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達人たちの間

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、こいつなら絶対に負けないというもの、持っているかな?

 いや、ないと思ってくれてもけっこう。なにも大勢に大っぴらにできるものばかりとは限らないしな。しかし、実際にはみんなにナイショにしていながらも、技量に自信があるものないかい? ときに、それで自分の腕を確かめて「うひょー! やっぱ俺、わたしってば天才! 最強!」と悦にひたることは?

 なに、恥ずかしがることはない。それが今日を、明日を生きる支えとなるならば、立派な役割を果たしているだろう。いかな可能性も、生きていてこそ生まれてくるものだからね。


 その楽しみが、自分にとって都合のいいことばかりを招いてくれたらいいのだけど、そうともいかないのが世の中にはたくさんある。

 ひとつ、私が以前に体験した話、聞いてみないかい?


 私は小さいころ、米粒を丸めて飛ばすことが好きだった。

 なにかをこね回す、というのはみな小さいころから粘土などを通し、触れることがあったと思う。

 中には手が汚れたりして、面白さを覚えないという意見もあるかもしれない。しかし、私はこのこねるという作業に、不思議な魅力を覚えたんだ。

 特に丸めることにはまった。四角く平べったりしていた形が、いざ手の中でこね回していくと、角が全て取れた丸型に落ち着いていく。それが幼心に奇妙で、関心を持つことになったんだよ。


 そして、その影響がご飯粒にも及んだわけだ。

 楕円形のジャポニカ米も、いざ茶碗によそられて食べるときには、容易に形を変えられるほどふやけている。そのうちの粒を手に取り、くにくにと丸めていきたい衝動を私はおさえられなかった。

 粘土などは工作用の板や新聞紙たちの上といった、大々的な準備のもとでいじるのが、当時の私の常識。しかし米粒サイズならば、それらを必要とせずに指先だけでどうにかできる、というのが大きなメリット。私が米粒を好んで丸め始めるのに、そう時間はかからなかった。

 とはいえ、興味が先行してもそれを親がいい顔するかは別問題だ。

 食べ物で遊んではならない、とは多くの人が注意されたことだろう。それを作ってくださった人、それに宿る神様のことを考えたら、そうも愚弄するような真似は失礼にあたると。


 大人になればごもっともな理屈でも、子供にとってはうっとおしい度合いが大きくなりがち。

 私は食事の後、こっそり米粒を親に見えない身体のどこかしらにくっつけ、自分の部屋へ持ち帰り、それを丸めて遊ぶようになっていたんだ。

 いくら入念に洗ったつもりでも、手には汗や脂がにじんでくるもの。こねているうちに、米粒はやがて灰色に汚れていき、消しカスや鼻くそを思わせるようなかっこうに。

 そうなると、子供心にはますます火がついてしまって。それを指でぴんぴん飛ばして遊ぶようになっていたんだ、私は。

 自分の部屋の中でのことだし、家の人が寄ってくる気配がしたら片づければいい。ブツは小さいから、隠ぺいには苦労しない。


 ほぼ毎日のように、米粒とばしをしていた私。

 そのうち、米粒が届く範囲であればほぼ狙い通りの位置へくっつけられるようになっていたんだ。

 床、柱、天井……どの角度、どれほどの力加減ではじけば、そこへ届いてくっつくか。

 自分の手足と同等、いやそれ以上にうまいと私は思ったよ。野球のノックをする場合でも狙った通りの場所へ打ち出せるとは限らない私だが、この米粒飛ばしは百発百中の腕前だった。


 ――これ、この世で自分が一番うまいんじゃね?


 私は不遜にも、そのようなことを考え出すに至った。

 もし世界中を探すことができたなら、上には上がいることを悟ることができたかもしれない。このように、他愛ないスキルだったとしてもだ。

 しかし、この限られた空間の中で続けられる一人きりのお遊戯は、私を増長させるに十分だった。手前味噌というのは、自分好みの味にし放題だからねえ。


 そうおごりつつあったある日。

 いつものように米粒をこねていた私だが、ふと耳に聞きなれた羽音が飛び込んできた。

 蚊のものだな、とすぐに見当がついた。

 そっと部屋を見回してみて、影を探ってみる。ほどなく目の前を横切る姿が見えたが、すぐにこちらの肌へくっついては来ず。部屋の柱の一本、その中ほどへ着地した。

 私の肌のどこかしらに着地したなら、即始末に動いていただろう。しかし、あえて私の視界にとどまり続けているなど、挑発行為にしか思えなかった。


 試してみるか。

 そう丸めていた米粒をはじくための準備を整えるのに、時間はかからなかった。

 これまでは静止物ばかりを相手にしていた。動くものに対しては試していない。飛行中ではないものの、最初の獲物としてはちょうどいい。

 親指の腹に丸めた米粒を乗せ、人差し指で一気に放出。さほど狙いをつける時間はかけなかった。これまで幾度とない投石ならぬ投米により、感覚はつかめている。それに任せた一射だったよ。

 米粒はあやまたず蚊に命中した。粒そのものは蚊の図体をひと回りは越えており、まず潰されるのは避けられないだろう。飛んで逃げる様も目撃していない。

 いよいよ、私の技もきわまったか……と、ひとり悦にひたっていたのだが。


 米粒が不意に離れたかと思うと、私へ向かって飛んできたんだ。

 回転しながら迫る米粒は、私自身が油断していたこともあって、口の中へ飛び込んでしまう。飛んでくる最中、米粒に埋まっている蚊の姿がわずかに見受けられたよ。

 とっさに吐き出そうとしたけれど、出てくることはなく。ならば押し流そうと水などをがぶ飲みしても効果はなく。それから数日間、ずっと喉の奥にものが引っ掛かっている違和感と戦い続ける羽目になったよ。

 四六時中、邪魔をされ続けるのは不快の極みで心をやられる。「あんなこと、しなけりゃよかった」と、時間とともに後悔の念が膨らみだしたところ。

 ふとしたゲップのときに、口の中からあの蚊の身体が飛び出してきてね。喉の奥がすっきりしたんだ。

 驚くべきことに蚊は生きていてね。出てきた直後から飛び立ち、かなたへ去っていってしまったんだ。

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