Q.1 : 1つの球体を、もとと全く同じ2つの球体に分割しなさい
「1つの球体を有限個に分割し、それらを寄せ集めると、もとの球体と全く同じ形で同じ体積を持つ2つの球体をつくることができる」
自然科学部。
と名乗ると大学の学部のようだが、そうではない。とある女子高に存在する部活動の名称だ。ここに集うは5人の少女。彼女らは、毎日のように放課後、理科室および理科準備室にて活動を行っている。主な活動内容は、実験と、そして「ゼミ」だ。
メンバーは5人。そしてこの学校の登校日は、週5日。これに目をつけたのが、現部長のマフ。そこで彼女らは、各曜日ごとに、何でもいいから1週間で調べた内容を、ゼミ形式で発表することにした。
本日月曜日担当は、副部長のピエ。理科室の教壇に立つと、黒板に「バナッハ=タルスキの定理(BTT)」と大きく書いた。そしてその下に、いま自分で言った言葉を書き加える。
「今日はこのことを、私が理解した範囲で証明しようと思います」
ピエはそう言って、4人の部員の顔を眺めた。
「えっと、ちょっと待って」
最初に口を開いたのは、シーだった。目頭を押さえながら、考え込む仕草をする。サラサラの黒髪に白いセーラー服が良く映える少女は、書かれた内容を理解しようと、黒板の2行目を凝視した。
「1つのボールをバラバラにすると、2つのボールができる、と言う意味で良い?」
「そだよ」
ピエが、テカ、と無垢な笑みを浮かべて答える。
「出来上がったボールは、中が空洞と言うことか?」
次に尋ねたのは、リンだった。椅子の上で足を組み、おとがいに手を当てる。彼女の疑問は他の部員も同感だったようで、うんうんと頷いた。メンバーの顔を見ながら、ピエだけは首を横に振る。
「ううん。出来上がったボールは、もとの球体と全く同じ形。つまり、中身もちゃんと詰まってるってこと」
ピエの回答に、メンバーはみなポカンとした顔を浮かべた。部長のマフが、はい、と手を挙げる。
「つまり、1つのものから、全く同じものが2つ出来る、と言いたいわけね?」
「そ。しかもこのBTTを拡張すると、『任意の立体を有限個に分割して寄せ集めて、任意の立体を組み立てられる』と言うことまで証明できる。……今日はそこまでやんないけど」
「そんなことってあり得ます?」
コウが最後に口を開いた。短い茶髪のギャルっぽい彼女は、猜疑に満ちた目でピエを見た。
「既に証明されてるよ」
自信満々のピエだが、信じられないその定理を、部員たちは受け入れられないようだ。
「本当かウソかは」マフが言った。「証明を聞いてから、考えましょう」
まずは問題提起。
第2章で2次元での証明、第3章でそれを3次元に拡張し、
第4章でこの定理の“正体”に迫ります。
2章と3章は、文字数が1万文字近くあるので、ご注意ください。