第2話
「口の減らない男だね! 私は一人暮らしだよ。これで満足かいっ」
「…そうですか」
なにかを考えるように黙りこんでしまったキースを見て、老婆は言った。
「もういいだろう。間違いだと分かったんだから、さっさとお帰り」
「あ、待ってください。お婆さん」
シッシッと犬を追い払うように手を振って、老婆は洞窟のなかへと歩き出した。だがすぐにキースに呼び止められ、心底面倒くさそうに振り向く。
「今度はなんだい」」
「実は僕、噂の魔女を捜してるんです」
「だからなんだい」
「お婆さんが何か知っているんじゃないかと思って」
「そんなの私が知るもんかい」
これ以上話を聞く必要はないと思ったのか、老婆はさっさと洞窟のなかへと歩き出した。キースは老婆の後を追う。
「実は僕、魔女に叶えて欲しい願いがあって」
「ついてくるんじゃないよ」
キースは老婆の忠告を無視した。
「どうしても会いたい人がいるんです。だから、その為の魔法がほしい」
「あんたの想い人は神様かなんかかい。魔法がないと会えないなんて、普通じゃないね」
「神様…、ああ、そうかもしれません」
キースはうっとりと瞳を細めた。
「彼女の美しさはまるで女神のようでしたから」
厭みの通じない男に、老婆の顔が不快げに歪む。
「美しいブロンドの髪に、真っ白な肌。声はまるで鈴の音のようで、笑った顔は夏のひまわりを思わせる美しさ…」
「なんと言われても、私には何も分からないよ」
「そんなはずはありません。僕の想い人はあなたのそれと同じ、オレンジのワンピースを着ていました」
「なんだって?」
老婆はキースの指す指の先をみて慌てた。黒いローブの裾から中に着ている服の裾が見えてしまっている。急いで隠すが、もう手遅れだ。
キースはにっこりと笑った。
「真っ黒なローブの下に、一体何を隠しているんでしょうね?」
「…何も隠してなんかいないさ。どんな服を着ようが私の勝手だろう」
「ええ、確かに。でも不可思議だとは思いませんか?」
わざとらしく頭を抱えながら、キースは言う。
「人里離れた森の奥でひっそりと暮らしている人が、真っ黒なローブでわざわざ隠すようにして、そんな明るい色のワンピースを着ているなんて」
「何もおかしくなんかないさ。私はワンピースだけでは寒いから、上からこのローブを着ているんだ」
「おばあさん。冬ならまだしも、今は初夏ですよ。その言い訳は苦しすぎます」
「い、言い訳だってっ?」
老婆の素っ頓狂な声が、洞窟の中にこだまする。
「不可思議な点をもう少しお話ししましょうか?」