第7話 カミリー・カーペントの秘密
しばし扉の前で待たされた代わりに、仮面を外し、しっかりと化粧をしたカミリーが整頓された部屋に入れてくれた。座れる椅子もある。
「も、申し訳ありません、このような準備のできていない中、お越しいただき……」
お盆に入れた暖かなお茶を俺に差し出してカミリーは苦笑いした。俺もつられて笑いそうになる。
冗談みたいだ。エデラの部屋に比べれば、十分に綺麗だった。
当のエデラは渡された茶を飲んでから、 どすんとベッドに座った。
「全く、この僕が来ているのに、菓子のひとつも出さないなんて、カミリーは非常識だ」
「黙れクソガキ。おいお前、こいつが俺の異能の根源を見つけた。物語で描かれたように、治癒の力を使えるようになりたい」
クソガキ、じゃなくてエデラが手渡した手紙をめくり、ことのしだいを把握したらしい。
「エデラの話は理解しました。私にできることでしたら、喜んで協力いたしましょう」
髪をくくり直したカーミラは目の前の椅子を引いて、俺に座るように促した。
「物語において、異能と名づけられた力。それらは確かに私の知らないものです。ですが、力に根源があり、実態を掴めているならば、それは私が扱えるものです」
少女が指を鳴らす。同時に、エデラが突き止めた俺の中の根源の場所、鳩尾あたりが一点光り輝いた。
「スズ様の世界に合わせて、わかりやすくいきましょう。その場を意識して……肉体は障壁ではありません。すべては連続であり、あなたが望めば、力は外の世界で、望むままに力を振るうことができるのです……」
そう言ったきり、カミリーは黙ってしまった。
嘘だろ。それだけ? これがカミリーの指導なのか。
エデラの性格は最悪だったが、俺はベッドへ横になっているだけでよかった。なのに今回は、指導者がマシになった代わりに、訳のわからないことを言われて、俺が主体的にどうにかしなければいけない。
俺はかろうじて、力の根源とやらをうっすら感じるだけなのに、今度はそれを意識して、現実世界に影響を及ぼせとは……無理すぎる。
「……おい」「うっ、そ、っそんないきなり言われても無理ですよね!? す、すみません」他に手はないのか、俺はそう尋ねるだけのつもりだった。
だが目の前の少女はひどく狼狽えている。
もしかして、前に怒鳴ったせいか。このくらいの歳の、でも才気あふれ、すでにひとかたの立場を築いた子供なら、怒られ慣れていなかったのかもしれない。
あの日、俺に怒鳴り散らされて、涙まで流していたんだ。
その相手の男に苦手意識を持たない方が無理だろう。
「初日のことは、まだ状況も掴めていない中、お前に当たって悪かったと思っている」
がさりとベッドに転がっていたエデラが身を起こす音がする。お前には言っていない。一方、言われたカミリーは目を丸くさせた。
「えっ、と、とんでもありません。……確かに、あなたを呼んだのは私たちなのですから」
フリージアほど堂々と振る舞うことも、エデラのように非常識になることもできない少女。いやこう言った反応こそ、年相応で普通なのかもしれない。
「カミリー・カーペント」
びくりと、カミリーは肩をはねた。恐る恐る俺と目を合わせる。俺の周りにいなかったタイプの人間。いや、強いていうなら、それは――あの家にいた時の俺のようだった。
「悪かった。もう理不尽に怒鳴ったりしない」
しばし目を泳がせたが、彼女は頷いた。
「それはそれとして、俺にはお前のやり方が合わないみたいだ。どうにか、別の方法で力を引き出せないか?」
「そ、そうですね……」
考え込むカミリーの後ろで、静かな寝息が響き始めた。帰れよ。
「あの、エデラ寝ちゃいましたし、少し、出ませんか?」
それは願ってもない提案だった。フリージア、カミリーに会いに行く道中を除いて、俺はこの世界どころか、この学園を探索していない。
学園は、博物館のような威厳あふれる作りでどこもゴシック建築のような高い天井を備えていた。しかし壁はさほど厚くも無さそうだ。普通これだけの高さを出すならば、壁を厚くするなり、荷重を分散する支えのような構造を必要とするはずだ。
きょろきょろと周りを見渡す俺にカミリーが説明をくれた。
「この学園自体、魔力を帯びているんです。あと魔導士たちが勝手に魔法を色々、定期的にかけてて……」
廊下に出てしばらく歩くと、彼女は立ち止まり、俺にはただの壁にしか見えない場所へ手を伸ばしながらいう。
「星砕く時、月渡る。遠いは近い、近いは遠い。流転する波をならせ——」
壁は音もなく割れた。中は真っ暗。中の闇がこちら側へ染みた出しさえしているようだった。
「こちらでやりましょう」
「え、この先に何かあるのか……?」
答えない代わりに彼女は闇へ踏み出した。俺の手首を握ったまま。




