第3話 エデラ・エリークの鑑賞
「謝るつもりは、ないからな」
俺はエデラ・エリークの広すぎる部屋に、これまたその体には大きすぎるベッドの端に腰掛けて言った。
「ああ、僕も謝罪を要求する予定はない」
エデラはあの場にいた少女――皇女を除く――の中で人を匿うに最も適した部屋をしている、と主張し俺をその部屋に招くこととなった。
確かに広々とした部屋で、あちこちに本が山積みの塔を形成しているが、それでも十分歩き回れるスペースがあった。
本に書かれた文字は、魔法陣の文字とは異なる。だが俺に読めないという点では同じだった。
「疲れたから、寝たいんだが、何か掛けるものをくれ。俺は床で寝るから、人が来たらお前が適当に誤魔化せ」
「え? ベッドを使わないのか? ……人はこない。ベッドを使えばいい。それとも、君も、僕から感じるのか?」
そんなに動揺することだったのか、開いていた本を閉じ、ヨタヨタと俺の方へ近づいて彼女は言った。
一人で勝手に何か勘違いをしている。
「お前みたいなチンチクリンであっても、女だろ。俺はロリコンじゃないし、いくらお前らが悪いとしても、子供からベッドを取るほど落ちてない」
わざわざ言葉にしないと、わからないのか。もう掛けるものもいらない。早く眠りたい。今日俺の身に起きた全てが夢であってくれと願いながら。
「ま、まってくれ!」
比較的綺麗な、柔らかいラグの敷かれた床にうずくまった俺を揺り起こすようにエデラは触れた。
「あっ、あ、だ、大丈夫、か」だがすぐに慌てて手を引っ込める。俺がわざと無視していると、恐る恐る、ペタペタと胴体に触れ、やがて顔に触れた。
「やめろ」
意図がわからない。寝かせて欲しい。全く眠くないが、心の底からそう思えた。
「な、なんともないか? 僕が触れても……」指が頬に突き刺さる。いい加減にしろよ。
「ああ、なんともない。この通り。だがイラつくからやめろ」
エデラの小さな指を掴んで言ってやった。ぎゅっと握ったから、少し痛かったかもしれない。
――杞憂だった。エデラは頬を紅潮させ、俺が手を離しても、掴まれていた箇所をなぞるように手を添えて「そう、そうなんだ」とまた気味の悪いニヤケを見せてくれた。
時差、というにはあまりにもかけ離れた場所だったが、横になったところで眠気は一向に訪れない。
結局俺をベッドに上げることを諦めたエデラが、紙を捲る静かな音だけが流れる。
あまりにも暇だ。
「本、好きなのか」
「僕の人生だ」澱みなく答えた。
「物語に浸かっている瞬間。その刹那だけ、エデラ・エリークは死んで、僕は物語の中を生きている」
「お前らが言う、俺の物語って――」
ぱたん、と打ち切るように本が閉じられる柔らかい音がした。
「すまない。その話は他二人と相談してからじゃないと開示できない」
ガサガサと布団を寄せるような音の合間に申し訳なさそうに言った。
「俺の物語を読んでいる間、その時もお前は死んでいたのか」
「ああ、最も心地よい死だった。だから僕は君が、君の物語が一番好きなんだ」
奇妙な気分だった。俺の知らないところで、俺が知られている。
そういえば、こいつは俺についてどのくらい知っているのだろうか。
俺が、両親に捨てられたこと。俺が、伊織と遙に出会って救われたこと。二人が、何よりも大切なこと。
異界にあっても、二人の存在は変わらず俺の光だった。二人を思い浮かべるだけで胸が暖かくなる。安心はやがて、甘くぬるい眠気を運んできた。
落ちゆく意識の外で、エデラが俺を見ている、じっとりとした視線を感じた。




