031:ガイストターレン・3・わが谷は緑なりき・1
待ての勇者と急ぎの姫騎士
031:ガイストターレン・3・わが谷は緑なりき・1
「魔石を取りそこないました」
「いいではないか、そんな暇はなかったしな」
「そうさ、魔石、字を変えれば間石、間の石。事の間に取ればいい石だ」
「間に取る石でございますか?」
「うん、さっきは、そんな間もなく谷が深くなってしまったんだ。仕方ないさ」
「そうですか……そうでございますね……」
「ちゃんとポーションをくれたしな、エマはヒーラーとしてもメイドとしても及第点であろう」
「そうでございますか?」
「ああ、そうさ。そういうことを気遣えるエマは、かわ……変わらずに、うん、変わらずにいてくれればいい」
「フフ、スグル、かわいいと言おうとしただろう」
「ち、ちが(;'∀')!」
「アハハ、顔が赤いぞぉ」
「ヒルデ!」「もう、ヒルデさま」
「アハハハハ(ᵔᗜᵔ*)」「ウフフ( ´艸`)」「アハハハ(ᵔ▢ᵔ)」
…………なぜだ?
ガイストターレン(幽霊谷)に踏み込むや、何千、何万というスライムやアンデッドに襲い掛かられ、それを辛くもうち平らげた。と思ったら、ポーションを飲み切る間もなく谷は水を抜いたマリアナ海溝のような深さになった。
命綱が切れた潜水夫のように絶望の底に叩き落された。『谷』というのは塞ぎ潰されたみたいな字だけど、下のところに口が隠れている。そこから吹いてくる風を頼りに進めば開けてくるはずだ……。
営業の先輩が言っていたゲン担ぎをか細いバネに歩き始めた。
歩くにしたがって、その先輩のあれこれが思い出される。
先輩は、俺が入社した時、新品の靴を履いていた。
「いやぁ、僕も心機一転、君たちに倣って歩いていこうと思ってねえ(^▽^)/」
胸を張る先輩に——よし、頑張ろう!——と思ったものだ。
その靴を脱いで、事務机に向かって日報を書いていた先輩。置いたお茶に「ありがとう」と手を伸ばして靴を蹴飛ばした。拾って揃えてあげると、靴のカカトは半分以下に擦り減っていた。
「いやあ、すまんすまん(^^;)」
先輩は気づかないふりをして、溜まった日報を書き続ける。
気づくと先輩は鼻歌を口ずさんでいた。
君は行くの~か~ そんな~にして~まで~(^^♪
聞き覚えのあるフレーズに、ああ……と思った。古い曲なんだろうけど聞き覚えがある……高校生の頃、おふくろがつけていたテレビから聞こえていた。なんとかいうテレビドラマの主題歌。『君は行くのか』でググってみると、60年代のドラマをリメイクしたTVドラマの主題歌だと分かる。
君は行くの~か~ あても~ない~のに~(^^♪
鼻歌は二番になって、締めくくりのフレーズは先輩の靴のカカトと重なってペーソスとアイロニー。
仕事はきつく、成績も上がらない。それでも先輩は明るかった。
『先輩、いつも明るいっすね』
『そうかい?』
『ええ』
『でもさ——明るさは滅びの徴——とも言うぜ』
『え、ああ、右大臣実朝ですか』
『ほお、鈴木君は太宰を知ってるんだ』
『あ、たまたま。いちおう文学部でしたから』
『そうかあ、そのあとのフレーズ知ってる?』
『ええと……人も家も暗いうちは滅びはせぬ……でしたっけ?』
『そうそう、社長も重役連中も暗いから、うちは大丈夫さ』
『あ、はあ……』
『あ、あははは、太宰を気取ってるわけじゃないからね、僕のは性分なんだ性分』
え……なんで思い出したんだろう?
あらためて周囲に目をやると、マリアナ海溝を思わせるような険しさを残しながらも、谷底は広くて明るい。
最初は10メートルほどしかなかった横幅も数百メートルになり、道の両側は草むらの中に花が咲いて、向こうには小金の麦畑さえ見えてきた。風車や家々も、その向こうに見えてきて、谷底だということに目をつぶればちょっとした桃源郷。
すると、風に乗って歌声が聞こえてきた。きれいなメゾソプラノで。
君は行くの~か~ そんな~にして~まで~(^^♪
☆彡 主な登場人物
・鈴木 秀 三十路目前のフリーター
・ブリュンヒルデ ブァルキリーの戦乙女
・エマ バンシーのメイド
・女神 異世界転生の境に立つ正体不明の女神
・ハンス・バウマン ズィッヒャーブルグのギルドマスター
・フンメル 西の墓地に葬られている一万年前の勇者
・カルマ フンメルとパーティーを組んでいたエルフの魔法使い
・秀の友人たち アキ 田中




