【短編小説】未来は君らの手の中
職員Mちゃん様主催のディスコードサーバ「ワンライ」の参加作品です!!
日曜日のサウナで得た整いを背中に貼り付けたまま駅に向かって歩いていると、おれの背後で幼い子どもが母親に抗議する声が聞こえた。
「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」
母親はそういって子どもを嗜めると、その手からレーザーガンを取り上げて弟らしいもうひとりの子どもに手渡した。
お兄ちゃんの方はいまにも泣きそうな顔で不満を漏らしたが、弟を叩いたりする訳でもなく、うつむいてグッと耐えている。
弟の手の中で、銀色のレーザーガンがピュンピュンと鳴っては光っていた。
憶えのある光景だ。
おれの場合は妹だったが、兄だからと理不尽な我慢を強いられることが多かった。
おもちゃもお菓子も思うようにはならなかったから、大人になったいまは独占欲みたいなものが人より強い気がしてならない。
卑しくなったと思う。
分けたくない。
譲りたくない。
きっとあのお兄ちゃんもこんな大人になるんだろう。そうして同じように振り向いて、今日のことを思い出したりするのかも知らない。
正面に向き直って歩みを再開する。
おれはあのお兄ちゃんには何もしてやれないし、おれが何かしてやる事はお兄ちゃんの救いにならない。
君らの未来は、おれの手の中には無い。
そんな事より問題は、正面から来ている自転車に乗ったババアだ。
あのババアに限った話じゃないが、老人なんてのはおれを煮詰めたような存在だ。
分けたくないし、譲りたくないのだ。「もうこれ以上は端に寄れない」と言う顔をして、歩道の真ん中を走る。
道を譲る気なんてサラサラ無いし、止まる気なんてこれっぽっちも無い。
おまけにここ最近、毎朝すれ違うそのババアは日に日に少しずつ膨らんできている。
太っているのではない。
膨らんできているのだ。
毎朝膨らんでいる自転車のババアは、歩道を占有する割合をも増やしている。そろそろすれ違うのが厳しいサイズに差し掛かってきていた。
おれはいつも通り、半身を切りながら毎朝膨らむ自転車ババアをやり過ごした。
線香臭い謎のヒラヒラ服がおれを掠める。
あと二、三日もすれば身体を真横にしないとすれ違えなくなるだろう。
だが仕方ない。
おれたちはそう言う存在なのだ。
労働も通勤も上がらない賃金も納税も社会保障費も、生活の全ては我慢に繋がっている。そうやって生きて死ぬ。
「あっ」
後ろを歩く母親の短く鋭い声でおれの鬱屈が中断された。振り向くと、レーザーガンで遊んでいた弟が転んでいるのが見えた。
そして自転車のババアが「これ以上は避けられない」と言う雰囲気を出しながら歩道のまんなかを真っ直ぐ走っている。
おれは咄嗟に走った。
間に合うか間に合わないか、そんな事より勝手に身体が動いていた。
転んだ弟を引き起こすか、ババアを薙ぎ倒すか。
逡巡しているおれの目の前で、自転車のババアが突如として破裂した。
ババアは破裂して四散したし、ババアの自転車は歩道で横倒しになって止まった。
おれは事態を飲み込めずにいる。
転んだ弟は轢かれずに済み、母親が慌てて抱き起こしていた。
その後ろで、レーザーガンを手にしたお兄ちゃんが西部劇のガンマンみたいに銃口から立ち昇る煙をふっと吹き飛ばした。
そしておれを見るとウインクをして笑った。
生きると言うのは我慢する事ばかりだと思っていたが、案外と捨てたものじゃないのかも知れない。
「大丈夫ですか?」
おれは弟を介抱している母親に声をかけながら、無事に駅までたどり着いた時はお兄ちゃんにはジュースを買ってあげようと思った。
お兄ちゃんが顎をしゃくった先には、まだ何人もの自転車ババアたちがこちらに向かって走ってきている。
これが現実だ。
しかし彼らみたいな子ども達がいるなら、労働も通勤も社会保障費も、そう悪いもんじゃないかも知れない。
道路を挟んだ歩道でも自転車のババアが破裂した。もしかしたらジジイかも知れない。
やはり、幼い子どもがレーザーガンに未来を詰めて撃ったのだろう。
「世界は君らの手の中だね」
おれは笑って、ババアたちの自転車を背中で止めた。
「いまのうちに奴らを撃て!」
大丈夫だ。
おれに子どもはいないが、これくらいの痛みなら……。




