第12話 カミリー・カーペントの恩返しver.02
「それで飛び出して……よく私を見つけられましたね……」
俺の話を最後まで、口を挟まずに聞いてくれたカミリーの感想はそれだけだった。
「……もし、もしも」
フードを外し、ひたいを優しく撫でた。
「スズ様が望むのなら、ここではないどこか遠くへ――ひとときの平穏を、あなたに差し上げることができます」
彼女には、それができた。意識していたわけではないが、それを求めてカミリーを探していたのかもしれない。
囁く声に誘われて、俺は首を縦に振った。
帝国第一魔導学園は、俺の知る意味の学園ではなかった。学園は帝国のための学びの園。直領地、属国、自治領、植民地。如何なる出身であろうと、魔法の才能さえあれば、受け入れられる。そして魔法の才能という個人に与えられた後天的には覆しようのない奇跡を、分け与えるための魔導――機械による代償なしに行使可能な魔法――の開発を行う。
帝国が彼らを尊重することを選んだのと同じように、学園を囲む街に住む人たちは、生活を便利にし、魔法という道を操る魔導士を敬い、羨望の眼差しで見ていた。
〈こどもをみたか。 こっちか、あっちか。 こどもをみたか。 〉
カミリーはくるくると回った。腰元まで伸びる髪が、スカートとともに靡くのを俺は漫然と眺める。
いい意味で、眠たくなる光景だった。カミリーは、造形という意味ではなく、まとう空気感において遙に似ている。あの家で、遙の浮かべる笑みにだけは本物の慈しみがあった。
いつの間にか閉じていた瞳をゆっくりと開くと、そこは見知らぬ裏路地だった。学園は幕が降りたように、いつでも、どこでもどこか薄暗く陰鬱な空気が満ちていた。だから、俺が世界の太陽を見て眩しさに目を細めるのは初めてで、その異常な熱にじんわりと脳が焼かれた。
暑い。
ローブを脱いだ分だけマシになるかと思ったが、今度は喉が渇いた。
「おにーさん、大丈夫?」
汚い壁に背を預けて、ぼうっと太陽を眺めていると背後から軽い声がした。振り返ると、長身の――体格でわかる――男が立っていた。
ここ最近で、一生分のイカれ女を浴びた。だから、男の登場は無条件で喜ばしい。
「ぁ、っと」「気分悪いなら、俺の店で休んで行きなよ、おにーさん!」
初対面の人間にこんなに友好的に声をかけるものだろうか。生まれながらの疑心暗鬼が、ここ数日でさらに強くなっている。
こいつも、学園の女とは別の意味で、ろくでなしなのかも知れない。
「あっ、怪しい店じゃないよ! 俺の店、いや俺が雇われてる店は、ふっつーの書楼だから、この道、ショートカットに使えるからさぁ今ちょうど店に戻るところだから」
聞いてもいないことをペラペラと語り、俺を手招きする。
背は高いが、ひょろひょろとしていて軟弱感、無害感の溢れる男だった。
「どうも……俺はスズ。お前は何て呼んだらいい」
「ふぅん、すごい偶然だな。俺はイオリ。同じく、『白月ノ物語』から撮られた名前同士、仲良くしようぜ」男はニッと犬歯を見せて笑った。
どうして、こうも。俺は伊織とは似ても似つかない金髪のイオリについて裏路地を抜けた。
「知ってたか、『白月ノ物語』は別の作品が元ネタだって」
「へー! 知らなかったよ。詳しいなぁ、オリアさんが喜びそうだ」
飛び出た道は活気あふれ、露天が軒を連ねる。行き交う人は、いや人間らしくないシルエットも混じっている。異常な長身、頭部から伸びるツノ。異世界という説得感はここ数日で見た景色のなかで上位に入るだろう。
「これがオリアさんの店! 魔法書からレシピ本まで、ハードット商会直営書楼、銀翼堂だ!」
太陽の下、両手を広げて笑うイオリは、俺に今必要な快活さを持っていた。ようやく陰気でも暴力的でも重たくもない奴に出会えた。
俺はしばらく、イオリの店で休むことにした。
イオリはよく喋るやつだった。伊織と同じくらい。オリアという女主人のものであるこの書楼――俺の世界でいう本屋みたいなものだろうか――の従業員として働いている。だが今週はオリアは店を開けて、帝都の方で商会連合の会議に参加しているらしく、イオリは店番を任された、らしい。
店にはさまざまな本が積まれている。いずれも俺の読めるものではなかったが、本を運ぶくらいはできる、と申し出たが「大丈夫大丈夫。どうせ今日は人来ないだろうから」と言って、俺の隣に椅子と本を持ってきて読み出した。
「いいのか、店をまわってなくて」
「うん、入口の方にベルあるし、どうせ今日は……」
その瞬間、早速イオリが言っていたベルがなった。「ちょっと! どうなってるわけ?」
イオリと一緒に女の声が響いた先に行くと、そこには既視感のあるローブを着た女子大生くらいの女がいた。本を一冊と丸まったポスターのようなものを掴んで、再び怒鳴る。
「ちょっと、このあたしを待たせるなんて、信じられないわ」
「あーすみませんね、ちょっと立て込んでて……」へらっと笑ってイオリは本とポスターを受け取った。広がったポスターには――
「うわっ」
思わず顔が引き攣った。だって仕方ないだろう。
描かれていたのは、よく見た顔だ。今、視界に入れたくない顔ランキング堂々の二位にいる女。
アルヴィラ・アムール。
彼女が、なぜかポスターの中央で微笑んでいた。そしてよく見れば、同じポスターが向かいの店の壁にも貼り付けられている。
微笑みの下に書かれている文字は俺には読めない。横目でイオリにヘルプを出すと、イオリの代わりにポスターを差し出した女の方が意味を教えてくれた。
「〈魔導学園へようこそ。共に魔導研究の第一歩を歩みましょう〉
あんた文字も読めないのに書楼で働いてるの?」
「いえ、こいつは俺の友達で、遊びに来てただけですよっ、えーっと二つで三〇〇〇フォランっす」
イオリは態度の悪い客から俺を守るように前に出て会計を始めた。しかし、それでは手遅れだったらしい。
「何あんた。親王家派? これだから、魔法も使えない庶民は嫌いなのよ。アムール様がどれだけ魔導学の発展に寄与してるか、あんたは知ってるわけ?」
めんどくさい客に絡まれた。別に無視しても、相手の喧嘩を買ってもいいのだが、イオリに申し訳ない。ここはイオリの働く店だし、おとなしく謝っておこう。
「いえ、そういうわけではないです。すみません」
「じゃあどうして謝るのよ! あんたみたいなのがいるから! アムール様は!!」
「まあまあお客さん、誤解ですよ。こいつは……」
「黙りなさい! あたしはこいつに言ってるの!」突きつけられた指はそのまま目を刺しそうだった。怒れる女は視界狭窄で、制するイオリの声も届かない。
最初の印象、女子大生っぽい、を改めた方だよさそうだった。この世界の女はこんなのばっかだ。
「あんたは魔導の恩恵を受けてないわけ!?」
喋り出すと彼女はもっと幼稚な感じがする。
「そういうお前こと、一体どういう立場で話してるんだよ。アルヴィラの友達か何かか?」
言い返されることなんて、想定外だった、とでもいうところだろうか。さらに顔を真っ赤に染めた。
「なっ!? アムール様になんて無礼な!! 友達だなんてっ!」ローブの上から、袖に通された腕章を俺の眼前に突き出し、女は初めて名乗りをあげた。
「あたしは魔導学園第一候補生ナインアッド・ノルンよ! あんたみたいなのと違って、これから魔導士になるのっ!」
そうか、ローブの既視感はエデラから借りたものだ。確か借りたローブにも、彼女が持つ腕章と似たものが書かれている。ただ紺色の布上に描かれた模様が異なる。
ノルンのものは、三つ葉のような三枚の葉を持つ植物で、俺の(正確には俺がエデラから借りパクしている)ものは、異なっていた気がする。
座る時、尻にしいていたそれは今、乱雑に俺が抱えている。広げて確認すると、七枚の花弁を持つ花のようなマークだった。
何の意味があるのか、ノルンに尋ねようと顔を上げると、真っ赤な顔は真っ青に変わっていた。
「え……し、七弁花……?」
ノルンは呆然と、財布を取り出すのも忘れてそうつぶやいた。
助けを求めてこの世界のイオリを見るが――
「スズって、いやスズ様って、魔導学園の一級魔導士だったの……?」
同じく、いやノルン以上に顔を青くして、明らかな怯えを含んだ顔で見返された。
もうスズ様なんて呼び方にはうんざりだ。あいつらがろくにこの世界のことを教えないせいで、俺はカミリーにあれだけ念押しされた約束を破ろうとしている。
――絶対に、スズ様に関する情報は、誰にも言っちゃダメです! 聞かれたら、否定も肯定もしない! 一切の情報を漏らしちゃダメです。
「まあ……? それに、近いかも……?」
これは否定でも肯定でもないだろう。
答えがイオリもノルンも安心させなかったことだけは確かだった。




