第15話 悪夢の始まり
結局、俺の周りでまともだったのはフリージアだけだった。
三人と比べて、異世界から来た俺でも、ある程度予測可能だった皇女様。案の定、俺の能力の発現を伝えると、1番喜んでくれた。いや、比べるのも変な話だ。他の三人は俺の能力に喜んだことはない。
「僕らは知っていたからだ。君は必ず開花させると。その点、フリージアは君を完全に信じてはいなかった、とも言える。……えいっ」
フリージアの喜びようがどれだけ愛らしかったか、伝えるとエデラはそういって部屋に積み上がった本の塔の一つをわざと蹴飛ばした。
もちろん俺はその行動にゲンコツで答える。
「いだっ」「モノに当たるな」「うぅ〜〜」
手筈通りなら、これからカミリーの長距離転送によって皇太子の元へエデラ、フリージアと共に向かう。
フリージアは俺たちを皇太子の眠る場所へ手引きし、エデラは皇太子の病巣を見つけ、俺は異能を使ってそれを癒す。
懸念すべきことはいくつかあるが、特に厄介なのは、エデラと俺でどれほど時間がかかるか、読めないことだ。当然、長居すればするほど、俺たちの侵入がバレるリスクも上がるだろう。
万が一、俺たちの侵入がバレたらどうするつもりだ。不躾な質問にも、フリージアが顔色を変えることはなかった。
清々しいほどの、断言をした。
——問題ありません、手配は済んでいます私たちの行いが妨害されることはあり得ません。それに、魔導学園随一の戦力であるエデラ・エリーク敵う者はそうそういません。
こんなチビが? 俺の疑いに満ちた視線に気がついたのか、エデラは胸を張って補償した。
——大丈夫た。見つかりっこないさ。それに、何があったとしても、たとえ皇帝には向かうことになっても、僕がスズのことを守るよ。
いや、そうなったら俺が帰る話はどうなるんだよ、とでかかった言葉をすんでのみこんで、威勢よく提案してくれたエデラを褒めた。
教育に大切なのは飴と鞭だ。
フリージアが手引きする、皇太子様がいる場所は酷く陰気で、寒く、暗い場所だった。この世界の政治事情は知らないが、エデラが何も言わないあたり、普通のことなのかも知れない。
長い廊下を歩くが、死んだように寝り変えている。三人が並んで歩いてもなお幅に余裕がある長い廊下。窓からは赤い月の光が差し込んで、一人だったらさぞ不気味であろう光景を彩っていた。
突き当たりの扉を開ければ、エデラの部屋の利用可能なスペース分ほどの部屋に出た。
中央には大きなベッドが一つ。病気に臥せている人間をこんな冷えた部屋に寝かせておくなんて、俺の持つ常識ではあり得ないと思わせる程度には寒かった。
俺がそれとなくフリージアに非難がましい視線をぶつけていたら、彼女は折れて、事情を小声でいった。「こうしておくのが、いいのです」
そう皇女様に言われて仕舞えば、俺は納得するより他ない。でも、個人的に寒いのは苦手なので、とっとと仕事を終えて帰りたい、というモチベーションはできた。
皇子は真っ白な顔をして、横たわっていた。薄くかけられている布も相まって、血色の悪さはやはりこの寒さなのではないか、と俺は持論を捨てられずにいる。
最初に、エデラが病の元を探す。
ベッドの側に近寄り、片手をぴくりとも動かない横たわる蒼白の皇子の上に掲げた。
くまなく、スキャンするように光の波が王子の頭からかけて、波打ちながらつま先に向かって移動していく。つま先にだとりつくと、引き返すように波は再び頭の方へ登っていく。
それを何度か見送った。
「……フリージア」
呼び捨て。俺も人のことを言えた立場ではないが。皇女様は寛容な仕草で頷いた。
「お願いいたします。魔導学園一級魔導士エデラ・エリーク」ぶつかり合う視線そのものが、彼女たちの会話であり、合意であった。
今度は俺に向かっていう。
「スズ、ここだ」小さな手が、指が指す場所。可愛らしいサイズの頭蓋。そこに眠る脳だった。
できるだろうか。
俺の世界の、発展した科学でもっても、今だ多くを未知に預けているその場所を。でも現に俺は仕組みも組成も、存在すら知らなかった妖精を治している。
できる。まずはそう自分を信じること。最初から、自分の可能性を、自分自身を否定ないこと。遙と伊織が教えてくれたことだった。
帰るんだ。二人のものとへ。
冷たいおでこ。十歳くらいだろうか。いやアルヴィラやカミリーの例がある。見た目が年齢とつながらない場合もある。
心音も、呼吸のたび上下する胸も、ない。でも、問題の場所がわかって、俺に治せるのなら。いや、治せるのだ。
集中するために、目を閉じる。すべてが闇包まれた時、俺だけを信じたらいい。
治す。
帰る。
それだけだ。
目を閉じていてもわかる。目の前のベッドから、人間が身じろぎする、微かな布の音がする。
背後からは、か細く息を呑む空気の音がした。
暗く、冷えた部屋の中心にあっても、帝国の太陽は人々を圧倒するオーラを放っていた。
つい先ほどまで、死んだように横たわっていたとは思えない。
「お前は、だれだ?」
真剣なのに、場違いな甲高さで、皇位継承権第一位リチェルカ・フォーラントは言った。
信じがたいものを見るように、手のひらを何度も閉じては開き、最後に腹の辺りを探った。
「……どうして……」
俺はガキを安心させるための笑みを浮かべた。これが終われば? あとは半年間ほど三人が俺を返す方法を見つけるのを待つだけだと、本気で思っていたから。
フリージアも信頼すべきではなかったのかもしれない。
病床にふせっていた皇太子様は、子ども特有の顔に対して大きすぎるようなバランス感の目を見開いた。真ん中に俺を写して。
「お前は、だれだ?」
「皇子様! もうあなた様の病気は治りました! 憂うことはありません」
万が一、途中でおきたらと用意していた言葉を改変して俺は言った。
だが、言葉は皇子様には、届いていなかった。いまだ呆然とする皇子はその小さな口から可愛らしい歯がチラリと覗いていた。
「ぼくは死んだはずなのに——」
フリージア・フォーラントは、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
憎らしいほど、いつも通りの。
帝国法は、皇太子の死によって移った継承権が、皇太子が生き返ったとき、いかなるように処理するか、定めるていなかった。
これだフォーラント帝国をひっくり返す、悪夢の始まりだった。
あるいは、この世界を知ることを拒否し続けた罰だったのかも知れない。




