表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

5.ショータイム:透視&チェンジver2

 塔矢と梨々花が最初に打ち合わせをしたとき、二つの作戦を立てていた。



 プランA『梨木田がすり替えをした時に梨々花が指摘する。その際、観客をできるだけ集めたうえで、トリックカードについても暴露する』

 プランB『梨々花にディーラー役をやらせて何らかのイカサマを行い、互いの身体検査を行える状況に持っていく』



 プランAが理想だったが、梨木田が警戒するとすり替えトリックは行わないかもしれない。そのためプランBでは、梨々花のマジックの技術を使って、カードのダブりを強制的にゲーム中に作って、互いの身体検査をさせようというものである。


 梨木田はほぼ確実にポケットの中に複数のカードを隠し持っているはずなので、それを直接出させたらこちらの勝ちである。


 しかし――これは梨々花のマジックの技術で、山札を自由に扱えることを前提として立てた作戦であった。

 プレイヤー側ではカードを扱える枚数に限りがあるし、梨木田が仕込んだと思わせるようなイカサマを演出するのは難しいはずだが。


「どういうつもりだ、竜胆くん」


 ポーカーの助言をするふりをして、周りに聞こえないように耳打ちをする。

 それに対して、梨々花はかろうじて聞こえるようなか細い声で返答する。


「作戦を変えます。私に合わせてください」

「合わせると言っても、何をすれば――」

「イカサマを指摘するので、デックの交換と複数人でのカットを主張してください」


 彼女は必要なことだけを言うと、すぐにゲームに向かう演技を始めた。


「ねー、トーヤ先輩。最初に出すチップって、どれくらい出せばいいんです?」

「……あ、ああ。ブラインドと言って、ゲームの参加料を場に出す必要がある。君はスモールブラインドだから、千円のチップを出せばいい」


 簡単なルールは説明していたが、実際に梨々花がプレイするとは考えていなかったので、詳細なゲームの流れは説明していなかった。


 テキサスホールデムのヘッズアップにおいてプレイヤーは、それぞれBB(ビッグブラインド)SB(スモールブラインド)というポジションを交互に行うことになる。

 ブラインドというのは、ゲームに参加する上で賭けなければいけないチップのレートのことで、このゲームではスモールブラインドは千円、ビッグブラインドは二千円をゲーム開始時に場に出す必要がある。


 ポーカーは八割降りるゲームとも言われるが、ヘッズアップでは話が変わる。プレイヤーが二人しか居ない関係で、このブラインドをお互いが必ず払うため、勝負を降り続けるとチップを失う一方なのだ。そのため、必ずどこかで勝負に出なければならない。


「ね、ね? この手札、良い手札ですか?」


 梨々花は配られたカードを両手で大事そうに持って、塔矢に向けて見せてくる。

 ♠J・♥Q。

 スートはそろってないものの、ハイカード二枚かつ連番なので、スターティングハンドとしては悪くない手札だ。

 それを伝えると、「やったっ!」と無邪気に喜ぶ。どこまでが演技でどこまでが素かわかりづらいが、たぶんこれは演技だ。


 梨木田の方を盗み見ると、彼は気が抜けた様子で微笑みながらこちらを見ている。当然ながら彼の視線は梨々花の手元に向いている。ハンドは読まれている。さて。これからどうなるか。


 最初のベッティングラウンド。

 プレイヤーに手札が配られたタイミングで、そのハンドで勝負を続行するか、それとも降りるかを、チップを賭けることで宣言する。


「えっと、ブラインドってそろえなきゃいけないんですよね? じゃあ、コールで千円」


 教わった内容を反芻するように、梨々花はたどたどしくチップを拾って場に出す。スモールブラインドである梨々花は、ビッグブラインドの二千円に合うようにチップを出さないとゲームを続行できない。


 それに対して、梨木田は「レイズ三千円」とさらに掛け金を釣り上げて来た。かなりいいハンドを引いているのか、強気な選択である。


「これ、勝負続行するにはどうすればいいんです?」

「さっきと同じだ。同額を賭ける必要があるから、コールなら三千円。さらに上乗せするならそれ以上の金額をレイズする。もしそれが嫌なら、二千円は無駄になるがフォールドで降りる」


 最低限の説明だったがどうやら理解できたらしく、梨々花は迷わず「じゃあコールで」と言って三千円分のチップを場に出した。

 この時、梨木田が若干意外そうな顔をしたのが印象に残った。それはまるで、「そのハンドで勝負に出るつもりか?」と不審がっているようだった。


 次にフロップ。

 共通カードが三枚開かれる。


 ボード:♠8・♦10・♠A


 悪くない――と塔矢は自然とプレイヤーとして考えた。こちらのハンドはJとQなので、9かKが来ればストレートの完成である。


 共通カードが開かれるタイミングは、あと二回ある。

 その二回のうち、9とKが場に出る確率は、単純計算で三十二%。普通のポーカーなら、かなり強気に出ていい場面だ。


 最も、それは通常のポーカーならの話だ。

 こちらの手札は筒抜けなので、そんなことは梨木田も分かっている。この状況で、相手側が無理に勝負に出ることはないはずだが。


(竜胆くんはイカサマを指摘すると言った。このボードにはAがあるから、梨木田が手札をAにすり替えてスリー・オブ・ア・カインドを作るということも考えられるか? 彼女はそれを誘っているのだろうか。しかし、スリー・オブ・ア・カインドでは、ストレートにも勝てない。梨木田がそのリスクを負ってまですり替えする意味があるか?)


 様々な可能性を考えていると、ベッティングアラウンドに入る。


「レイズ五千円」


 梨木田が自信満々にチップを積んできた。

 そこにどういう意図があるのかを考えようとした矢先、ほぼ間髪入れずに梨々花は「コール」と宣言して、同じ量のチップを積んだ。


「……それで良いのかい?」

「え? なにか駄目でした?」


 予想外な事態に驚いた様子の梨木田と、きょとんと毒気の抜けた様子で首をかしげる梨々花。

 彼女は後ろを振り返りながら、塔矢に向けて「これ大丈夫ですよね?」と尋ねてくる。クリっとした無垢な丸い瞳が向けられてくる。その何も考えてなさそうな瞳を見たら、たいていの男は毒気を抜かれるだろう。


 しかし塔矢は知っている。この目はすっとぼけた目だ。


「……まあ、いいんじゃないか?」


 それ以外にどう言いようがある。明らかに何かをやろうとしている後輩を前に、その意図を読み取れない自分が余計なことをするべきじゃない。


 そして、ゲームは進む。

 四枚目ターンのカードは♥Jだった。


 これでワンペア。悪くない――と思った矢先に、梨木田が「レイズ一万」を宣言し、その直後に梨々花が「コール」と宣言した。

 あまりの展開の速さに、梨々花以外の全員があっけにとられた。


(いや――少し反応の種類が違うな)


 塔矢の驚きは梨々花の判断の速さにあったのだが、梨木田と森尾の方は少し毛色が違った。彼らは勝負に乗ってきたこと自体を驚いているようだった。何をそこまで驚くことがあるのだろう? Jのワンペアかつ、あと一枚でストレート以上に成長する可能性のあるハンドだ。惜しむらくは、本来ならリレイズで相手を降ろしに行ってもいいハンドであることだが、そこまでを素人の梨々花に求めるのは酷だろう。


 そう、ポーカープレイヤーとしての視点でのみ考えを進めていた塔矢だったが、すぐにその考え方がまるで見当違いだったと気づくことになる。


 続く五枚目リバー

 リバーのカードである♣8が開かれるとともに、先ほどと同様に梨木田が「レイズ五万」とさらに掛け金を大幅に釣り上げてきた。これで、梨木田が賭けたチップは七万円になる。


「はい、それもコールです」


 眉根一つ動かさずに――竜胆梨々花は、自身のチップを迷いなくテーブルに差し出した。


「…………」


 塔矢は胃がキリキリと痛むような感覚を覚えた。

 梨々花の手元にあるチップは残り三万。

 ポーカーにおけるチップの所持数をスタックというが、最初に十万円で始めたスタックのうち、実に七割をこのゲームにつぎ込んでいるのだ。途中まではそれに値するだけのハンドだったが、五枚目のカードが♣8だった時点で、この手札の価値は暴落した。いわゆるオッズに合わない状態である。


 現在こちらのハンドはJと8のツーペアでしかなく、仮に勝負をするにしても、コールではなくレイズで相手を降ろす選択をするべきところだった。


(何を考えているんだ、竜胆くん)


 信頼しているはずの後輩の真意がわからず、疑心暗鬼にとらわれている。そんな塔矢をしり目に、梨々花は至って平静である。ニコニコと笑いながら、手を組んで愉快そうに状況を見守っている。 


「じゃあ、ショーダウンだ。それぞれ手札を開きな」


 森尾の言葉に従って、梨木田が先に開く。

 彼は何の作為もない手つきでカードに触れると、二枚を表にする――そのハンドを見た瞬間の塔矢の衝撃を、果たして誰が理解してくれるだろうか。


 梨木田が開いたカードは、《《♠J》》・《《♥Qだった》》。


「ツーペアだ。さて、君はどんなハンド、で――」


 塔矢が受けた衝撃は、その直後に梨木田も理解することになった。

 彼は目を丸くし、ぞっと背筋に寒気が走ったような表情でテーブルを凝視している。


 それは、ありえないことだった。


「はいっ。私もツーペア揃いました!」


 そう言いながら梨々花が開いたハンドは、《《もちろん♠J》》・《《♥Qである》》。


 しかし、それは明らかにおかしいことだった。

 だって、梨木田が開いたハンドもまた♠J・♥Q。その二つは、全く同じカードだったのだから。


 何がどうなっているのか――混乱した思考を強制的に動かしたのは、梨々花の無邪気な声だった。


「あー! よく見たら私のハンドと梨木田さんのハンド、全く同じじゃないですか!」


 白々しい、と言うべきだろうか。

 梨々花は口に手を当てて仰々しく驚いて見せる。これには、普段から彼女を知っている塔矢ですら顔が引きつる思いだった。明らかに彼女はイカサマをした。しかしそれをおくびにも出さず、あえて大声で騒いで見せているのだ。


 結果どうなったか。この場の当事者が何かをし始める前に、店内にいる他の客たちが「何事か」と集まってきてしまったのだ。

 止まっていた時間が動き始めた時には、VIPルームにはギャラリーが集まって、テーブル上の異常事態を目撃してしまった。


(イカサマを指摘する――なるほど。確かにこれはずいぶん効果的だ)


 梨々花がディーラー役をやるよりもずっと自然で、なおかつ不気味な結果である。


 ちなみに、その結果を生みだした女は「これ、すごい偶然ですよね。こんなことあるんだ。写真撮っとこ♪」などと言いながらスマホを構えて無邪気に感想を口にしている。この異常事態において一番異常なのは間違いなくこの女である。


 そう塔矢が顔を引きつらせていると、不意に梨々花が塔矢の右手を握ってきた。目も合わさず、ただ黙って手にあるモノを渡してくる。

 何かと思えば、手元にカード数枚分の感触があった。


「………………」


 アドリブ。

 自身の役割は彼女のサポートだ。

 塔矢は手元を見ずにカードをポケットにしまい込む。


 つまりはそういうこと。彼女はカードを隠し持っていて、先程のゲームでは的確に相手と同じカードを選んでダブらせたのだ。


 結果、イカサマの現場を作り出すことが出来た。


 それではここからどう動くべきか。梨々花の指示は『デックの交換と複数人でのカットを主張してください』とのことだったが。

 切り出し方を考えているところに、ようやく梨木田たちが言い訳を口にし始めた。


「他のデックのカードが混ざってしまってたみたいだ。なあ、森尾くん。確かブラックジャックで遊んでた時、三つくらいデックを組み合わせただろ? それが混ざってたんじゃないかい?」

「ああ、そうだな。すまん。こっちの手違いだ」


 梨木田に調子を合わせて森尾が言い訳を続ける。苦しい言い訳だが、とっさに出たにしては筋が通っている。ブラックジャックは通常複数デックを混ぜ合わせるので、管理の不手際ということで手打ちにするつもりなのだろう。


「へー、そうなんですねーっ!」

「本当に申し訳ない。新しいカードを出すから、このゲームはノーゲームで――」


 無邪気な梨々花の言葉に同調して、なんとかこの場を丸く収めようとしているのが手に取るようにわかる。そうはさせないと、塔矢は憮然としながら口をはさむ。


「随分と勝手な物言いだな? カードが混ざるなど、不正を疑われてもおかしくないぞ」

「いや、本当にごめんよ」


 威圧感を出す塔矢に対して、梨木田は何とか落としどころを探そうと、へらへらと笑顔を浮かべながら言う。


「今までも使いまわしのカードを使ってたけど、こんなことは初めてなんだ。次は新品を使うから、本当に申し訳ない」

「意図的でないことは分かった。だが、不正まがいの状況を看過するのも、本当に不正があった時に防げないだろう。条件を言わせてくれ」

「なんだい?」

「カードのカットを、そこのディーラーと俺の二人でやらせてくれ」

「俺達も疑われたくないから、それでいいよ」


 カード交換は向こうから言い出してくれたので、塔矢はカットの権利だけ主張した。


 この時、ディーラーも含めたのは、梨々花がディーラーをやるプランBの時を考えたときも、こちらだけがカットするのではなく、相手側も関わらせることを重視していたからだ。


『マジックの世界では、マジシャンだけがカードを触って奇跡を起こしても誰も信じてくれません。観客にカードを選択させる瞬間を作るのが必要なんです』


 その言葉を覚えていたが故の選択だったが、さて、自分は梨々花の意図を汲めているだろうか?


「じゃあ、新しいカードを買ってくるから、テーブルのカードを片付けといてくれないか?」


 梨木田がそう言ってテーブルを離れる。残された森尾は「ちっ。意味わからねぇ」と愚痴りながら、テーブルの上のカードを全て回収する。それらはすぐにゴミ箱へと捨てられた。

 その最中、梨々花が椅子に座ったままひょいひょいと塔矢の腕の袖を引っ張る。


「先輩、寒いんで私のコートとってもらえません?」

「ん? ああ。確かに寒くなってきたな」


 来店した直後は酸欠になりそうなほどに暑かったというのに、今は暖房が切れたのか、室内は肌寒いくらいに冷え切っていた。空調がうまく作動しないというのは確かなようだ。


 梨々花のコートは壁際の椅子に丸めて置いてあった。

 それを取ってきて渡してあげると、彼女は「ありがとうございます」と言って、受け取ったコートを隣の椅子に置く。そして、そっと囁くように言った。


「――さっき渡した四枚を、次のゲームで使うデックのトップに置いて下さい」

「……無茶を言う」

「ティルトのないアンビシャスカードです。そう考えると、簡単でしょ?」

「…………」

「次で決めますから、合わせてください」


 ニコッと、演技ではない素のあどけない微笑みを浮かべた後、彼女はまた舞台用の笑顔を張り付けて正面を向いた。


(ティルト――ポーカー用語では感情的になって合理的な判断が出来ない状態のことだが、この場においてはポーカーではなく、《《マジック用語の方》》だろう)


 ポケットの中に入っている四枚のカードを意識しながら、塔矢はゴクリとつばを飲む。

 まもなく、梨木田がテーブルに戻ってきた。

 彼は新品のデックをテーブルに三箱置くと、塔矢に向けて言ってきた。


「これ以上疑われるのもゴメンだから、開ける前にそっちでも確認してくれ」

「ああ。分かった」


 デックの封を切って中を取り出すと、テーブルの上に扇状に広げる。マジシャンほどではないが、ポーカープレイヤーのはしくれとして、塔矢もディーラーの真似事くらいはやったことがある。カードに作為がないかを見るコツは知っている。


(裏面はやはりトリックデックか。それなら、どれを選んでも変わらない。となると、この三つのデックの使い道は、一つを選んだ後に、他を確実に廃棄することにある)


 塔矢がデックをチェックしている間、梨々花が寒そうにコートを羽織る様子が見えた。それに呼応するように、梨木田も椅子に掛けていたジャケットを羽織る。店内の気温がどんどん下がっている。空調の故障でなければいいが――


「チェックは終わった。これを使って、他は処分する。先に混ぜてくれ」


 塔矢は選んだデックを森尾に渡した。

 梨々花の思惑を考えるなら、先にシャッフルするのは相手からでないとまずい。


 なるだけ自然に手渡したつもりだったのが良かったのか、疑われることなくシャッフルを終えた森尾からデックを返される。


 さて、ここからだ。

 塔矢は受け取ったデックをテーブルに置いて三分割にする。リズムよく分割したカードの束を交互に置きなおしてカットを完了させると、手のひら全体でカードを持って、森尾へと渡した。


「――――っ」


 すぅ、っと息を吐く。

 鉄面皮こそ維持していたが、背筋は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。


「はいっ。じゃあ仕切り直しですねっ!」


 梨々花が手のひらを合わせながら甘ったるい声を出す。一人だけ場違いな明るさに周囲は苦笑を浮かべるが、本人はどこ吹く風である。


 店内にいる大学生くらいの客は全員、VIPルームのポーカーテーブルに集まっていた。元々仲間内で始まったギャンブルらしいが、この店の常連たちは、梨木田たちに対して様々な感情を抱いているのだろう。この勝負の決着がどう影響を与えるか。


 最後の勝負が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ