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俺を読んだ少女たちが、俺を呼んだ物語  作者: ぽんぽこ300
魔導学園にようこそ
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第10話 エデラ・エリークの教育

 一夜明けて、事情を知ったエデラは満足げに胸を張って腕を組んだ。

「それだけ使いこなせるようになったのは想定外。アルヴィラの指導はキャンセルだ」

「あんたから連絡しなさいよ、それ」苦々しくカミリーが言った。こうしていると二人ともイカれには見えない。

「ん? 今日は化粧くさくないみたいだな、カミリー」

「まあね」言葉を濁し俺を見る。その瞳に怒りがないことに俺は少しホッとした。本気で怒ったら、俺が怪我を治す間もなく一瞬で殺されるだろう。ボコボコにされた記憶はまだ鮮明に思い出せる。

 エデラが壁に指を這わせ、何かを描く。すぐに文字は壁に溶けるように消えた。これが伝達方法なのか。

「便利なもんだな」

「君の世界のメールには負けるよ」エデラがなんてことはないようにいう。

「よし。今日の予定は無くなったから、僕の部屋に戻って外的な怪我だけでなく、欠損、内傷が直せるか試そう」

 エデラの笑みが今は眩しかった。

 

「君が気絶してる間、カミリーから聞いたよ。悪いことをしたな。そのために僕が見張っていたつもりだったんだが、いつの間にか寝てて……カミリー・カーペントは三十年前の南東ツィザ共和国戦争の英雄で、平民でありながら唯一魔導学園に在籍することの許された魔導士なんだが、精神的な不安定さがあって、まあそう言う所以で王宮魔導士じゃなくて学園なんだが……」

 他人の事情をどれくらい勝手にしゃべっていいものか、エデラにしては珍しくも常識的な躊躇があった。

 なるべく、三十年前ってカミリーはいくつなんだ、とか、ツィザ共和国って、とか、戦争をしていたのか、とかは考えない。

 別に俺はカミリーの過去に興味なんてないし、過去に何があろうと俺にしたことは変わらない。だから、それは本人に聞く、とエデラに伝えて、本題に入った。

「僕は彼女とはちがうからな、実験に使うのはこれだ」

 エデラは一枚の紙を俺の眼前に垂らした。紙には円形の、例によって俺には読めない文字が書かれた魔法陣を見せてきた。

「これが――」なんだって言うんだ、と言うの言葉を発する前に、そこからぽこんと、卵が生まれるように、球体が落ちて汚い床で一度跳ねた。俺の背丈ほど不自然に跳躍したそれは、空中で円形の輪郭を作っていた羽を広げた。

 俺がそれを視認し、理解するより早く、エデラは素手でそれを握りつぶした。閉じられた拳の隙間から、紫色の液体がじんわりと溢れた。

 おえっ。きもちわる。

「少しレベルを上げよう。君はこれの元の形状を知らない。それでも、直せるか? まあ直せないと困るんだが」

「待て、今のなんだ! 昆虫か?」

 潰れたそれを見たくない。俺は手を近づけるエデラに拒否がうまく伝わるように必死で首を振った。

「手を出せ。渡すから」「いやだ!」

 なぜ、という目をするな! 嫌に決まっているだろう。イライラしたエデラは俺の胸に手を叩きつけた。粘着質なナニカが服につく。

「うげっ、てかこれ死んでんだろっ!」命あるものなら、その十分の一以下に圧縮されたとき、まだ生きているなんてどうして思える。

 だが目の前のサイコパスは平然と答える。

「生きてる」

 眩暈がする。質の悪い睡眠のせいだろう。俺は目を閉じて、胸に張り付く得体の知れないものへ思い巡らせた。生きていてほしい、生き返ってほしい、気持ち悪いから。

 この力は、身勝手さ、エゴこそを根本とするんじゃないだろうか。触れ合う断面がうねり、波打つ。

 

 目を開けた先に、潰れた虫はいなかった。

 

 蛹が孵るように、拳より一回り小さな透明な羽が折り重なる繭が、傷のない繭が、ころりと生まれ、そして解けた。

 フィクションで見たようなシルエット。人を1/7にリスケールし、羽をつけたらこんな生き物になるだろう。

 調子外れの乾いた皮膚のぶつかる音。エデラは、真顔で手を叩いていた。拍手のつもり、なのだろう。

「おめでとう、正解だ。顔の造成までは知らないが、それは稚妖精。僕が潰した繭と同じ属性の――」

 誰がこいつの教育をしたのか。情操教育と道徳に失敗し、ヤケクソに発育不全を混ぜるとこのクソガキの形をしているのだろう。

「そう睨まないでくれ。たった今、君の治癒能力がこの世界の基準を大きく上まる、いや、そんなものじゃない。神の領域にあることが証明されたんだ」

 言いながら伸ばす手に、生まれたばかりの妖精は高層へ素早く退避した。

 目の前のヒトモドキよりずっと賢い。

「それは君にあげるよ、煮るなり焼くなり」

 一つ決めた。たとえこのまま治癒の能力を自在使えるようになり、フリージアに頼まれた要件を果たしたとして、半年はこいつと付き合っていかなければならないんだ。

 教育は早い方がいい。

 俺は握りしめた拳を、垂直に下ろした。エデラの頭の上で。

 

「し、信じられない……ぼ、ぼくはっ、帝国第一魔導学園 観測院最年少一級魔導士でっ、ゔぅっ、並の魔導士なら、ぼくに触れた瞬間にっ、魔力を吸い尽くされて気絶するんだぞっ!」

 両手で頭を押さえて、蹲っている。高くに退避していた妖精は気が変わったのか僕の頭上をくるくる周り、キラキラとした鱗粉をその軌道に撒き、どこかへ飛んでいった。

「俺がそんな言葉を求めてるとでも思ってるのか?」

「ひっ、わ、悪かったよぅ、急に繭を押し付けて……」

「それだけか?」

「ええっ、えぇ? 服を、汚した?」

 そっと顔を上げて、恐る恐るいった。

「そうだな。で、それだけか?」

 疑問符を生やして、エデラは早々にギブアップした。なかなか教えがいのありそうな倫理観。


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