046 : トルクビルトの正体
待ての勇者と急ぎの姫騎士
046 : トルクビルトの正体
「高校二年の春、きみに野球部を勧めた男がいたろう……」
「あ!?」
思い出した!
カキーーーーーン!
五月の空に高く上がった白球が思い浮かんだ。
「体育の教育実習に来ていた卒業生!」
「そうだ、かれこれ13年だな」
現役のころは野球部のエースだったという実習生は「しっかり球を見て捕るとことが大事だ」と言って、フライばかりを打って生徒に捕らせていた。
フライばかりだから、ゆっくり落ちてくる所を見極め、隣り合う仲間に——俺が捕る—お前が捕れ——というコミニケーション、そして、確実にボールを取れるフォームで捕球。
都立の狭いグラウンドという制約もあったけど、確実にボールを捕れることが野球の要諦だと言っていた。投げる打つ走るは、その後の訓練でいかようにでも身に着く。変な教え方だと思ったが、じっさい社会に出てみると、この確実に球を捕るということが大事だと思い知った。その捕球の姿勢がいいというので、俺に野球部を勧めたんだ。
そのくせ、この実習生、打たせても走らせても群を抜いていた。ボールを捕ることはもちろん、ボールを投げさせると、変化球の多彩さは、昔の野球漫画のヒーローのようだった。現役のころは魔球の工藤と呼ばれて……そうだ、あの探偵アニメの主人公と紛らわしい工藤甚一!
「思い出してくれたか」
「お前たち仲間だったのか?」
怪訝なヒルデに簡単に説明してやる。「ほう」と感心はするが警戒を緩める様子はない。この世界で工藤がやったことやろうとしていることは、五月の空に打ち上げた白球とは似つかわしくなさすぎる。
「で、先輩はどうしてこの世界に?」
「おそらく、君と事情は変わらん。ただ、君よりはずいぶん前の時代に飛ばされたんでな、結婚もし子供もできて、二度目の魔王討伐に出ることになってしまった」
「娘さんたちが心配していましたよ」
「……知っているのか?」
「ええ、ズィッヒャーブルグの北、ズィッヒャー川で……」
ビアンカとカリーナの話(018:幻影魔法の姉妹)をしてやると、さすがに俯く。
「先輩、二人のところに帰ってやってください」
「ああ……そうしてやりたいが、そうもいかん……」
「え、なぜですか」
「ウ……なにか来るぞ!」
ソードの柄に手をかけるヒルデ。俺も倣って剣に手をかけて目を向けた先、ピッチャーマウンドにここのところご無沙汰の姿が現れた。
「「め、女神!?」」
いや、違った。
姿かたちはあの女神にそっくりだが、表情が違う。
「しくじったようですね、せっかくトルクビルトの名前をあげたのに」
ウ……声はさらにちがう。あの女神が初夏に入りかけの春だとしたら、この女神がまとっている空気は小氷期と祖父さんが言っていた昭和の冬のようだ。
「仕方がない、また一からやり直すか……」
「そうですか、*****の道は選ばないんですね」
「あきらめの悪い性格なんでね」
「……分かりました」
そう言って魔法をかけるように、あるいは解くように指を上げ、クルリと回してからフリーズした。
「トルクビルト、あなた年齢操作の魔法を使いましたね……」
「あ、ああ、ちょっとね」
そうだ、老人と老婆を若返らせて俺たちに立ち向かわせたんだ。
「それは解呪されているけれど術はまだ生きている……でも、仕方ない、もうここでのあなたの籍は抜いてしまいましたからね……」
女神が小さくため息をつくとトルクビルトの姿が消え、それに続いて女神も消え、俺とヒルデは露天風呂に戻った。
☆彡 主な登場人物
・鈴木 秀 三十路目前のフリーター
・ブリュンヒルデ ブァルキリーの戦乙女
・エマ バンシーのメイド
・女神 異世界転生の境に立つ正体不明の女神
・ハンス・バウマン ズィッヒャーブルグのギルドマスター
・フンメル 西の墓地に葬られている一万年前の勇者
・カルマ フンメルとパーティーを組んでいたエルフの魔法使い
・トルクビルト(工藤甚一) ズィッヒャーブルグの幻影魔法士(娘:ビアンカ、カリーナ)
・秀の友人たち アキ 田中
・魔物たち ガイストターレン




