第11話 俺は家出することにした
「外傷はだいたい治せそうだが、内傷はどうするんだ? とっとと教えてくれ」
「うう、まだいたい……」
「大袈裟だなぁ、そんなに見た目は変わら――そうか」
さっき殴りつけたエデラの頭に手を置いた。何を勘違いしたのか、跳ねる肩を押し返して、もう片方の手で頭から治癒を行使した。
外傷だって、正確には見えていない。
でも治せる。
それなら内傷だって同じことだろう。どこに問題があるのかさえわかっていれば、感覚的に治せた。
「フ、フフ、へへ、ぼ、僕に触っても平気なのなんて、お前くらい、だ」
「治したからもう一発な」
「いたいっ!」口では抗議しつつも、エデラはニマニマと殴られた箇所を触って、いつもの不器用な笑みを浮かべていた。
「これで、お前らの皇太子を治すのに問題ないよな」
「皇太子?」笑みを止めて、エデラは首を傾げた。
しまった。フリージアがこいつらにどれくらい情報共有をしているのか知らない。
勝手に話してしまった。だが、学園の誇る天才少女にはそれだけで全てを理解してしまったようだった。
「なぁるほど。それで皇女様は資金援助してくれていたわけか」
また調子に乗って勝ち誇ったように腕を組んだ。
「僕はそっちの派閥じゃないんだけど……まぁ、皇女様には資金提供の恩があるからね、別に僕はそういう派閥に興味はない。でも、カミリーの前でそう言った話はやめて置いたほうが賢明だ」
したり顔で語るエデラは、始めて大人びて見えた。
馴れ馴れしく身を寄せて笑う。もう一発殴っておこうか。そう考えて、拳を握りしめたその瞬間――。
「もう耐えれません!!」
悲劇のヒロインのような甲高い声で、アルヴィラは現れた。
「アムール、なぜここにいる? 君の指導は不要だと伝えたはずだが」
部屋の主、エデラは目を細め、刺すように言った。だがアルヴィラも負けていなかった。
ドスドスと足を踏み鳴らし、エデラを突き飛ばすと俺に向いた。
「スズ様! この人に騙されてはいけません! この人は、危険です!」
「はっ、危険とは笑わせる! 僕が危険なことくらい学園中の魔導士が知ってるさ! でも残念だった、僕の魔力喰いがスズには効かないことはもう実証済みだ」
初耳だが。
「なっ! なんて危険なことを!!」
わなわなと震えるアルヴィラは確かにエデラよりマシに見える。しかし見た目で安全性を測れないことは、カミリーで学習済みだ。
むしろ、自意識過剰かもしれないが、やたら好意的な視線をぶつけてくるアルヴィラはやりにくい。
俺の疑わしげな、彼女に対する批判的視線は想定外だったのだろう。
いかにも怪しく、無礼で幼稚なエデラと、自分を比べてまさか前者に勝敗が上がるなんて有り得ない、と踏んでいた顔だ。
俺は別にエデラを信頼してるわけじゃないが、アルヴィラはもっと信頼できない。
「本当なんです! この人は……」「はぁ、非合理的な言いがかり。アムールのお嬢様のお遊びに付き合うつもりはない。証拠もなく僕を悪者にしたいだけなら日をあらためてくれ」
「アムール家は関係ない!」一際大きな声だった。「それに、しょ、証拠ならあります!!」
決意を固めたアルヴィラは早かった。俺の両肩を掴んで証言を始めた。
「わ、わたしはスズ様の召喚儀式において、二人に魔力を供給、分配する作業をしていました。渡した魔力が何にどう使われたか、わたしにはわかります!」
それはエデラにとっても初耳だったのだろう。目を丸くし、固まっている。
確かに後ろめたいことがありそうだ。
俺はひとまず、アルヴィラの話を最後まで聞くことにした。
「この人は、この人は! 貴方の三次元座標像の実態を掴んだあと、すぐにそれをわたしたちに伝えませんでした!」
俺にわかる言葉で言ってくれ。
「もう一次元、あなたの時間軸をみて……わざと、わざと入学前で、能力の開花していないあなたを選んだのです!! フリージア様に別世界の治癒能力を持つ者を見つけると約束したのに!」
なるほど。それは聞いていない話だ。本当か、とたずねればエデラはそれがなんだという呆れを隠そうともしなかった。
「なんだ、そんなことか——僕にやましい理由なんてない。別に異能が使える時空のトウジョウ・スズだろうと、物語が始まる前のトウジョウ・スズだろうと変わらない。現にこうして、スズは異能をここで開花させた」
「な、よくも恥ずかしげもなく!」
こいつらの語る未来の自分について、思いを馳せること——それは俺にとって地球の反対側に生きる他人に起こる出来事について真剣に向き合えと言われているようなものだった。
ここに唐突に呼び出された時点でコイツらに対する怒りのピークは過ぎている。
俺が疑問に思うのは、なぜそんなことをしたか、だ。手っ取り早くフリージアの願いに応えるなら、能力の使えない俺わざわざ選ぶ理由がない。
「あなたも、あなたも! スズ様の愛を得たいからなのでしょう!?」耳障りな金切り声が寝不足の頭によく響いた。。
エデラは黙ってただアルヴィラの手をはたき落とした。肩を一度上下させてから、ためた空気を爆発させた。
「お前と一緒にするな! 僕の、僕の目的を! お前のくだらない色恋と一緒にするな! 僕はイオリを救って、スズの心も救うんだ!」
イオリ? どうして、伊織の名前がそこで出るんだ。
「な、まさか、あなたは……それで入学前のスズ様を選んだのですね!?」
アルヴィラはエデラの発言で、なんらかの疑惑が確信に変わったようだった。
再び俺を置いてきぼりにしている。
だが今回は俺は身を乗り出して、彼女たちの言葉を聞いていた。伊織に関することなら、真剣にならざるを得ない。
「はぁ……僕もお前も、カミリーに謝罪することになるな……」
1番は俺に対してだろう。俺に説明する義務はないのか。
「まだるっこしい。もう全部話せよ」
俺の言葉を待っていたように、アルヴィラは期待を込めて、エデラは面倒そうに、話は始まった。
箱田伊織は、これから死ぬ。物語の序盤、俺が異能に目覚めるより前に、死ぬのだ。
語られた事実は、アルヴィラの思惑通り、俺を怒らせるに十分だった。
箱田伊織は、物語のある段階で、その命を落とす。言葉を変えて、婉曲にしたり、直接的だったり、彼女たちの説明が理解できない、理解を拒んでしまう。
それまで、魔法の存在しない平和な世界できる子供の日常を描いていたお話。でもある程度話が進んだところで、そこから、異能と呼ばれる未知の魔法とは異なる理不尽な力によって登場人物が殺されたり、殺したりする展開が始まる、らしい。
笑い飛ばしてやりたかった。
というか、もし初日にそんなことを言われていたら、本当にそうしただろう。
今はもう笑えなかった。
俺は、確かにこいつらの言う異能力を持っている。そうならば、物語の通りにことが進むなら、俺は伊織の死を突きつけられる。
想像するだけで、血の気がうせた。
「なんで……なんで隠していた!?」
俺はずるいやつだ。きっと信じなかったくせに。でもそう叫ぶことはやめられなかった。
「いつ、いつどうやって! 誰が! 伊織を…… そうだ、遙は!? 遙はどうなる!?」
駆け巡る言葉はバラバラで、でも二人だけは、二人だけは幸せになって欲しかった。そうなるに値する人間だから。
「――言えない」
これはエデラのためでも、教育でもない。私怨100パーセント。俺は拳を振りかぶった。
「でも! もう君は物語の君じゃない! 今の君なら、救えるんだ!」
「な、何を開き直って……」「アムール、お前の方がよっぽど、恥ずべき理由じゃないのか。 お前は、僕がスズを見つけてからゆっくりお前の魔力を使って都合のいい時間軸を探すのを見届けていただろ?」
二人とも、嘘をつくという発想がないようだった。アルヴィラは言葉を詰まらせ、結句曲を有効な反論を作り上げることもできずに、両手を握って俯いた。
俺としては、もうどうでもよかった。別に二人とも信頼していたわけではない。だからと言って腹が立たないわけではない。そもそも腹を立てられる立場なのかもわからないが。
少し、一人になりたかった。
しばらくこいつらの顔を見たくない。こいつらにはうんざりだ。俺は床に転がるローブを手繰り寄せると、頭から被り、後は振り返らなかった。




