第14話 アルヴィラ・アムールの愛
「お前が、俺のことを一方的に知っているのは不公平だろ、アルヴィラ」
エデラを説得するのは面倒だった。最後まで、彼女に気をつけろ、と俺に忠告して制限時間まで決めてようやく二人きりにしてくれた。
「初めて……名前を呼んでくださいましたね……」
たったそれだけのことで、彼女は涙ぐんだ。三人の中で最もやりにくいと感じさせるのはこの態度だろう。俺の一挙一動を、彼女は眺め、いちいち感涙する。
「あなたが望むのなら、私はアムール家家宝の場所だって、答えますのに」
全く笑えない冗談をありがとう。
「どこから、始めましょうか? もうお気づきかと思いますが、私たちは見た目の通りの年齢ではありません。スズ様、年上はお嫌いでしょうか?」
大真面目に、そんなことを聞くのが少しおかしかった。笑わせてくれたお礼に、正直に答えるとしよう。
「むしろ、年上好きだ」
「なるほど……! そうでいらっしゃったのですね!」クリスマスプレゼント開封三秒前のように、(少なくとも見た目状は)少女は飛び跳ねた。
「私は732歳です」
年上というレベルか?
「今でこそ、フォーラント帝国は安定した帝政をしけています。しかし、そうではない時代もありました。私は、かつてアムール小国と呼ばれた、属国の一つとして、皇帝の命令に従い、三度結婚いたしました」
まるでお天気アナウンサーが、スタジオで巣の天気を答えるように、彼女は笑いながら言った。それが天気予報と異なったのは、未来か、過去かだけだった。
昨日は雨でした。
でも終わったことです。今嘆いたとしても、昨日ずぶ濡れになったことは変わりません。
過去を語る彼女は淡々としていた。
「三度目の結婚が終わりを迎えた時、私の役割は変わりました。私には生まれながらにして、膨大な魔力が備わっていました。それまでは、多すぎる魔力は魔法として制御するには困難すぎて、魔法師――そう、昔は魔法師と呼んだんですよ――として役に立つことはなかったのですが、時代が変わり、魔導器具が生まれると、私のそれまで何の意味も持たなかった魔力に価値が生まれました」
今度浮かべた笑みは、下手くそな子役のわざとらしい食レポといった感じだろうか。
自分に新たな価値が見出されて嬉しい、その言葉は信じられないくらい軽くて空虚だった。
その価値は彼女が生まれながらに持っていたもので、努力で得たものでも、彼女のアイデンティティでもなかった。
「カミリーさんのいた戦場とは異なるタイプの、人を相手することはあまりない戦場でした。当時最新鋭の魔導兵器と魔導兵器のぶつけ合い。遠目で見ると、それこそおもちゃの戦いに見えたかも知れないですね。そして、終戦後、私は再び帝都へ呼び出されました」
そこで彼女は笑うをやめた。
「大戦をへて、皇帝は魔導の時代を予見していました。帝国の安定した存続には魔導学の発展が必要だと、だから私は尋ねました」
何も写さない。空っぽの穴のような目。
「次は、どこへ行きましょうか」
ゆっくりと閉じられた瞳。肩を掻き抱く仕草はかろうじて人間らしさを添えていた。
「魔導学園を設立すること、そして私はそこで魔力提供をすること」
やっと今につながる。だがまだ大切なことが――
「戦場で、魔導士の大半が女の子だったせいでしょうか? ある流行りがあったんですよ」
俺に背を向けて、彼女は本棚から一冊の本を迷うことなく取り出した。
「『白月ノ物語』。ここではスズ様は、ハルカと呼ばれる少女と恋をするのです」
パラぱらとページを繰り、彼女はため息をこぼした。
「原典にそんな描写はないのに――」
口をへの字に曲げた顔は、怒ってるのだろうか。どうも彼女が見せる表情は、作り物めいている。
イライラと、でも本を扱う手は丁寧なまま、彼女は後ろ方のあるページをなぞった。
男のイラスト。泣きぼくろくらいした俺との共通点はなさそうだった。
「魔導学園なんて、全く知らない場所で立ち上げて、それでも歴史は私の名を刻まない。でも、それでも、私は一つだけ、ただこの一つのために、すべてが許せた」
ほっそりとして、不気味に白い指が本から離れて俺の胸をなぞった。
「『白月写本群』を、いえ、写本ではない原典を書いたのは、古の、偉大な一なる魔法士ヴィンダーダ。所蔵するに最も適しいてるのは、魔導学園であると、設立三年目に稟議会に提出した時、私の胸がどれだけ高鳴っていたか、スズ様に知って欲しかった」
俺を絡めとるように、腕が背後に回された。柔らかく肉がついた細腕を、なぜか振り払うことができない。
「かつての皇帝に、属国となった時に奪われた一章を、やっと取り戻したんです」
正面に、彼女を感じる。
「耐えられないほど辛い時、私は夢を見るんです。もし、スズ様がこの世界にいたら……魔導学園なんて、存在しなかった。きっと北部戦線は大敗していた。いいえ、もっともっと前。きっと、私の結婚は一度だけだった」
甘い吐息が、口の端に触れた。
「ずっと、ずっと、あなただけが欲しかった」
目の前の少女の、丸い瞳の端。光の粒が一つ溢れた。
見知らぬ土地の、見知らぬ人の希望になるのはいつだって奇妙な心地だ。




