表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/59

053 : ヒルデが盗まれたもの

待ての勇者と急ぎの姫騎士


053 : ヒルデが盗まれたもの






 浴衣姿のまま、抜身のエクスカリバーを構えて飛んで行った!


 ビシュ! ズバ! ズバズビ! ブン! ブブン! ザブン! バシャ!


 月明かりの街道、街道脇の薮、河原の岩陰、ヒルデがエクスカリバーをぶん回す音が続く。まだ遠くには行ってないだろうと、怪しいところを闇雲に打ったり切ったり掻きまわしたり。


「ヒルデさま……」


 痛々しそうに手を組むエマ。


 いま近づいたら切られかねない、収まるまで待っているしかない。歴戦の戦乙女、姫騎士のヒルデだ、無駄と分かれば戻ってくるだろう。


 それでも10分近く、さんざんにエクスカリバーを振り回し、浴衣の前をはだけさせて、やっと戻ってきた。


「ちょ、ヒルデさま!」


 エマが駆け寄って前を整えてやるのも上の空、岩に腰を下ろしたきり俯いてしまう。


「……いったい、何を盗られたんだ?」


 隣の岩に腰かけて、失意の戦乙女に尋ねる。


 ズチャ!


「ちょ、危ない!」


「これで、わたしを切ってくれ!」


「あ……ああ、俺はアーサー王じゃない」


「それなら、ミョルニルのハンマーで叩き潰してくれ!」


「ここまで凹みきった奴をどう叩けって言うんだ」


「そうでございます、ヒルデ様、エマはバンシーでございます。家事妖精でございます。家族の不幸を黙って見ているようなことはできません。家が不幸になればバンシーは存在できなくなります」


「そうだ、俺たちはパーティーの仲間なんだ。困ったことがあったら助け合うのが当たり前じゃないか」


「そうでございます、家族でありパーティーの仲間なのです、力にならせてくださいませ」


「ヒルデ」


「ヒルデさま」


「…………すまん、取り乱してしまった」


 とりあえずエクスカリバーを鞘に納めるヒルデ。だが、ストレージに収めることはせずに、大剣の柄に額を押し付けるようにして、ようやく語りだした。


「あいつが盗んでいったものはブァルキリーの名簿なんだ」


「ブァルキリーの……」「名簿……」


「姫騎士としての私の任務は戦で戦死する兵士を選ぶことなのだ……」


「戦死者を」


「ああ、それを書いた名簿はブァルハラの父に届ける」


「ヒルデの父親……主神オーディンのことか?」


「ああ、父は、その名簿をもとに戦死した兵士を蘇らせ、ブァルハラにいざなって、長年の戦い、苦労に報いるのだと言っていた。そのために、ブァルハラには壮大な宴会場が設けられ、幾千人ものニンフや女神が戦死者たちをもてなし慰める。宴に疲れたら、これも壮大幽遠の園で幾時間幾日でも休み、やがては永遠の安息を得る……そういうものだと、子どものころから思い、この戦死者を選ぶ任務を光栄なことと思っていた」


「……違ったのか?」


「ああ、わたしが選んだ戦死者はブァルハラに招かれる……そこまでは、父の言葉に嘘はない。ブァルハラの宴会場、幼い私は立ち入ることを許されなかったが、いつも、楽し気な歌や戦士たちの喜ぶ声が聞こえていた、遠目に見る幽遠の園ではニンフや女神たちに膝枕してもらっている戦士たちが見えた。戦で失った手足も元に戻って、潰れた目や耳も元の機能を取り戻していた。だから、16の歳で戦死者を選ぶ任務を任された時は、やっと、わたしも、このブリュンヒルデにも女神らしい救済の仕事ができると喜んだものだ」


「……違ったのでございますか?」


「戦士たちは……ブァルハラで休息したあとは、幽遠の園で眠りに落ち……ラグナロク、最終戦争の兵士として送り出されるのだ。戦士たちはほんのひと時の休息を与えられただけで、果ても終わりもない永遠の戦いに駆り立てられるのだ……だから、わたしは名簿を持ってヴァルハラを逃げた。永遠に終わらない戦いなど地獄と変わらんからな」


「それで、リアル日本のコスプレに……」


「ああ、レイヤーたちの情熱とスキルはわたしを隠してくれた。ちょうど『漆黒のブリュンヒルデ』がブームで、日本中、いや世界中、身を隠すところには事欠かなかった」


「…………」


「……その名簿は魔王でも開くことができるのでございますね」


 俺が躊躇っていることを、エマは真正面から尋ねた。


「おそらくは……魔王の手先に使われるなんて、ラグナロクに駆り出されるよりも残酷なことだ」


「……そうか、そうだったのか……」


 エマの言葉に続こうとしたんだが、言葉が出ない。


「卓球をやって、また汗をかいてしまいました。もう一度温泉に浸かりましょう」


「…………そうだな。ありがとうエマ」


「いいえ、ウンターヴェークスの温泉は入った気がいたしませんでしたから」


「ハハ、そうだったよな」


「あ、スグルさまはダメでございます」


 そう言って、エマが指さした脱衣所には『女子の時間』という札がかかっていた。




☆彡 主な登場人物


・鈴木 すずきすぐる    三十路目前のフリーター

・ブリュンヒルデ         ブァルキリーの戦乙女

・エマ              バンシーのメイド

・女神(甲と乙)         異世界転生の境に立つ正体不明の女神たち

・ハンス・バウマン        ズィッヒャーブルグのギルドマスター

・フンメル            西の墓地に葬られている一万年前の勇者

・カルマ             フンメルとパーティーを組んでいたエルフの魔法使い

・トルクビルト(工藤甚一)    ズィッヒャーブルグの幻影魔法士(娘:ビアンカ、カリーナ)

・秀を取り巻く人々        先輩  アキ(園田亜妃) 田中

・魔物たち            ガイストターレン 

   

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ