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第八話 『二人目の疑問を持つ生徒』




「……酷い」


 顔は見えない。

 だが、涙声でなんとなく石母田がどんな顔をしているか想像がつく。


「察してるだろうが、親は俺の味方をしなかった。信用すらされなかった。ガキの嘘だって、担任が正しいってな」


 教師が絶対正しいなんて、そんなのは根底から間違ってる。

 あいつらだって、元は生徒って立場にいたんだ。どれだけ勉強して、試験受けて、教員免許取ったからって根っこの人間性が腐ってたらそれまでだ。


「地獄の日々が始まってからは、真顔でいるだけで不貞腐れてんのか? とか言われて廊下に出されたり、学校に来たら机が無くて、お前はもうクラスメイトじゃないだろとか言われたりしてきた。席替えした時にコの字型に座席を並べて、俺の席をコの内側にして被告人席とかやられたりもした」


 あぁ、思い返せば思い返すほど、地獄しか浮かんでこない。


「俺の周囲から、友人は一人残らず離れていった。俺と一緒にいれば同じ目に遭う可能性があると思われてな。それからは、無理やり気持ち悪く笑顔を作って真顔でいないようにしたり、クズ教師の雑務を全部手伝ったり。俺が地に落とされたのは、今に始まったことじゃなかった。ーー七年前のあの日から今まで、地に落ち続けたままだった」


 元に戻った気でいた。

 小四までの何でもできて誰にでも好かれる自分に。でも、今ならわかる。

  俺は元に戻ったんじゃない。

 ――七年前の自分を、演じていただけだった。


「じゃあな。……あ? まだあるのかよ」


「どうして、わたしに話してくれたの?」


「それは……」


  確かに、何で俺はこの女に惨めな過去を話した?

 友人でもない、ただのクラスメイトで隣の席ってだけの関係だ。それに、騙されてる可能性だってあるんだ。


「わたしは、新崎くんの全てを信じて、受け止める。少ししか関わったことはないけど、遠くから新崎くんのことを見てた。本当に輝いてて、わたしなんかとは全然違う人だった。そんな人が嘘の理由で嫌われ者になるなんて――絶対に間違ってるよ!」


「……ぁ」


  誰かに疑問に思ってほしかった。七年前のあの時も、今回も。

  でも、そんな奴はいなかった。いつだって孤独で、助けてもらえると信じていた親にさえ信用されなくて。

  もしかしたら、俺は石母田の「助けさせてほしい」という言葉に――救われた気になったのかもしれない。


  石母田は俺が突然起こしたとされる事件に対して疑問に思って、人目も気にせず俺の手助けをしてくれてた。この先、自分も俺と同じ状況に置かれる可能性があるのによくやるよな。

  救われたかった、助けてほしかった。


 誰かに違うって、そんなことする奴じゃないって、否定してほしかった。俺の過去を聞いても、逃げずに受け止めてほしかった。


  俺が大切にしていた友人にすら信用されず、離れていかれたのに、ただ同じクラスの隣の席って関係だけの石母田が、俺を信用し全てを受け入れてくれると言ってくれた。それだけで十分だ。

 深い関係じゃない俺に、そこまでできるんだからな。


 どうしてと、聞かれた。そんなの、一つしかない。


「――お前が俺を、信用してくれたからだ」


  三分ほどの沈黙を経て、俺は石母田の質問への返答をした。そして俺は、石母田の方へと振り返った。

 土砂降りの雨に打たれて全身ずぶ濡れだった。それでも、泣きながら笑っていることはわかる。


「まともな学校生活は送れなくなるぞ」


「新崎くんが一緒なら大丈夫だよ」


「本当に、お前馬鹿だろ……」


「……えへへ」


  地に落とされた俺に手を差し伸べる人間なんて、一人もいないと思っていた。

  落とされて、自分からも深く落ちて、心を黒く染めていった。

 だけど、石母田のお陰でひとまずは踏み留まることができそうだ。


「じゃあな」


「え、えっと!」


「これ以上は体調を崩すからさっさと帰りたいんだが」


「その、えっと……良かったら、わたしの家に来ない?」


「断る」


「その、ここから近いからすぐ着くよ? 新崎くんも雨ですごく濡れてるし、今から時間かけて帰る方が風邪引くと……」


「言葉が足りなかった。俺の話が学校全体に広まってるのは生徒の親も絡んでるからだ。お前の親も、当然知ってるはずだ。捏造で面倒事にはされたくない。だから、お前と話すのは一旦後だ」


  親が介入されると余計な問題に発展しかねない。人の家に行くなんてもってのほかだ。


「お母さん、今日夜勤で家に行なくて、お父さんも出張だから……」


「……なんでそんなに俺を家に上がらせたいんだ?」


「べ、別にそういうわけじゃ、なくて……」


 ……はぁ。断っても何かしら理由付けて引き下がらなそうだし、仕方ないか。


「……わかった」


「じゃあ行こ!」


 石母田は、何故か満面の笑みで早歩きに自分の家へ歩き始めた。




 ■■■■■■■■■■■■■■■■




  石母田の家は、二階建ての建物だった。


「待ってて、すぐタオル持ってくるから」


 そう言って、石母田は先にタオルを取りに家の奥へと走って行った。


  にしても、かなり玄関広いな。天井も高い。俺の家とは大違いだ。


「……どうぞ」


  タオルを受け取り、俺はずぶ濡れの全身を拭く。


「ん」


「リビングはこっちだよ」


  タオルを返し、俺は石母田について行った。玄関入ってすぐ右に曲がると、正面にリビングと思われる部屋が視界に入った。


  ……玄関の時点で察してたが、こいつの家かなりデカいな。


「お前の家、吹き抜けなのか」


「うん。お父さんが上にいても下にいても、いつでも顔が見えるようにって」


  ……なんだよその理由。


「随分と家族仲が良いんだな」


「えっと……うん、良い方だよ」


  なんか引っかかる返答だな。

 興味ないし余計な話されて帰宅時間が遅くなっても面倒だ。聞かないでおくか。


「お風呂は左奥の扉入ったら脱衣所があって、その奥にあるよ」


「ああ」


  いや待て。


「風呂に入るのはいいが、服はどうすればいい? またずぶ濡れの服着たら意味ないだろ」


「あ! えーと、ごめんなさい……お父さんの服急いで探してくるね!」


  二分と経たない内に、石母田は稲妻マークの入った服と、ジーパンを持って来た。


「……ごめんなさい。お父さんがあんまり着ない服はこれしか無くて……」


「別に構わない」


  石母田が持って来た石母田の父親の服を受け取り、急いでシャワーを浴びに行った。


  シャワーを浴び終え、脱衣所で石母田に渡されたタオルで体を拭き、石母田の父親の服に着替えてリビングへ戻った。


「じゃあな」


「もう、帰るの……?」


「当たり前だ。クズ親になんか言われても面倒だ」


「ご飯だけでも……」


  なんでそんな悲しそうな顔するんだよ。にしても、飯か。


 地に落とされて、再び母親に信用されなかった俺は、母親の作る飯の味が全て不味く感じていた。

 停学明け直前まで吐き気がしていたほどだ。


「帰ってあの女のクソ不味い飯を食うぐらいなら、食べて帰った方がいいか」


「――! あ、わたしも着替えてくるね……ごめんなさい新崎くん……ちょっと待ってて」


  俺は椅子に座らされ、二階へ着替えなどを取りに行った石母田を待った。

 

「静かなのか騒がしいのかどっちだよ……」


  家の中を見回す。

 何度見ても広い家が羨ましく感じた。何より親と距離をとれるのが羨ましい。狭い俺の家じゃ、部屋に籠るくらいしか親と距離をとる手段はないからな。


「ん?」


  視界に、棚の上に置かれた一枚の写真立てが入る。写真の中には、恐らく小学生くらいの石母田とその父親――、


「母親がいないな」


  その写真に、母親は写っていなかった。家の中を再び見回すが、写真はこの一枚だけ。


 こんな目立つところに置いてるのに、なんで家族二人だけの写真なんだ? 羞恥心でもあるなら、そもそも写真すら置かないはずだ。


『随分と家族仲が良いんだな』


『えっと……うん、良い方だよ』


  さっきのはそういうことか。父親とは仲が良いが、母親とは不仲。あいつもそれなりに面倒を抱えてるのか。


「……少し遅くなっちゃった」


「問題ない」


「……ぅ」


「何突っ立ってる」


「パジャマで誰かと会うの初めてで……その、少し、恥ずかしくて……」


 石母田の現在の服装は、キャミソールにモコモコのパーカー、そしてモコモコの短パンといったものだった。


「恥ずかしがる意味がわからないんだが。パジャマなんて、誰でもそんなもんだろ」


「……それなら、よかった」


  石母田は恥ずかしがりながら台所の前に立った。袖を捲り、髪を結び、夕食を作り始めた。

 部屋中には香ばしい香りが漂い、食欲がそそられる。


「……口に合うかわからないけど」


「飯を作って貰っただけで十分助かってる」


  白米、ポテトサラダ、そして鶏肉炒めが並べられていた。最近ろくな飯を食えていないのもあってやたらと空腹感が高まる。

 俺はまず、鶏肉炒めから手を付けた。


「美味いな」


「良かったぁ……!」


  久々に美味い飯を食ったな。

 続けてポテトサラダも食べたがかなり美味かった。そして、勢いよく口の中に飯を入れ、俺はすぐに完食した。


「久々に食べ物が美味く感じた。俺はそろ……」


「どうしたの?」


「――色、が」


  食事に夢中で石母田の方を一切向いていなかったが、食事を終え、石母田の方を向いて、俺は驚愕に目を見開いた。

  ――石母田だけ色がわかる。


 周囲を見渡しても、依然として白黒のままだ。しかし、石母田の姿だけは、白のキャミソールに『ピンク』のパーカー、『薄ピンク』の短パン。そして、長い『茶色』の髪。


「色?」


「俺は地に落とされてから今まで、色が認識できなくなってた」


「そうだったの……⁉︎」


「あぁ。だが、なんでかわからないが――お前だけは、色がはっきりとわかる」


  理由は、さっきの土砂降りの雨の中での石母田からの言葉か? いや、俺は別にこの女を信用しきったわけじゃない。他の奴よりは信用できるとは思っているが。


「病院に行った方が……」


「そんな金はない。そもそも、クズ親も俺が病気になろうもんなら放置して死なせた方がマシとでも思ってるだろうしな」


  俺は玄関まで行き、靴を履いて、一度石母田の方へ振り返った。


「邪魔した。飯は助かった」


「あのっ!」


「あ?」


  扉に手をかけた直後、石母田に呼び止められた。


「また、いつでも来てね。……それと、わたしに力になれることがあれば、手伝わせてね」


「あればな。服は明日返す」


「うん。気をつけてね」


  笑顔で石母田は応えた。そして、俺は石母田の家を後にした。




 ■■■■■■■■■■■■■■■




  俺が教室へ入ると、石母田が倒された俺の机と椅子を直していた。


「え? 何してんの?」

「そういや前もやってたよな石母田さん」

「同情とか?」


  ……やっぱりこうなったか。

  いじめられてる人間は存在自体を否定される。だがそれは、いじめられてる人間を助けたり、仲良くしたりしてる奴らも同じだ。


 例えるなら、ウイルスみたいなものだ。

 感染力の強いウイルス所持者に濃厚接触をすれば、濃厚接触者は即座に感染する。石母田は、正にその状態だ。

 俺という存在に接触したことで、周りからは変な目で見られている。


  俺は石母田のところへ行って声をかけた。


「机ぐらい自分で直せる」


「あ、おはよう新崎くん……」


 机と椅子を直して、石母田は立ち上がって俺に挨拶をしてきた。

 教室内の視線が鬱陶しいな。ひとまず座っておくか。


 俺が椅子に座ると、石母田も同じく椅子に座った。依然、ざわついたままで視線も教室内の半分がこちらへ向いているが、立ったままでいるよりかはマシだ。


「……おい」


「え……?」


 周りに聞こえない声で、俺は石母田に声をかけた。


「さっきのは目立つから辞めろ。お前、既に二回以上俺の席を直してるところを見られてる」


「……」


「後でアホ共に呼び出されて、言いがかりつけられて、集中砲火喰らいたくなかったら辞めろ」


「……うん……気をつける」


  石母田は俯きながら、小さく返事をした。


 

 四時間目になり、体育の授業が始まった。一通り体操終え、授業内容がハンドボールであることが伝えられた。


「二人組を作れ。まずは、数分間キャッチボールだ。その間に投げ方については指示する」


 周囲の奴らは続々と二人組を作っているが、当然俺

 にはいない。

 男女別じゃなければ石母田が来ただろうが、元からクズ教師の授業なんか受けたくなかったのでどうでもいい。


  やることもなく暇になり、俺は昼食を摂る際に新しく利用し始めた東棟一階に向かった。


「……はぁ」


  なんで俺が、こんな目に。心底疲れる。

  俺はポケットに入れてあったスマホを取り出し、世間のニュースを見ながら時間を潰すことにした。


「――あ、いた」


  クソッ。違う場所に行くか。


「ちょちょ、待って!」


「―――っ」


「いやさ、俺とペア組んで……」


「断る」


「成績とかにさ……」


「わざわざ冷やかしに来るぐらいなら、別のことにその労力を使ったらどうだ?」


  成績とかいってきたが、そもそもお前もここにいる時点で成績に影響でるだろ。見え見えな冷やかしにいちいち付き合ってたらキリがない。

 さっさとこの場を――、


「ごめん、遠回しに言って」


「――――」


  立ち去ろうとした直後、俺は突然謝られて思わず足を止めていた。


「話は周りから聞いてるよ。その、三芳とのこと……」


「――――」


「――俺は最初から、何か変だなって思ってたんだ」





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