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婚約破棄された元OL悪役令嬢、コンサル知識で潰れかけのギルドを王国一に再建します  作者: 黒崎隼人


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第2話「クエスト革命と隣の獣人ギルド」

 西の森に足を踏み入れると、ひやりとした湿度の高い空気が肌を撫でた。木々の隙間から差し込む光は頼りなく、昼間だというのに薄暗い。私の傍らには、バルトロが必死で探し出してくれた、腕利きの二人組が付き添っていた。一人は、小柄で俊敏な斥候の青年、カイル。もう一人は、神殿で学んだという経験豊富な治癒術師の老婆、エルナだ。


「お嬢様、本当に大丈夫ですかい? ゴブリンってのは、すばしっこくて、数で押してくる厄介な相手ですぜ」


 カイルが心配そうに言うが、私の心は不思議と落ち着いていた。


「ええ、問題ありません。私の計画通りに進めれば、危険は最小限に抑えられます」


 私の計画は、単純明快だった。正面からの力押しはしない。敵の情報を徹底的に分析し、地の利を活かし、最小限の労力で最大限の効果を上げる。まさに、経営戦略そのものだ。


 カイルの報告によれば、ゴブリンの巣は森の奥にある洞窟で、見張りは常に二体。洞窟の中には、リーダーのホブゴブリンを含め、十体以上が潜んでいる。彼らは夜行性で、昼間はほとんど巣の中で眠っている。


「カイル、まず見張りの二体を、音を立てずに無力化できますか?」


「へへっ、お安い御用で。あれくらいなら、毒塗りの吹き矢で眠らせちまえば一瞬です」


「素晴らしい。では、お願いします。エルナはここで待機。何かあったら、すぐに助けを呼びに行ってください」


 カイルが影のように木々の間を駆け、しばらくして、フクロウの鳴き真似が聞こえた。成功の合図だ。


 私とカイルは、洞窟の入り口へと慎重に近づく。そこには、二体のゴブリンが、いびきをかいて眠っていた。


「ここからが本番です」


 私は背負っていた袋から、ギルドの倉庫にあった燻り玉をいくつか取り出した。これは、火をつけると大量の煙を発生させる道具だ。


「洞窟の入り口は一つ。風向きはこちら側。つまり、この煙を中に送り込めば、ゴブリンどもは燻り出されて外に出てくるしかありません」


「なるほど! 一網打尽ってわけですな!」


「ええ。そして、出てきたところを叩きます。カイル、洞窟の前に、ギルドにあった罠を仕掛けてください。足止めができれば十分です」


 カイルが手際よく罠を設置するのを確認し、私は燻り玉に火をつけた。刺激臭のある濃い煙が、もくもくと洞窟の中へ吸い込まれていく。


 数分後、洞窟の中からけたたましい叫び声と咳き込む音が聞こえてきた。計画通りだ。


「ギャアア! ゲホッ、ケホッ!」


 ゴブリンたちが、涙と鼻水を垂らしながら、煙から逃れようと洞窟を飛び出してくる。しかし、彼らの足はすぐに、仕掛けておいた獣用の罠に取られた。身動きが取れず、混乱するゴブリンたち。


「今です!」


 私とカイルは、茂みから飛び出し、混乱するゴブリンたちに襲いかかった。私は護身用に習っていた剣を抜き、一体の首筋を的確に斬り裂く。もちろん、実戦など初めてだ。だが、恐怖はなかった。これは「仕事」だ。リスクを管理し、計画を遂行する、ただそれだけ。


 カイルも短剣を振るい、次々とゴブリンを仕留めていく。


「グルオオオオォォッ!」


 ひときわ大きな雄叫びと共に、洞窟の奥から一回りも二回りも大きな個体――ホブゴブリンが姿を現した。その手には、錆びた棍棒が握られている。


「こいつが親玉か!」


 カイルが警戒するが、私は冷静だった。ホブゴブリンは煙を吸い、目が赤く充血している。正常な状態ではない。


「カイル、撹乱を! 私は背後を取ります!」


「了解!」


 カイルが素早い動きでホブゴブリンの注意を引く。その隙に、私は大きく回り込み、奴の死角へと滑り込んだ。狙うは、無防備なアキレス腱。渾身の力を込めて剣を振り抜くと、硬い筋を断ち切る感触が伝わった。


「ギエエエッ!」


 悲鳴を上げ、体勢を崩すホブゴブリン。そのがら空きになった首筋に、カイルの短剣が深々と突き刺さった。巨体が地響きを立てて倒れ伏す。それは、あっけないほどの幕切れだった。


 討伐にかかった時間は、わずか一時間。被害、ゼロ。


 ギルドに戻り、私がホブゴブリンの首を証拠としてカウンターに置いた時、昨日私を嘲笑した古参の冒険者たちは、言葉を失っていた。


「う、嘘だろ……本当にやり遂げやがった……」


 驚愕に目を見張る彼らに向かって、私は静かに言った。


「約束通り、私のやり方に従ってもらいます。文句は、ありませんね?」


 誰も、何も言えなかった。彼らはただ、力なく頷くだけだった。私のギルドマスターとしての最初の仕事は、こうして完璧な成功を収めた。


 その日から、『白銀の獅子』は変わり始めた。


 私はまず、壁に巨大なコルクボードを設置し、それを『クエストボード』と名付けた。すべての依頼をカード化し、「討伐」「採取」「護衛」などのカテゴリーに分類。推奨レベル、報酬、危険度、依頼主からの特記事項などを、誰にでも分かりやすく明記した。冒険者は、自分の実力や都合に合わせて、自由に仕事を選べる。これは、口利きや年功序列が幅を利かせていた古いギルドの慣習を打ち破る、画期的なシステムだった。


 さらに、アカデミーを卒業したばかりの新人冒険者を対象に、無料の講習会を開いた。モンスターの弱点、薬草の見分け方、基本的な罠の作り方など、ベテランにとっては当たり前でも、新人には命綱となる知識を体系的に教えたのだ。講師には、例のゴブリン討伐で実力を認めたカイルや、引退した元冒険者を薄謝で雇った。


 最初は半信半疑だった者たちも、クエストボードの利便性と、講習会の実用性に気づき始めると、ギルドの雰囲気は劇的に変わっていった。これまで日雇い仕事で食いつないでいた新人たちが、安定して依頼を受けられるようになり、ギルドに定着し始めたのだ。彼らは私を「マスター」と呼び、心からの信頼を寄せてくれるようになった。


 活気が戻り、依頼の達成率が上がると、良い評判が口コミで広がり、王都の商人たちから新しい依頼が舞い込むようになった。負のスパイラルは、完全に正のスパイラルへと転換した。


 そんなある日の午後、ギルドの扉が、壊れんばかりの勢いで開け放たれた。


「ここのマスターは誰だ!」


 地響きのような、野太い声。そこに立っていたのは、屈強な獣人族の男だった。燃えるような赤いたてがみを持つ、獅子の獣人。その背後にも、屈強な獣人の冒険者たちが数人控えている。その圧倒的な威圧感に、ギルドにいた冒険者たちが息を呑んだ。


 獅子の獣人は、その鋭い金色の瞳でギルドの中を睥睨し、やがてカウンターに立つ私の前で足を止めた。


「あんたが、ここの新しいマスターか。ずいぶんと、可愛らしい嬢ちゃんだな」


 皮肉のこもった口調。私は動じず、冷静に彼を見返した。


「私がギルドマスター代理のイザベラです。何かご用でしょうか?」


「用ならあるさ。俺は、隣の縄張りを仕切っている『紅蓮の牙』のマスター、レオニダスだ」


 『紅蓮の牙』。獣人族だけで構成された、この辺りでは最も武闘派で知られるギルドだ。実力はあるが、気性が荒く、人間とのいざこざが絶えないと聞いている。


「あんたらのせいで、迷惑してんだよ」


 レオニダスが、低い声で唸る。


「あんたがたが、安い報酬で手当たり次第に依頼をかっさらうもんだから、こっちの仕事が減ってんだ。人間のやり方で、俺たちの仕事を奪うんじゃねえ」


 商圏の競合というわけだ。彼の言い分にも一理ある。しかし、こちらも引き下がるわけにはいかない。


 一触即発。ギルドの空気が、張り詰めていく。人間と獣人、互いに睨み合い、今にも乱闘が始まりそうだ。


「お待ちください、レオニダス殿」


 私は静かに制止した。


「力で解決しても、何も生まれません。それに、私たちはあなたの仕事を奪ったつもりはありません。市場の原理に従ったまでです」


「ああ? なんだと?」


「ですが、無用な争いは避けたい。そこで、一つ提案があります」


 私はクエストボードから、一枚の特別な依頼カードを手に取った。それは、どのギルドも二の足を踏んでいた、最高難易度の依頼だった。


「ワイバーンの巣の討伐。この依頼、我々『白銀の獅子』と、あなた方の『紅蓮の牙』、共同で受注しませんか?」


 私の提案に、レオニダスだけでなく、周りの全員が目を見開いた。人間と獣人の共同戦線など、前代未聞だったからだ。


「……正気か、あんた。なんで俺たちがあんたらと組まなきゃならねえ」


「単独では、どちらのギルドも多大な犠牲を払うことになるでしょう。ですが、合同で挑めば、勝算は飛躍的に上がります。あなた方、獣人族の優れた身体能力と戦闘センス。そして、我々人間が持つ、緻密な作戦立案能力と魔法による支援。互いの長所を活かせば、これ以上ない強力なチームが生まれるはずです」


 私はレオニダスの金色の瞳を、まっすぐに見つめた。


「これは単なる力比べではなく、どちらがより優れたギルドか、その実力を証明する好機です。リスクを管理し、仲間を死なさず、より少ない損害で目的を達成できるか。真の実力とは、そういうものではないでしょうか?」


 レオニダスは、しばしの間、腕を組んで黙り込んでいた。彼の周りの獣人たちも、戸惑っている。


 やがて彼は、ふっと鼻で笑った。


「……面白い。いいだろう、嬢ちゃん。その提案、乗ってやる。だが、勘違いするな。これは協力じゃねえ。どっちが獲物の首を獲るか、競争だ。足を引っ張ったら、容赦なく切り捨てるぜ」


 不承不承といった態度だが、彼は私の提案を受け入れた。


 その瞬間、私は確信した。これは、単なる高難易度クエストの討伐ではない。人間と獣人、長年続いてきた不信と対立の壁を打ち破る、大きな一歩になる、と。


 クエストボードが生んだ、新たな可能性。革命は、まだ始まったばかりだ。

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