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4.メインステージ:透視&チェンジ


 テキサスホールデムという競技は、プレイ人数や席順によって戦略が変わってくる。


 複数人で行うマルチウェイと、一対一で行うヘッズアップでは、そのゲーム性は大きく違う。

 複数いる参加者の誰かからチップを勝ち取ればいいマルチウェイと違って、相手から的確にチップを奪わなければいけないヘッズアップは、はっきりと違うゲームだと言うプレイヤーもいるくらいである。


 塔矢と梨木田の勝負はヘッズアップで行われた。


 ポーカープレイヤーであればプレイングを見れば相手の実力のおおよそを把握できるものだが、塔矢から見た梨木田というプレイヤーは、セミプロくらいの実力はありそうだった。


(誤算だった。梨木田はヒラでも十分戦えるだけのプレイヤーだ。決してイカサマ頼りのプレイイングじゃない。こうなると、イカサマの二つのうち、もう一つを引き出すというのはかなり難しいぞ)


 みるみる減っていく残りのチップを見ながら、さてどうしたものかと思案する。

 梨木田たちが行っているイカサマについて、先日梨々花が実演した時は、おそらく二つのイカサマが使われているんだろうという結論に至った。



 ※ ※ ※



 マジックカフェバー『クレセントムーン』で、実際にカードを使ってイカサマを再現した梨々花は、塔矢に対してネタバラシをした。


「どうやったかと言われると、自慢するにはちょっとシンプルすぎて後ろめたいんですけどね」


 そう、言いづらそうに頬を掻きながら、梨々花はカードの裏面を指差す。


「まず先輩のカードを当てたトリック。これは、カードの裏面(バック)のデザインが特殊なもので、表面フェイスの内容が読み取れるっていうだけの単純な仕掛けなんですよ。マークドデックっていうトリックカードの一つで、カード奇術には定番の商品です」


 裏面の柄の細かい模様の中に、カードの数字とスートが分かるようなデザインがされているのだ。

 確かに注意深く見ればそれっぽいデザインが組み込まれているのが分かる。しかし、こんなものを遠目で読み取れるものなのか。


「自然と読み取るにはコツがいりますけど、逆に言えばマジシャンが見たら一発でバレますよ、こんなの。あまりに定番すぎるので、他に仕掛けがないか疑ってかかったくらいです」

「そういうものか。だが、仮に裏面を読み取れたとして、自身のカードを操作は出来ないだろう? そちらはどうしたんだ」

「こちらも、種を明かせばそんなに難しいことじゃないです」


 梨々花の指がテーブルに置かれた二枚のエースに触れる。彼女はそのまま指を横にスライドした。

 指の動きに従ってエースが移動して、下から♥2のカードが現れる。


「…………」

「チェンジとダブルリフトを組み合わせたトリックですけど、案外気づかないものでしょう?」


 つまり彼女は自身のハンドの上から、別のカードを重ねて場に出していたのだ。

 よりはっきり言えば、二枚出すと見せかけて四枚出している状態である。


「重ねたカードがずれないように、トリック用の揮発性の液体をカードの端につけています。このイカサマは、ショーダウンでカードを見せるわずかな間、違和感が無ければ良いんです。あとは、次のゲームのためにカードを回収するときに、自然と重ねたカードだけこっそり回収すれば問題ないです」


 そんなにうまくいくだろうか、と首をかしげたが、実際に梨々花はカードを回収してデックを渡した後、手元に二枚のエースが残っているのを見せつけて来た。どうやらできるらしい。


「このカードを重ねるトリックが本命ですけど、状況に応じて、完全にカードをすり替えてから元のカードを体のどこかに隠すっていう手段も取れますね。どちらの手段も一長一短で、必ずどこかに余分なカードがあるんで、それをどう自然に処理するかがマジシャンの腕の見せ所です」


 そう言う梨々花に、塔矢は疑問を挟む。


「しかし、これだと残りのデックの中にあるエースとダブってしまうのではないか? もし山札を改められたらイカサマがバレてしまうだろう」

「逆に質問ですけど、ポーカーって、毎回ゲームのたびに山札の中と場に出たカードの整合性を取ったりするものです?」

「……いや、しないな」

「だったら問題ないです。だって私はカードの裏面が読めるので、ゲーム中で使われるカードが何なのか全部把握できるんですから。表が見えるカードと、すり替えたカードがダブることはないです。きっと、イカサマ野郎もそのつもりでやっているはずです」


 マジックというのは、いかに自然と観客の無意識をついて仕掛けを施すかである。

 そういう意味で、この二つのイカサマはかなり隙のないトリックの組み合わせだった。



 ※ ※ ※



 さて。

 そうした二つのイカサマを知った上で実際に対戦してみると、それをどう糾弾するかという問題に直面することとなった。


 梨木田がそれなりにポーカーの実力者であることは事前に分かっていたが、それでも所詮はイカサマ野郎であると高をくくっていたところがある。

 少し追い詰めればカードすり替えのイカサマをしてくると思っていたが、困ったことにその隙が無いのだ。


(梨木田のイカサマは、弱者を食い物にするためのもので、強者に立ち向かう武器ではない。経験者相手にすり替え芸をする理由がないってことか)


 普通にプレイする分にはカードの裏面を読み取るトリックだけで十分に優位性があるのだ。しかもこのイカサマを指摘しづらいし、仮に言及したとしても知らなかったとしらばっくれることが可能なくらい絶妙なデザインなのである。

 仮に裏面読み取りのイカサマを指摘したとしても、次のゲームを別の正規のトランプで仕切り直すだけで、相手を追い詰めることはできない。


 やはりイカサマを問い詰めるには、すり替え芸をやらせる必要がある。

 しかしここで問題になるのが、経験者相手にすり替えなんていうリスキーなことを何度も行う理由がないという点である。


(柳葉君の時ですら、すり替え回数は女子生徒たちの時より少なかったのだ。しかも彼の時はマルチウェイだから、他のプレイヤーも居て目立たなかったのだろう。ヘッズアップですり替えは、よほど相手が素人でないと、やるだけ不自然というわけか)


 これは大きな誤算である。やはり実際に対戦してみないと分からないことは多いというべきか。


 元々の作戦では、塔矢が梨木田を追い詰めてイカサマを引き出し、梨々花がその現場を押さえて周囲にさらすというのを考えていた。

 ポーカーゲームが始まると、店内の客たちもちらほらとやじ馬として見学を始めるので、彼らを証人としてイカサマを暴露すれば、梨木田たちの信用は地に落ちるだろうという考えだったのだ。


 しかし現状、梨木田からはイカサマを引き出せそうもないということが分かってきた。


 加えて、梨々花はずっとカウンター席でマスターと話しをしていてポーカー勝負を見る気配がない。VIPルームが覗き見ることのできるギリギリの位置にいるため、彼女のなりの考えがあるのだろうが、残念ながら塔矢の固い頭では彼女の意図をまだ読み取れていなかった。


(ハンドとコミュニティカードが透けて見られているという状況でのポーカーは初めてだが、こうもやりづらいものか)


 自身のハンドを見ずに相手の様子だけを見れば勝てると豪語するプロのプレイヤーも存在するが、そんな人でも、逆に自身のハンドが見られている状態というのはまず勝つのは無理だろう。それくらい、ポーカーというのは情報に左右される。


 悪あがきで手札を配られたらすぐに手でカードを隠すようにしているが、配るタイミングで裏面は絶対に見られるので、どこまで効果があるのか分からない。

 どちらにせよ、ハンド勝負でショーダウンまで行く時には、必ずこちらの負けの時である。

そんなわけで、塔矢の持っているチップは、一時間もすると底をつくこととなった。


「それで、まだやる?」


 ふてぶてしい態度で、梨木田は悠然と訪ねてくる。その気取った態度は、誰かの真似をしているような演技臭さがある。


 塔矢はじっと最後のハンドを見下ろす。

 ♥K♥Qのスーテッドで、ストレートにもフラッシュにもなりえるかなり良いハンドだが、結局ボードとかみ合わずに、梨木田の9と7のツーペアに負けてしまった。普通のプレイイングであれば、最後の一枚で巻き返されたひどいバッドビートとして苛立ちを覚えるものだが、元からイカサマを承知していると、何の感慨も浮かばないものだと思った。


 さて、どうするべきか。

 ちらりと梨々花がいるであろうカウンター席を見やるが、彼女の姿がなかった。


『――一時間くらいは勝手に楽しんでますから』


 時間はちょうど一時間は経っている。

 そろそろだろうと思いながら、塔矢は探るような気持ちでポケットから封筒を取り出しつつ言う。


「……そうだな。もう一勝負しよう」


 万札十枚のおかわりを提示する。


 塔矢自身が用意した軍資金はこれで打ち止めである。もしこの十万も負けた場合、再戦するためには出直す必要がある。一般的な大学生にとっては十分な大金なので、次に再戦するための資金繰りはかなり苦労することだろう。

 そんな身を切るような気持ちで封筒を出したところで、あっけらかんとした声がルームの中に響いた。


「えーっ! 先輩、負けちゃったんですかぁ!」


 梨木田の真横からぬっとポーカーテーブルを覗き込むように梨々花が顔を出した。彼女は梨木田の座る椅子によりかかるようにして、栗毛のウェーブヘアを揺らしながらそこにいた。彼女の大きな瞳が丸くなってテーブル上のカードを見下ろしている。


 ――さて、動き始めたか。

 多少の安堵を覚えつつ、塔矢は「こほん」と咳払いをして、元来の生真面目さをそのまま出力して梨々花に苦言を言う。


「竜胆くん、失礼だろう。こっちに来なさい」

「はーい。ごめんなさーい!」


 梨々花はニコっと毒気の抜ける笑顔を梨木田に向けてから、トコトコとテーブルを迂回して塔矢の方に回り込んできた。

 緩いウェーブの髪をなびかせ、弾むような足取りで近づくと、彼女は後ろから身を寄せるようにして塔矢に抱き着いて来た。距離が近い。シャンプーの甘い香りを漂わせながら、莉々花は口を尖らせてことさら甘ったるい声で言った。


「先輩ったら、あんなにカッコつけてたのに、コテンパンに負けちゃってるじゃないですかー。十万って大金ですよ、た、い、き、んっ!」

「む、不甲斐ないとは思っている。しかしだな――」

「ああもうっ。しかしもカカシもありません! このままやってもどうせ負けるんじゃないですか? だったら、ちょっと私にもやらせてくださいよー!」


 何を言い出すんだこの小娘は。

 はじめの打ち合わせにはまるでなかった展開に、さすがに塔矢も動揺しながら言う。


「やらせてとは言うが、君は先日までテキサスホールデムのことを知らなかっただろう?」

「さっき教えてもらったから大丈夫ですよ」


 あっけらかんと言った後、彼女はまっすぐに梨木田を見つめてにこりと笑顔を向けた。


「ねっ。梨木田さんもいいでしょっ?」


 急に水を向けられて、梨木田は仕方なさそうに苦笑を漏らす。どうやらいちゃついているカップル程度に思っているようで、油断しきっていた。


「俺は別に構わないけど、霞ヶ丘君の方は本当にそれで良いのかい? レートは同じままだけど」

「一つ頼みがある」


 梨々花が動き出した以上、ここでの自分の役割を考える。思考時間は一瞬しかない。その中で、前提条件として必要なことを考えて、口にした。


「竜胆くんはポーカー初心者だ。横で助言をしたいが、構わないだろうか?」

「そのくらいなら良いよ。むしろアドバイスくらいしてあげたら?」


 あっさりと梨木田は許可を出した。加えて、ディーラー役をしている森尾の方もにやにやと笑いながら状況を楽しんでいる。この状況で自分たちが損をすることはないと確信しているのだろう。


 ひとまず言質が取れたおかげで、塔矢は梨々花のそばで堂々と相談できる状況を整えられた。

 そうしたやり取りの後、梨々花は何も考えていないようなニコニコとした表情を浮かべながら、無邪気に自己紹介をした。


「改めて、竜胆莉々花です! よろしくっ!」



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