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054 : ノブレスオブリージュ

待ての勇者と急ぎの姫騎士


054 : ノブレスオブリージュ





 テントを畳み、トイレを収納する。


 

 どう慰めたらいいのかと心配したんだけど、ヒルデはいつもの通りだ。


 戦士としての戦乙女の矜持なのか、人の上に立つ姫騎士としての誇りなのか。


 ちょっと痛々しいんだけど、下手な慰めはかえってヒルデを傷つけてしまうだろう。


 だから普通にする。


「ノブレスオブリージュでございますね……」


 準備が整い、先頭に立とうとするとエマがささやいた。「ああ」と小さく返すだけで、俺は前に進む。


 ノブレスオブリージュ、高貴なる義務。


 元はフランス語——高貴な身分を保障された者は、例え法律によって強制されていなくても、果たさなくてはならない義務がある——という道徳律というか行動規範だ。


 戦争が起これば、徴兵されなくても自ら志願する。災害が起これば身を挺して復旧救助の任に当たる。災厄から逃れるときも、女子供を優先し、たとえ命を落とすことになっても我勝ちに逃れたりはしない。

 タイタニックが沈むときに、幾人かの男たちが他者を逃すために自分たちを後回しにしたことや、船の楽団員たちが、沈みゆく船のデッキで、最後まで讃美歌を演奏していたとかな。


 営業で移動中、当て逃げの現場に出くわした。当てられた車の運転席でドライバーがぐったりしていて、少し行ったところで俺と先輩は車を止めて救助に向かった。

 いつもは、時間厳守の先輩、他に走ってる車も多く、警察もすぐ来るだろうに、わざわざ自分たちが向かわなくても……と思った。けっきょく警察に連絡して救急車が来るまで、ろっ骨を折ったドライバーを励まして遅刻してしまった。

 むろん取引先に電話は入れたし、向こうも「大変ですねぇ」とは言ってくれたが、街中での事故、わざわざ俺たちがという気持ちは俺にもあった。


「ノブレスオブリージュですね」


 そう言った俺の言葉には微妙に棘があった。他にいくらも車は走っていたしな。


「俺たちのは営業車だ」


 車のボディーには、そう大きくはないが社名とロゴマークが入っている。


「この時代、どこにでもカメラがあるからな」


 アッと思った。


 俺たちの前後にはいくらも車が走っていて、沿道の建物にも監視カメラがある。俺たちは必ず撮られている。


 そういうことか……後日受付の清水さんに話したら「営業車でなくても停まっていたわよ」と言っていた。



 エマが言ったノブレスオブリージュは、ヒルデの——旅の前衛として義務を果たそう——という気持ちを尊敬を籠めて言っているんだ。


 俺は、自然な形で前衛に出た。いっしゅん——え?——という顔をしたヒルデだけど、大人しく後衛に回った。


 

 しばらく行くと道は二つに分かれている。


 右 ⇒ 近道   左 ⇒ 遠まわり


 半ば埋もれた道しるべが簡潔に説明している。


「近道でいいよな?」


 そう聞くと、二人に異議はなく、俺たちは右を選ぶ。


「ちょっと待ってください」


 数十メートル行ったところで、エマが立ち止まった。


「埋もれたところに、まだ書いてあることがあります」


「そうなのか?」


 少し掘ってみると、右は『シュプルーデの浮橋』、左は『シュタイル峠』とある。


「橋と峠か……」


「峠には魔物がいることがございます」


「「ああ……」」


 これまでも、そういうところで出くわしている。つい昨日アキの偽者が出たのも微妙に街道の凹のところだ。


「よし、やっぱり右に行こう!」


 俺たちはシュプルーデの浮橋を目指した。


 

☆彡 主な登場人物


・鈴木 すずきすぐる    三十路目前のフリーター

・ブリュンヒルデ         ブァルキリーの戦乙女

・エマ              バンシーのメイド

・女神(甲と乙)         異世界転生の境に立つ正体不明の女神たち

・ハンス・バウマン        ズィッヒャーブルグのギルドマスター

・フンメル            西の墓地に葬られている一万年前の勇者

・カルマ             フンメルとパーティーを組んでいたエルフの魔法使い

・トルクビルト(工藤甚一)    ズィッヒャーブルグの幻影魔法士(娘:ビアンカ、カリーナ)

・秀を取り巻く人々        先輩  アキ(園田亜妃) 田中

・魔物たち            ガイストターレン 

   

 

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