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婚約破棄された元OL悪役令嬢、コンサル知識で潰れかけのギルドを王国一に再建します  作者: 黒崎隼人


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第3話「賢者の森と独占契約」

 ワイバーン共同討伐作戦は、困難を極めたが、結果として大成功に終わった。


 レオニダス率いる獣人部隊が、囮となってワイバーンの注意を引きつけ、その驚異的な身体能力で攻撃を掻い潜る。その隙に、私たちが指揮する人間部隊が、崖の上から大岩を落として動きを封じ、魔法使いたちが集中攻撃を浴びせる。まさに、私が思い描いた通りの連携だった。


 最後のとどめを刺したのは、レオニダスと私だった。彼の巨大な戦斧と、私の魔法が付与された剣が、同時にワイバーンの心臓を貫いたのだ。


 討伐後、レオニダスは、泥と血に汚れた私の前に立ち、ぶっきらぼうに言った。


「……あんた、見直したぜ。ただの口先だけの嬢ちゃんだと思ってたが、大した度胸と頭脳だ」


 それは、彼なりの最大の賛辞だったのだろう。


「あなた方こそ。その勇猛さは、噂以上でした」


 私たちが握手を交わした時、人間も獣人も関係なく、大きな歓声が上がった。この成功体験は、二つのギルドの間に、確かな信頼と連帯感を生み出した。


 しかし、平穏な日々は長くは続かなかった。新たな問題が、ギルドの経営を根幹から揺るがし始めたのだ。


「マスター、大変です! ポーションの材料になる『月影草』が、まったく手に入りません!」


 事務長のバルトロが、血相を変えて事務所に飛び込んできた。


 回復薬ポーションは、冒険者にとっての生命線だ。その供給が止まれば、クエストの遂行に支障をきたし、ギルドの信頼問題に直結する。


 原因は、すぐに判明した。王都の薬草商人たちが、シュヴァルツ侯爵の息のかかった大商会『シュバルツ商会』によって、月影草をすべて買い占められていたのだ。市場価格は、これまでの三倍に高騰していた。


「……やられたわ」


 私は唇を噛んだ。これは、シュヴァルツ侯爵による、明白な経済攻撃だ。ギルドの成功を快く思わない彼が、私たちの兵糧を断ちに来たのだ。武力ではなく、金で。そのやり方の陰湿さに、背筋が寒くなった。


 高騰した月影草を買い続ければ、ギルドの財政はあっという間に破綻する。だが、買わなければ冒険者の安全を守れない。まさに、じり貧の状態だ。


「何か、他に薬草を安定して手に入れる方法はないのでしょうか?」


 私の問いに、バルトロは難しい顔で首を振った。


「月影草は、日当たりと水はけの良い特定の土地でしか育ちません。ヴァイスハイト公爵領にも自生地はありますが、ここからでは遠すぎますし、量はたかが知れています……。あとは……」


「あとは?」


「……『迷いの森』くらいですかな。あそこには、あらゆる種類の薬草が自生しているという伝説がありますが……」


 『迷いの森』。王都の西に広がる広大な原生林で、一度足を踏み入れると二度と出てこられないと噂される禁断の場所だ。強力な魔物が住み着いているとも、森そのものが意思を持って人を惑わすとも言われている。


「ですが、あそこは……無理です。森の奥には、人間を極端に嫌うエルフの一族が住んでいると聞きます。これまでに入ろうとした者は、皆、追い返されたとか」


 エルフ。長く尖った耳と、美しい容姿を持つ、長寿の種族。自然を愛し、人間たちの争いや欲望を嫌って、森の奥深くに隠れ棲んでいるという。


 普通なら、諦めるしかない状況だ。しかし、私のコンサルタントとしての思考は、別の結論を弾き出していた。


(競合のいない供給源。これほど有利な取引はありません)


「バルトロ。その『迷いの森』について、詳しく教えてください。どんな些細な情報でも構いません」


 私は、ギルドの古い文献を読みあさり、引退した冒険者たちから話を聞き、森に関する情報を徹底的に集めた。そして、一つの仮説にたどり着いた。森が人を惑わすのは、魔法的な結界によるものであり、その結界は、森の生態系を乱す者、つまり悪意を持つ者を排除するために機能しているのではないか、と。


***


 数日後、私は最小限の荷物だけを持ち、たった一人で『迷いの森』の入り口に立っていた。レオニダスには「無茶だ!」と止められたが、これは力で解決できる問題ではない。交渉には、交渉のプロが行くべきだ。


 森に一歩足を踏み入れると、空気が変わった。濃密な生命の匂い。静かで、どこか神聖な雰囲気さえ漂っている。噂通り、少し歩くと方向感覚が曖昧になってくる。景色がさっきと同じように見えるのだ。


 だが、私は慌てなかった。前世で学んだ、自然の中でのサバイバル知識を思い出す。太陽の位置、苔の生え方、そして何より、私は道に迷うために来たのではない。森のあるじに会うために来たのだ。


「私はイザベラ・フォン・ヴァイスハイト。森の賢者様にお会いしたく、参りました。森を荒らすつもりはありません。ただ、お話をさせていただきたいのです」


 私は、森に向かって語りかけた。返事はない。だが、私は辛抱強く、何度も同じ言葉を繰り返しながら、森の奥へと進んでいった。植物を踏みつけないよう、枝を折らないよう、細心の注意を払いながら。


 どれくらいの時間が経っただろうか。不意に、目の前の空間が揺らぎ、それまで何もなかった場所に、巨大な古木を中心とした、美しい集落が現れた。木の上には、優美な家々が建てられている。エルフの里だ。


 私の前に、一人のエルフの男性が静かに立っていた。銀色の長髪を風になびかせ、翡翠のような瞳を持つ、息をのむほど美しい青年。彼が、この森の賢者なのだろう。


「……人間。なぜ、結界を抜けられた?」


 彼の声は、澄んだ泉の水のように理知的だった。


「私は、森のことわりに従ったまでです。この森を、心から敬う気持ちで歩きました」


「用件は何だ。我々は人間と関わるつもりはない。すぐに立ち去れ」


 冷たい拒絶。しかし、彼の瞳の奥に、わずかな好奇心の色が見えた。結界を自力で抜けた人間が、よほど珍しかったのだろう。


「私は、薬草を求めて参りました。ですが、ただ譲ってほしいとは申しません。あなた方にも、利のある取引を提案しに来たのです」


 私は、シュヴァルツ侯爵の買い占めによって、多くの冒険者たちが危険に晒されている現状を正直に話した。そして、森の生態系を尊重した上で、薬草を安定的に供給してもらえないかと頼んだ。


「人間の都合など知らぬ。欲にまみれたお前たちの争いに、我らを巻き込むな」


「では、このままでは手に入らないものでしたら、いかがでしょう?」


 私は、持参した荷物の中から、いくつかの品物を取り出して見せた。それは、王都で買い揃えた、最新の調理用の鉄鍋、手触りの良い毛織物、そして、美しい装丁の歴史書だ。


「あなた方は、森の恵みで自給自足の生活を送っていると伺いました。ですが、文化的な交流を完全に断っているわけではないはず。より良い生活を求めるのは、どの種族も同じではないでしょうか?」


 私の言葉に、賢者の眉がぴくりと動いた。特に、彼の視線は歴史書に釘付けになっている。エルフは、知識欲が旺盛な種族だと文献にはあった。


「これは、取引です。あなた方が森でしか採れない薬草や希少な素材を私たちに供給してくだされば、私たちは、あなた方が森では手に入れられない、人間の作り出した優れた日用品や文化的な品々を提供します。いわば、独占交易契約です」


 彼はしばらく黙って私を見つめていたが、やがて小さくため息をついた。


「……面白いことを考える人間がいたものだ。私の名はシルヴァン。この森のまとめ役だ」


 彼は初めて、名を名乗った。


「あなたの提案、検討しよう。だが、薬草を分け与えるだけでは、いずれ枯渇する。それでは、森の理に反する」


「でしたら、栽培方法を教えていただけませんか? ギルドの敷地内に薬草園を作り、自分たちで育てるのです。そうすれば、森の資源を奪うことなく、安定供給が可能になります」


 私のさらなる提案に、シルヴァンは初めて、驚いたように目を見開いた。そして、次の瞬間、彼の唇に、ふっと柔らかな笑みが浮かんだ。


「……どこまでも、変わった人間だ。よかろう。あなたのその既成概念にとらわれぬ発想と、森への敬意を信じましょう」


 交渉は、成立した。


 シルヴァンは、薬草の栽培方法だけでなく、より効果の高いポーションの精製方法まで教えてくれた。さらに、月影草の生育に不可欠な特殊な土壌成分の作り方まで授けてくれたのだ。その見返りとして、私たちは定期的に、彼らが望む品物を森へ届けることになった。


 ギルドに戻った私は、早速、裏庭を切り開いて薬草園の建設に着手した。教えてもらった通りに土壌を改良し、種を撒く。冒険者たちも、事情を聞いて喜んで手伝ってくれた。獣人のレオニダスまでが、「しょうがねえな」と言いながら、その怪力で土を耕してくれた。


 数週間後、青々とした月影草が、薬草園一面に芽吹いた。私たちは、ポーションの安定供給ルートを確保しただけでなく、シルヴァンの知識のおかげで、従来品よりも高品質なポーションを自前で生産できるようになったのだ。


 『白銀の獅子』特製の高品質ポーションは、たちまち大評判となった。


 シュヴァルツ侯爵が仕掛けた経済の罠は、こうして完全に打ち破られたのだ。それどころか、私たちは、新たな収益源と、エルフという強力な協力者まで手に入れた。


 シュヴァルツ侯爵の妨害が、結果的に私たちをさらに強くしたのだ。私は、薬草園で静かに風にそよぐ月影草を見つめながら、次なる一手へと思いを巡らせていた。反撃の狼煙は、もう上がっている。

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