黄色の花の部分が交じり合い、一種のコントラストを醸し出していた。その調和を乱すかのように、茶色の土と、茎が裂け、表面よりも鮮やかな緑が無遠慮なまでにコンクリートの上にあった。そのふちを囲むように、ちぎれた細長い花が散乱していた。

 かがんでみると、その花に足跡が残っており、何者かが踏み潰してしまった物だと思われる。土も、そのときについたのだろう。

 踏んだ、その者を責めるわけにも行かないだろう。前だけ向いている人物にしてみれば、足元など見るにも及ばぬのだから。ともすれば、踏んだ事実にも気づいていないのかもしれない。

 コンクリートの上に横たわり、無残な姿を晒す花を、指でつついてみた。避けた口の断面を偶然触り、独特な感触が伝わった。必死に生きていた、生き物特有のその独特な感触。

 生き物には、それぞれ特有の感触があると思っている。人間もそうだろう。全員が全員同じ手触りでないはずだ。遺伝子によって構築された肉体は、千差万別。全てが違う。

 オンリーワンが、また一つ費えた。

 花を見ながら、そんなことを思った。

 そして、ふと感じた。

 俺が、こんな風にした物もあるのではないか?と。

 生きているうち、何かを決定的に傷つけ、殺めたことが。

 無いとは言い切れなかった。自覚が不可能なこと。これがとてつもなく厄介に思えた。

 生きるということは、何かを傷つけ続けることだと俺は思っている。何かの犠牲無しには、今の俺は生きてはいないだろう。

 では、俺は何を傷つけたのか?

 そのことが、全く分からない。傷つけたという認識はあるが、何をどう傷つけたのか、認識できない。大本は認識できる。親、親戚、友人。だが、細かいところまで、樹形図で言えば枝葉の部分まで行くと、全く分からなかった。忘れているのか、あるいは知りもしないのか。すこし疑問に持ちながらも、恐く思えた。

 俺は、立ち上がった。分からないことを考えていても、仕方が無い。

 溜息をつきながら、すそについた埃を払った。

「じゃあな、花」

 タンポポに語りかけるようにそういうと、俺はその場を去った。

以上となります。

お目通し、有難うございます。

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