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第六話 『──助けさせてほしい』




 その後も俺は、酷い目に遭わされ続けていた。


 背中に黒板消しを投げつけられたり、頭からバケツの水をかけられたり、上履きを切り刻まれていたり。もちろん、暴力だって何度も振るわれていた。

 俺が何をした? 理不尽で全てを奪われて、この先どうすればいい?


 考えても答えは出ない。出るわけがない。

 地に落とされた俺にできることなんて、何一つないと知ってるからな。




 ■■■■■■■■■■■■■■




 学校が終わり、俺は駐輪場へ向かった。

 丁寧に扱っていた自転車は、毎回倒されていて、今は何年も使用したかの様なボロボロな状態になっている。

 いい加減乗れなくなりそうだな。疲れるが、徒歩で行くしかないか。


 電車に乗れば必ず知り合いに出会すし乗りたくない。

 どうせ、遅刻してもしなくても酷い目に遭う。遅刻なんてどうでもいい。


「あ?」


「あ、新崎くん……自転車倒れてたから治しておいたよ」


 俺の自転車の前に、下を向きながら石母田が立っていた。


「そうか。邪魔だ」


「あっ、えっと……」


「なんの細工したか知らないが、目障りだから消えろ」


「わたしは、何も……」


 何か言いかけたみたいだがそんなのはどうでもいい。興味もない。聞きたくもない。

 俺はペダルに足をかけ、帰宅しようとして――違和感に気づいた。


「クソッ、チェーンが壊されてる。お前っ!」


「わたしじゃ……!」


 俺は石母田の声など無視して、自転車を無理やり引きずりながら門を出た。

 ――本当に、俺はいつ報われるんだよ。




 ■■■■■■■■■■■■■■■■




 学校に着いて下駄箱を見ると、俺の上履きが無かった。


 二週間で十足も買い直してるのにまたかよ。こんなことのために貯金してた覚えはないんだが。


 必ずまた上履きに何かされるだろうと想定して、予備で持ってきておいた新しい上履きを履いて教室へ向かった。


「うーわ」

「気持ち悪ぅ」

「うせろよ」


 あ?


「こっち見てきたんですけど」

「やだ! 目あっちゃったよ!」

「何見てんだよ」


 一組、二組、三組の前の廊下で、俺を見て聞こえるように悪口を言う奴らにガンを飛ばした。

 当然、見られたことにキモがられた。

 それでもイラつくから、反射で睨みつけてしまう。

 自身の八組の教室まで、複数の生徒の罵詈雑言を聞きながら廊下を歩くのも日常茶飯事になってしまっている。


 八組の教室に入ると、騒がしかった教室内が一瞬にして静脈に包まれた。


 ……校長のつまんない話の時ぐらい静かになるなこいつら。


 俺は自分の座席に腰を下ろすと、教室内の視線は俺に集中した。何かわからなかったがすぐに理由が発覚した。


「死ね」「クズ男」「お前がボコボコにされろ」など、俺の机に油性ペンで大量の罵詈雑言が書かれていた。


「アホくさ」


 やってることが幼稚すぎてつい口に出してしまった。

 こんなことを書かれたところで俺は動じないし気にもしない。傷つきもしない。


 何事もなかったかのように、俺は持ってきた荷物を机の中にしまっていく――前に机の中に何十枚も重なった紙の山があることに気がついた。

 一度荷物を机の横にかけてから、机の中の紙が何かを確認することにした。


 どうせ机に書かれたことと同じことだろうと思っていた。だが、全く異なるものだった。

 地に落とされてから、俺は教師からの配布物の一切を渡されていない。学校行事のことや保健便り、数学での計算プリントや国語の物語の解説の書かれたプリントなど、全て俺の手元にはなかった。

 ――だが、今俺の手元にその全てのプリントがある。


 俺がプリントの一枚一枚を確認しているうちに、教室内は再び賑やかになっていた。


 何故渡されていないはずの配布物ががあるのかを考える。そして、すぐに結論に至った。

 昨日、学校内の駐輪場で、俺は倒れている自転車を直している石母田智音に出会した。

 この配布されていなかった大量の配布物を、俺の机の中に入れたのが石母田智音による仕業である可能性が高いと考えた。


 理由はわからないが、ここ最近石母田と出会すことが多い。

 今まで、教室内でしか顔を合わせることがなかった奴だ。明らかに不自然すぎる。

 石母田は下を向き、膝の上で拳を強く握りしめている。

 俺が睨んでいることに気づいていないフリをしているのだろう。

 てか、誰がどう見ても今の石母田の格好は不自然だが。


 俺は敢えて何も言わず肘をついて、窓の外を眺めながらまた地獄の一日が終わるのをぼーっと待つことにした。まずは昼飯までだ。 



 ■■■■■■■■■■■■■■■




 チャイムの音に鼓膜を刺激され、俺は目を覚ました。


「……ん、飯の時間か」


 あまりの退屈さに寝てたのか俺。

 寝てる間に、何をされるかわからない。今後は気を付けないとな。


 鞄の中からコンビニで買ったおにぎりの入った袋を取り出して体育館裏へ向かった。


「は?」


 俺は自身の目を疑った。何故なら、


「立ち入り禁止か。……どこまでも面倒な奴らだな」


 虎ロープが貼られ、立ち入り禁止にされていた。本当に面倒くさい。

 仕方ない。別の場所を探すか。


 昼休みは四十分。

 俺は、校内の人気のない場所を重点的に探しまわった。

 二階以降からは、普通に教師や生徒が行き来している。対して一階は、登下校や保健体育の授業以外で人が来ることは少ない。

 そこまで考えて、一階で人気のない場所を探し始めた。


 そして、東棟の一階。理科実験室や旧美術室、空き教室の多くある場所だ。

 ここは授業以外で人が来ることはない。

 通路の奥、トイレの隣にある空き教室前に座り、俺は昼食を摂ることにした。


 階段と東棟への入り口からは離れている。人が来てもすぐに気づくことが可能だ。

 とはいえ、万が一バレたら、静かに落ち着いて昼食の摂れる場所をまた探す必要がある。そうなれば面倒だ。

 だから、警戒は怠らず、いつでも動けるように徹底しておく。



 昼食を食べ終え、チャイムの鳴る五分前に教室に着くと、予想通りの光景が視界に広がっていた。


「……またか」


 荷物はゴミ箱に捨てられ、机と椅子はひっくり返されていた。


 こんなのを、今後も毎日繰り返されると考えるだけで疲れる。苛立ちよりも疲労感の方が圧倒的に上だ。


「あ?」


 あいつ何やってんだ?


 教室内の生徒の視線が集中しているが、それを無視して俺の机と椅子を直しているクラスメイトがいる。――石母田智音だ。


「お前何やってる?」


「机と椅子が倒れてたから……」


 こいつ、何が目的なんだよ。


 俺には石母田の行動の理由が全く理解できない。

 配布されなかった配布物を渡してきたり、捨てられた上履きを戻していたり、倒された机と椅子を直していたりといったことが、停学明けから何度もあった。

 どうせ憐みによる行動だろうが、誰かと手を組んでいる様子は一切見受けられない。


 石母田は常に教室にいて、休み時間に誰かと話をしているところを俺は一度も見たことがなかった。昼休みは知らないが。

 どちらにせよ、誰かに脅されているか罰ゲームかでしかない限り、俺に嫌がらせをするのもしたくないはずだ。

 理由なんか、俺にはどうでもいいことだが。


「誰かにやらされてるんならそいつに伝えろ。幼稚なこと続けて大変だなってな」


「……わたしの、意思だよ」


「嘘つくな。てか、俺と関わってるだけでこれだけの注目を浴びることになる。さっさとお前に指示した奴に、誰かと変わってもらうように言え。――残りの高校生活を壊したくなければな」


 俺に嫌がらせをグループで行なっているとして、石母田がその一員でやらされていたとしても生徒全員じゃない。

 全員が全員、手を組んで俺一人に嫌がらせをしているかと言えばそんなわけはない。

 直接嫌がらせをする奴、陰から嫌がらせをする奴、傍観者とそれぞれだ。

 グループなら、石母田がやらされてると知ってるのはグループの奴らだけのはずだ。


 俺にとって、石母田という存在がどうなろうが知ったことじゃない。だが、仮に石母田が俺の手助けをしているところを何度も見られれば、脅されてるだとかで何かしらの理由を捏造される可能性が高い。

 面倒事になる前に、面倒事になりそうなのは排除しておいた方がいいからな。




 ■■■■■■■■■■■■■■■■




 その日の下校時刻に、俺は半田に呼び出されて生徒指導室にいた。

 停学明けから三週間が経過した。

 どうせ、この三週間の俺の行動に難癖付けるために呼んだんだろうな。


 六月に入り、すっかり梅雨の時期に突入して、外は土砂降りの雨が降っていた。雷も鳴り、最悪の天候だ。

 じめじめしていて、曇りで薄暗いせいもあってかやけに体が重く感じる。


「来ないと思ってたが」


「来なかったらまたなんか言ってくるだろうが。それに、二時間も待たせた相手に対しての第一声がそれかよ」


 そう、俺は生徒指導室に十五時半に来いと言われ、時間通りに来たが二時間以上待たされていた。

 今日は全部活休みで試験の時期でもない。この女は、わざと遅く来たのだ。


「教師に対する口の利き方がなってないな」


「俺を貶めた奴に敬語なんか使うわけないだろ」


「貶めた? まだ、そんなことをほざいているのか」


「事実を言っただけだが。あんたは、一方的に三芳だけを信じて、俺からは話すら聞こうとしなかっただろ。それは初めから、俺をよく思ってなかった証拠だ」


 俺がどんな性格の人間か、教師もよく理解している。当然、問題を起こしたことなどないことだって知っているはずだ。

 それなのに、初めから俺を悪人と決めつけたのは、三芳の一件以前から俺をよく思っていない決定的な証拠だ。


「戯言を聞く時間が無駄だな」


「――っ」


「今日お前を呼び出しのは、お前の予想通り停学明けからの学校生活についてだ」


 やっぱりな。


「私を含めた教師から、そして監視に協力してもらってる生徒からのっ情報だが」


 元から俺は、何か問題を起こす生徒じゃない。

 至って普通の高校生だったんだからな。


「特には、なかった」


「当然だろ」


「だが、これからも監視は続けさせてもらう」


「勝手にしろ。何も出てこないことに、変わりないけどな」


 席を立ち、俺は生徒指導室から即座に退室した。


 時刻は六時を回っていた。

 くだらない話のために二時間以上待たされて本当に胸糞悪い。外は先程よりも暗くなり、雨の強さは増していた。最悪すぎる。


 下駄箱に着き、上履きから靴に履き替え、俺は傘をさして雨の中を歩き始めた。


「あ、新崎くんっ!」


「……今度は何だ」


 校舎を抜け、門の数メートル前で女声に俺は呼び止められた。

 振替えれば、そこには傘をさし、長い髪を風に靡かせ、息を切らしながら――石母田智音が立っていた。


「何のようだ?」


「どう、して……荒木田くんたちにされたこと、言わなかったの……?」


「どうせ信用されないからだ。てか、盗み聞きしてたのかよ」


「……ごめんなさい」


「まぁいい。とっくに完全下校時刻を過ぎてる。俺はさっさと帰りたいんだ。くだらない憐みなんかに付き合いたくない」


 俺は早歩きで再び自宅への道を歩き始めた。

 しかし、足音はついてくる。


「憐みじゃない……わたしは、新崎くんのことが、ただ心配で……」


「心配なんか必要ない。これ以上付きまとってくるな」


「プリントは、わたしの分をコピーして……」


「いらない」


「新しい上履き、わたしも買う……」


「必要ないっ……!」


「このままじゃ、新崎くんはずっと誤解されたままになっちゃうよ……一度でいいから、みんなに話しを……」


「――いい加減にしろよ!」


 執拗に関わってくる石母田に、俺は感情を抑えられず言い放った。


「お前なんなんだよ!! しつこいんだよ!! 自分は助けてますアピールしにきたのか? 気持ち悪いんだよ!!」


「ちがっ……」


「停学明けから何度もちょっかいかけてきやがって、うざいんだよ‼︎ 俺がお前に頼んだか? 助けてくださいって。頼んだことなんて一度もないよなぁ!?」


「……ぅ」


「なんだ? 俺を助けてるところを周りの奴らに見せつけて、最終的には脅されてましたとか言う気だったのか? 本当に不愉快だなお前!!」


 うざいムカつくうざいムカつくうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざい──!!


「あぁ、好きに言えよ! 俺はどう思われようが気にしない‼︎ 俺は絶対に屈しない!! お前たちに屈したりなんか」


「――新崎くんを助けさせてほしいだけだよ!」


「は、ぁ?」



 ……こいつ今、俺のこと助けさせてほしいって、言ったか?


 俺がその場を立ち去ろうと振り返ったと同時、俺の制服の袖を掴み、石母田が俺を助けさせてほしいと叫び、引き留められた。

 互いの傘は地面にひっくり返って落ち、俺たちは雨に晒されている。


 少しの沈黙の後、石母田が口を開いた。


「わたしは、ただ、手助けがさせてほしいだけだよ……誰かにやらされてるとか、憐みとか、そういうのじゃない。全部わたしの意思……」


「――――」


「わたしは、新崎くんが人を傷つけるような人じゃないって信じてる。新崎くんと話したのは今年が初めてだけど、高校一年生の時に活躍してる新崎くんを沢山見てたからわかるよ」


「じゃあお前は、なんで最初にそんなことする人じゃないって言わなかったんだよ」


「……覚悟が、できてなかったから」


「覚悟?」


「わたしは、この先ずっと、何があっても新崎くんの手助けをしたい。沢山辛いことがあると思うけど……それでも、新崎くんが嫌じゃなければ――わたしに新崎くんを助けさせてほしい!」


 ……こいつ、本気で。


「────」


「────」


「────」


「────」



「──七年前」



「ぁ」


 沈黙を破り、俺は重い口をゆっくりと開いて、


「──俺は教師に体罰を受けた」


 俺の心に潜み続ける、黒く澱んだ闇の原因となった七年前の地獄の日々について、話し始めた。


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