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婚約破棄された元OL悪役令嬢、コンサル知識で潰れかけのギルドを王国一に再建します  作者: 黒崎隼人


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第4話「王子の視察と流れる黒い噂」

 『白銀の獅子』ギルドの躍進は、もはや王都の誰もが知るところとなっていた。


「あのヴァイスハイト家の令嬢が、潰れかけのギルドを立て直したらしい」


「獣人ギルドと手を組み、ワイバーンを討伐したそうだ」


「エルフと交易を始めたという噂まであるぞ」


 私の名は、いつしか「王子に捨てられた哀れな令嬢」から、「やり手の若きギルドマスター」へと変わり、人々の口の端に上るようになっていた。


 そして、その噂は当然、王城で暮らす、かつての婚約者の耳にも届いていた。


 第一王子アルフォンスは、執務室で報告書を読みながら、眉間に深い皺を刻んでいた。報告書の内容は、イザベラ・フォン・ヴァイスハイトと、彼女が運営する冒険者ギルドに関するものだった。


(あり得ない……。あの高慢で、嫉妬深く、リリアナをいじめることしか考えていなかったイザベラが、これほどの才覚を持っていたというのか?)


 アルフォンスの心は、混乱の極みにあった。自分が断罪した女が、今や王都の英雄になりつつある。その事実が、彼の正義感を、そして自尊心を激しく揺さぶっていた。彼は、自分がシュヴァルツ侯爵の言葉を鵜呑みにし、何か重大な過ちを犯したのではないかという疑念に、苛まれ始めていた。


「殿下、あまり思いつめられては、お体に障ります」


 側近の騎士が心配そうに声をかける。


「……確かめなければならないだろう。私自身の、この目で」


 アルフォンスは決意した。自らが下した判断が正しかったのかどうかを、その真偽を、確かめるために。


「『白銀の獅子』ギルドへ、視察に赴く。準備をせよ」


***


 数日後、王家の紋章を掲げた豪華絢爛な馬車が、下町のギルドの前に止まった。馬車から降り立ったアルフォンス王子と護衛の騎士たちの姿に、ギルド周辺は一時騒然となる。


 私がギルドの入り口で彼を出迎えると、アルフォンスは複雑な表情で私を見つめた。


「……久しぶりだな、イザベラ」


「これは、アルフォンス殿下。ようこそおいでくださいました。このような場末のギルドに、何の御用でしょうか?」


 私は、あくまで事務的に、しかし礼儀正しく応対する。もはや彼に対して、個人的な感情はなかった。あるとすれば、シュヴァルツ侯爵の嘘に簡単に騙された、見る目のない男という評価だけだ。


「君のギルドが、目覚ましい発展を遂げていると聞いた。王国の治安維持に貢献する冒険者ギルドの活動を把握しておくのも、王族の務めだ」


 もっともらしい理由を並べる彼を、私はギルドの中へと案内した。


 王子がそこで目にしたのは、彼の想像をはるかに超える光景だった。


 ホールは、種族も年齢も様々な、多くの冒険者たちの熱気で満ちあふれていた。人間、獣人、そして最近ではドワーフの姿も見える。彼らはクエストボードの前で真剣に依頼を選んだり、仲間と次の計画を練ったり、あるいは併設された食堂で談笑したりしている。そこに、かつての寂れたギルドの面影は微塵もなかった。


 誰もが、生き生きとした顔をしている。


「マスター! この間のゴブリン退治の追加報酬、確かに受け取りやした!」


「マスター、初心者講習会、すごくためになりました! 次も参加させてください!」


 冒険者たちが、私を見つけると、親しげに声をかけてくる。私は一人一人に笑顔で応え、労いの言葉をかけた。その様子を、アルフォンスは驚きと戸惑いの入り混じった目で見つめていた。


 貴族たちの上に君臨するのではなく、荒くれ者たちと同じ目線に立ち、彼らからリーダーとして心から慕われているイザベラの姿。それは、彼が知る「悪役令嬢」とは、あまりにもかけ離れていた。


「……信じられん。君が、これほどの組織を作り上げたというのか」


「私がしたことなど、些細なことです。彼ら冒険者一人一人の努力が、このギルドを支えているのです」


 私の答えに、アルフォンスは言葉を失う。


 その頃、イザベラの成功を最も苦々しく思っている男、シュヴァルツ侯爵は、次なる手を打っていた。物理的な妨害や経済的な圧力が通じないのなら、今度は社会的な信用を失墜させるに限る。彼は、金で雇った者たちを使って、王都中に悪意に満ちた噂を流し始めた。


「ヴァイスハイト家の令嬢は、冒険者たちを安い賃金で違法に酷使しているらしいぞ」


「獣人族と手を組んでいるのは、王国を内側から転覆させるためだという話だ」


「エルフから禁断の魔法を教わり、何かよからぬことを企んでいるに違いない」


「有事の際に備えて王都の地下に眠るという、古代の鉄人形ゴーレムの封印を解き、国を乗っ取ろうとしているらしいぞ」


 根も葉もない、しかし、聞く者に不安を抱かせるには十分な、黒い噂。それはまたたく間に広がり、王子の耳にも届いた。


 アルフォンスの心は、再び揺れた。イザベラが築き上げたギルドの活気は本物に見えた。しかし、もし、あの笑顔の裏で、本当に冒険者たちを搾取し、国を揺るがすような陰謀を企てていたら……? 彼は貴族社会の疑心暗鬼の中で育ってきた。人を、簡単には信じられない。


 視察の終わりに、アルフォンスは意を決して私に尋ねた。


「イザベラ、君にまつわる、よからぬ噂を耳にした。真実を話してほしい。君は、一体何を企んでいる?」


 その問いは、私が予想していたものだった。シュヴァルツ侯爵が、この機を逃すはずがない。


 私は動じなかった。むしろ、この時を待っていた。


「噂は、噂にすぎません。ですが、言葉で潔白を証明するのは難しいでしょう。……殿下、こちらへ」


 私は王子を、ギルドの事務所へと案内した。そして、そこに保管してあるすべての書類を、彼の前に差し出した。


「これは……?」


「ギルドの会計帳簿、依頼の契約書、冒険者への報酬支払記録、資材の購入履歴、そして、私がつけている運営日誌です。すべて、ありのままです。どうぞ、お好きなだけ、ご覧ください」


 私の言葉に、アルフォンスは息を呑んだ。一分の隙もなく整理された帳簿。そこには、収入と支出が、銅貨一枚に至るまで正確に記録されていた。冒険者への報酬は、クエストボードに提示された通りの金額が、遅延なく支払われている。むしろ、危険な任務をこなした者には、手厚いボーナスまで支給されていた。


 運営日誌には、ギルドが抱える問題点や、それに対する改善策、将来の展望までが、私の直筆でびっしりと書き込まれていた。そこに、私利私欲や陰謀の影はどこにもない。あるのはただ、ギルドを良くしたい、冒険者たちの生活を守りたいという、真摯な情熱だけだった。


 一点の曇りもない帳簿と、そこに記された真摯な記録を前に、アルフォンスは己の不明を恥じるほかなかった。黒い噂が、いかに馬鹿げたものであるか、誰が嘘をついているのか、もはや疑う余地はなかった。


「……すまなかった、イザベラ。私は、君を誤解していたようだ」


 王子は、深く頭を下げた。


「いいえ。謝る必要はありません。ですが殿下、為政者が噂に惑わされ、物事の本質を見誤れば、国がどうなるか。ご理解いただけたことと存じます」


 私の言葉は、静かだが、鋭く彼の胸に突き刺さった。


 アルフォンスは、シュヴァルツ侯爵への強い疑念を胸に、王城へと帰っていった。


 私は、彼の後ろ姿を見送りながら、静かに勝利を確信していた。侯爵の放った黒い噂は、ブーメランのように、彼自身の首を絞めることになるだろう。信頼とは、一朝一夕に築けるものではない。そして、一度失った信頼を取り戻すのは、さらに困難なのだから。

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