第〇〇三話 能力
結局、主治医のフリーダは、一週間も俺の身体や記憶を調べ尽くし、「異常なし!」と太鼓判を押して満足気に帰っていった。あのマッドサイエンティストじみた探究心は、少しばかり恐ろしかったが。
ようやく自由に動けるようになった俺は、初めてじっくりと鏡で自分の顔を見て、思わず息をのんだ。
鏡に映っていたのは、病弱さゆえに儚げな印象こそあるものの、黒曜の髪にタンザナイトのような紫色の瞳を持つ、神が創りたもうた芸術品のごとき美少年だった。
「……マジか。帝国一の大罪人になる顔面じゃないだろ、これ」
もう少し、こう、悪役らしい厳つさを想像していたのだが。まあ、あの氷の聖女レティシアの婚約者だったのだ。このくらいの美貌はなければ釣り合わないか。
ルーシャスの身体になってからというもの、ベッドの住人だった俺は、有り余る時間で今後の計画を練っていた。そして、いくつかの絶望的に難易度の高い問題が山積していることに気づく。
まず、二十メートルの超大型ゴーレムをどうやって作るか。
ゲームでは『ルーシャスは巨大なゴーレムを操り』なんてテキスト一行で済まされていたが、実際に自分が作るとなると話は別だ。設計図もなければ、材料の調達方法も不明。完全にゼロからのスタートである。
そして、最大の問題は、俺の最推しであるレティシアに惚れさせなければならない、ということだ。
ゲーム内で盗み見た彼女の日記によれば、彼女はルーシャスを深く愛していた。その想いの果てに、俺は彼女の手で殺される運命にある。
彼女が全ての人間に心を閉ざしたのは、俺を殺してしまった後悔と悲しみが原因だ。そう考えると胸が張り裂けそうになるが。
聖女がいなければ、世界は邪神に滅ぼされる。
だが、俺が死ななければ、彼女は聖女として覚醒しない。
……なんという詰みゲーだ。俺の命と世界の未来が天秤に乗せられている。
いろいろなプランを考えてみたが、大前提として邪神討伐に聖女レティシアは不可欠。
その聖女の力は、俺の死によって開花する。
つまり、俺が彼女に殺される未来は、どうあがいても変えられない、ということだ。
「最高のハッピーエンドと、最悪のバッドエンドがセットとか、この世界の神は性格が悪すぎだろ……」
侍女であるリリアナも謎が多い。ゲームの中で一度だけ仲間にできたが、その素性はほとんど分からずじまい。ルーシャスの記憶を探っても、物心ついた時から彼女は侍女だった。味方ならこれほど心強い存在はいないが、もし敵だとしたら……。
分からないことだらけで頭が痛くなる。だが、二年後の十二歳でレティシアと婚約させられる、という事実は確定している。それまでに、ゴーレムをある程度形にしなくてはならない。
レティシアと出会うまで、あと二年。
彼女に好かれ、最高の出会いを演出するには、あまりにも短い時間だ。ヘマをすれば、レティシアが聖女に覚醒しないまま、世界がジ・エンドを迎える可能性すらある。
責任重大すぎるが、やるしかない。
レティシアの日記は、乙女心全開のポエムのようで、解読困難な部分も多かったが、俺が彼女の希望になるしかないのだ。
「よし!」
かなりのプレッシャーだが、まずはゴーレム作成の第一歩を踏み出そう。
◆ ◆ ◆
「リリアナ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「ルシャ様、また何か無茶をなさるおつもりですか? フリーダ先生が帰られたばかりですよ」
呆れたような、それでいて心配そうな視線を向けられながらも、俺は頼み込んだ。
リリアナはため息を一つついて、すぐに小型モンスターの魔石をいくつか持ってきてくれたが、忙しいようで、すぐにどこかに行ってしまう。
高さ二センチ、直径一センチほどの濃い紫水晶の結晶。魔道具の動力源、いわば電池として使われる一般的な魔石だ。
そういえば、ゲームの設定では、魔石はモンスターの体内で魔力が結晶化したものだったはずだ。
魔力過剰症候群の俺の身体は、常に魔力で満ち溢れている。もしかして、俺も体内で魔石ができて、いずれモンスター化して暴走する、なんて展開はないよな? それならレティシアが俺を殺す理由にもなるが、そんな無様な死に方はごめんだ。
まあ、ゲームで人間がモンスター化するイベントはなかった。考えすぎだろう。
さて、目の前の魔石。ゲームではアイテムとして使うだけで、加工なんてできなかった。だが、ここは現実だ。
「システムの壁を越える時が来たな……!」
用意してもらった金槌で叩いてみると、硬質な音とともに、魔石は意外とあっさり砕け、様々な大きさの欠片になった。この瞬間、俺は確かにこの世界で生きていると実感した。
魔石といえば、二メートル級のゴーレムを作るには、高さ七センチ以上の大型モンスターの魔石が必要になる。入手困難な上に高価。これがゴーレムのスキルがハズレと言われる所以の一つだ。
次に、ゴーレム製作の詠唱。一般的なストーンゴーレムの場合は、こんな感じだ。
クリエイトゴーレム。
石の塊よ、我が手によって生まれし者。
汝の名は○○、我が意志の下にあれ。
汝に仮初めの命を与えし対価として我が魔力を汝に分け与えん。
汝は我が命令を忠実に従え。
我が敵は汝の敵、我が友は汝の友。
汝は我が盾となり、我が剣となれ。
今、汝の目を開け、汝の心を燃やせ。
○○よ、汝、我の呼びかけに応じ起動せよ。
魔石を素材の上に置き、魔力を流しながら詠唱する。○○にはゴーレムの名前を入れる。一度契約すれば、次回からは魔力を流すだけで動かせる。
この方法で作ると、魔石はゴーレムの額に弱点として埋め込まれてしまう。これを破壊されれば、ゴーレムはただの石くれに戻る。戦闘で使えるわけもなく、土木作業用と揶揄される最大の原因だ。
しかし、レティシアの日記にあったルーシャスのゴーレムは、帝都を七日間も蹂躙し続けた。弱点が剥き出しだったとは到底思えない。
「つまり、製作方法はアレンジ可能……!」
俺のもう一つの能力、付与魔法。これもゲームではハズレ魔法扱いだった。
ハズレスキルとハズレ魔法の持ち主である俺が、奇跡の化学反応を起こす。
だとしたら、これほど胸が熱くなる展開はないじゃないか!
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