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線香花火が落ちるまで

作者: 雨後 穹

 勢いよく七色の光を放っていた花火は、みるみる間に力を失っていき、闇に溶けた。


 あーあ、終わっちゃったと軽く息をつくミキをよそに、俺はよいしょと一声上げて立ち上がり、川原に広がった花火の残骸を集めて、片っ端から空いているビニール袋に突っ込んでいく。


 そんな俺の袖を、ミキは軽く引いた。


「あ、待ってトシちゃん。最後にこれやろ?」


 ごそごそとコンビニの袋を漁り、ミキは細い2本の紐を取り出した。日本の心、線香花火だ。


「花火の終わりっていえばやっぱこれだよね!」


 セミロングの黒髪を軽やかに揺らしながら、彼女はまるで羽ばたくように、浴衣の袖をばさばさと振った。


 一体何がそんなに楽しいんだかと、肩をすくめて見せる俺を半ば無視してミキは線香花火の1本を俺に投げつけてくる。


「勝負よ! えっとね、負けたほうが勝ったほうの命令をなんでも一つ聞くこと! 先に落としちゃったら負けだからね」


 おいおい、線香花火は手袋じゃねぇってのに。まぁやってもいいけど、どうせ俺が勝つって。お前どんくさいから。


「いいからやるの! はい、点火よ、点火! イグニッション!」


 へいへい、とミキの無駄に高いテンションに呆れながらも、2人してその場にしゃがみ込むと、ライターで火を点けた。


 一旦明るく燃え上がった先端が、次第に丸みを帯びてゆき、ぱちぱちと小気味よい音を立てだす。


 夜に爆ぜる甘やかな光が、真剣そのものという彼女の表情を照らし出す。どうやらなにがなんでも勝ちたいらしい。


 まぁ勝負とあっては俺だって負けるわけにはいかない。負けたらコイツの性格からしてどんな無理難題を突きつけられるかわからん。


 ということで、


 なぁ、お前好きな奴いんのか?


 なんて爆雷を投下してみた。


「な!? 精神攻撃は卑怯だよトシちゃん!」


 案の定、必要以上に大きなリアクションでミキが俺の顔を見る。


 仄かな光に照らされる切れ長の瞳には、ちょっとした驚きが映っていた。


 ほれほれ、長い付き合いの俺に言ってごらんなさい。ちゃんと聞いてあげるから。いるのか? いないのか? 白状しなさい。


 ミキの顔を見つめながら、俺はしゃがんだままカエルのような動作で軽く跳ねて彼女に詰め寄った。


 もちろん、こっちの花火が落ちないように細心の注意を払いながら。


「うう、意地悪だよぅ、トシちゃん」


 視線は花火にもどして、ミキは形のよい唇を軽く尖らせる。


 静かな川のせせらぎと虫の唄をBGMに、ぱちぱちと控えめな主旋律が夜に散っていくのが耳に心地いい。


「と、トシちゃんはどうなのよ?」


 俺? 俺は……わからん。


「なにそれ? そんなのずるくない?」


 ぷくっと頬を膨らませて、ミキは俺を睨みつける。


 だってわからんものはわからんだろう。仕方ない、仕方ない。


「仕方なくないー! ずるいずるいずるい!」


 ばたばたと浴衣の袖を振りながら、駄々っ子のように首を横に振るミキ。


 ふんわりと爽やかなシャンプーの香りが漂ってくる。


 おいおい、そんなに暴れると花火が落ちるぞ。分かったよ、なんか別の質問なら何でも答えてやる。


「むぅ……なんかそれでもずるいなぁ」


 いいから、さぁ質問は? 制限時間は10秒だ。


「ふぇっ!? 制限時間つき!?」


 納得いかないという表情のミキだったが、制限時間と聞いた途端、額に手を当てて考え出した。


 うん、実に単純。


 さぁ急げよ、あと4秒だぞ?


「ええっと、ええっと、じゃあトシちゃんは勝ったら何を命令するの?」


 なにそれ? そんなのありか? そういうお楽しみは後にとっとくもんだろ。


「でもほら、心の準備とかあるじゃない? っていうか何でも答えてやるっていったじゃん!」


 そんなこと言ったっけ?


「言ったよ! ほら早く早く! 制限時間はあと5秒」


 そんなこと言われても別に大したこと考えてねぇよ。


「大したことじゃなくてもいいって。どんな命令?」


 う……でもこれを言えっていうのか?


 口をもごもごさせる俺、そんな俺ににじり寄るミキ。


 ああ……もう言ってやるよ、言えばいいんだろう。


 でもこれって命令なのか? まぁいいや、願望ってことで。




「来年の夏もこうやって、お前が隣にいればそれで十分だよ。まぁ、なんだ……できたらその、来年の来年も。その次の年も」




 さわさわと川のせせらぎ。


 りんりんと虫の唄。


 ぱちぱちと爆ぜる2本の線香花火、その1つがぽとりと、夜に落ちた。


 はい、落とした。お前の負け。


 しゃがんだままで、ミキの肩を軽く叩いた。


 ミキは静かに、首を横に振る。


「ううん……トシちゃんの負けだよ」


 は? と、俺は自分の手に持った線香花火に視線を落とした。


 随分と短くなった俺の線香花火、それはまだ微かに火花を放ち続けている。


 なんで? 俺、まだ落としてないじゃん。


 疑問に首をかしげる俺の顔を見ないで、ミキは小さく声を漏らした。






「先に私を"落としちゃった"から……トシちゃんの負け」






 夏の夜。


 うつむいたまま、イタズラっぽく舌を出して笑うミキの顔をほんの一瞬だけ目映く染めて、俺の線香花火は、ぽとりと落ちていった。



2,000字以内でまとめるという制限を課して書いた作品です。

激甘ストロベリィ展開ですね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか二人の関係がとっても愛らしくてほんわかしますね。 素敵な短編でした。
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