1.セットアップ:事の始まり
事の始まりは、一週間前に遡る。ポーカー研究会に一つの相談が持ち込まれたのだ。
曰く、渋谷のとあるナイトバーで、週末にだけ都内の大学生達が賭けポーカーのテーブルを立てているのだという。
競技内容はテキサスホールデムで、カジノで行われる本格的なポーカーだ。
被害者となった女子生徒たちは、合コンで知り合った男子学生に連れられてそのポーカーゲームに参加することになった。
はじめは遊び半分だったため、被害者たちは和気あいあいとゲームに興じていたのだという。しかし、次第に掛け金がつり上がっていき、最終的に数十万を数える大きな負債を背負うことになったのだそうだ。
その被害者である一年生の女子生徒が三名、すがるようにポーカー研究会の扉をたたき、泣きながら助けを求めてきたのだった。
それを聞いた霞ヶ丘塔矢は、開口一番。
「賭けなんてする方が悪い」
と一言で切り捨てた。
「いやいや、カスミくん。そんな殺生なこと言わんといてやってな。この子らが可哀想やん」
そう被害者たちを庇うのは、ポーカー研究会の副会長である柳葉研介だった。
気遣い上手な優男である彼は、柔らかい関西弁で泣いている後輩たちを優しくなだめている。
すっかり後輩女子たちの信頼を勝ち取っている研介に対し、塔矢がまるで鬼か悪魔のような扱いだった。納得がいかない。
「僕は間違ったことは言っていない。日本で賭博は犯罪だ。それは射幸心を煽ることが秩序を乱すことにつながるからであり、つまりはこういったトラブルが起こるからだ。その結果を受け止められないのならば、そもそも賭け事など行うべきでは――」
「あー、はいはい。カスミくんの御高説はようよう分かったさかい、ちっと話を進めよか」
強面の男子に理詰めされて後輩女子達は怯えきっていたが、それを察知した研介の機転によって、なんとか話の詳細を聞くことが出来た。
賭場を開いているのは、名門私大である歐陽大学の学生たちで、いわばエリートのお遊びというわけだった。
彼らは週末になるとナイトクラブのVIPルームを貸し切って、コンパ目的の男子大学生やナンパして連れてきた女子大生を誘ってはポーカーをやっているのだという。
最初は百円くらいの低レートで始めるのだが、次第に熱が入ってレートが釣り上がり、いつの間にか数十万単位の掛け金になってしまっているのだという。
危険なのがゲームチップの扱いだ。
賭け自体に使うゲームチップは、事前にチップを購入してプレイをする形式なのだという。しかし、掛け金が上がるにつれて借り入れでもチップを購入して参加できるシステムなのだそうだ。
数万円分勝たせた所でレートアップを提案される。
すでに数万円の勝ちを経験している被害者たちは、まだ勝てると勘違いして手持ちのお金以上のチップを借り入れし、負債を背負うという流れだ。
「真っ黒だな」
「真っ黒やね」
証拠さえ集められれば普通に賭博場開帳図利で逮捕されるだろう。賭博は現行犯でなくても、常習的かつ悪質の場合は逮捕されるリスクが十分ある。
塔矢は被害者生徒たちに憐憫を向ける。そもそも賭博を行ったという落ち度はあるものの、賭場のシステムを整えている相手側の周到さは手慣れたものだ。塔矢も被害者をいたずらに怖がらせることは本意ではないため、出来るだけ気を使って口を開く。
「これは純粋な善意での助言だが、賭博は自首をすれば不起訴になる可能性が高い。悪いことは言わない。警察に相談するのが懸命だと思うぞ」
「それは、考えました。でも……」
被害者の一人が、ひどくためらいながら口にしたのは、違法ポーカーの主犯格の人物の名前だった。
歐陽大学法学部四年生、梨木田義弥。
警察官僚の息子で、本人も在学中に司法試験に合格しているエリート。法知識では到底叶わず、また親の後ろ盾があるため中々糾弾できないのだという。仮に警察に駆け込んだとしても、自分たちだけが罪に問われ、梨木田まで捜査の手が及ぶことはないだろうというのが、この賭けポーカーに関わっている人物全員の共通認識なのだそうだ。
それを聞いた塔矢は、苦虫を噛み潰したように眉間にシワを寄せる。
(親の立場を笠に着た詭弁か。くだらん――と言いたいところだが、まあそういうこともあるか)
確率に限らず、世の中は平等に不公平だ。知識があれば無知なものを陥れることが出来るし、権威があれば凡人を黙らせることは容易い。要は敵わないと思わせた時点で勝ちであり、女子生徒たちはまんまとその罠にハマっているわけだ。
逆に言えば、知識か権威のどちらかを上回れば十分対策は取れるわけだが――さて、どう収拾をつけたものかと塔矢は小さく嘆息を漏らす。
そんな風に思案していた所で、三人の女子生徒のうち、最後まで黙っていた女子がおずおずとこう口にした。
「……実は、お聞きしたいことがあって」
「助けて欲しいという話なら、力になれるかは怪しいな。ポーカーは実力が物を言うし、何より僕達が主にやっているリングゲームと、実際に金を賭けるキャッシュゲームでは戦術が違う。勝利を確約できない以上、軽々と助けるなどと口にはできん」
「そうではなくて……実は少し不自然なことがあって。その違和感について相談がしたいんです」
「不自然?」
眉根を寄せる塔矢に、女子生徒がコクリと頷く。
「私はポーカーのルールがわからなかったんで、教えてもらいながらずっとゲームを観戦してたんです。それでゲームを覚えるために、勝ち負けのカードだけ、スマホで記録を取ってたんですけど……後で見返したら、なんかおかしくって」
見せられた約百十七ハンドの記録は、お世辞にもまとまっているとは言いがたかったが、ショーダウン時の勝利プレイヤー名とそのハンドだけはしっかりと記録されていた。
そのあからさまな結果は一目見るだけでも分かるくらいだったが――女子生徒が口にすることで、疑惑はもはや確定となった。
「手札にエースが二枚も来るのって、こんなに多いものですか?」
全百十七ハンド中、梨木田にポケットエースが来た回数は実に十二回。
約十%の確率。
それは、異常と言って良い確率だった。




