第五十五話 『全力を尽くしてくれる君』
「お疲れ様、新崎くん」
生徒会長選、演説一回目終了後。
放課後に俺が馴染みの東棟一階の密談室へと向かうと、石母田たちが揃って出迎えてくれた。
「で、どうだった? いい感じ?」
「十分以上だった」
「十分以上? 芽亜とはまだ100票以上も差があるのよ?」
「ああ。だが、大差がつけられていないし、150票程度の差で抑えられた。十分良い結果って言える」
考えられた最悪の可能性。それは俺よりも皆川の方が票が多く、加えて三芳に圧倒的票数で差を付けられることだ。
そこから読み取れることは、俺の演説が九割の生徒に響いておらず、更には今まで解決した災難の全てを信用されなかったことの証明だ。
そうならなかったのもそうだが、三芳との票差が100票代、演説後の一部生徒からの声。想定よりも多くの票を獲得することができ、あんな風に歓声が上がることは考えもしなかった。
「ありがとな、東雲」
「いやいや、大したことはしてないよ」
「大したことだ。周囲からの反応に臆さず、声を上げてくれた。そのおかげで良い結果を出せた」
「そ、そう? まぁ、ありがたくお礼は頂いとくよ」
俺の純粋なお礼に東雲は照れ臭そうにしながら言った。
「それで、二回目の演説はどんな演説にするの?」
「まだ不確定な状態だ。ある程度構想は組み上がってるから、自分でどうにかできるし問題ない」
「そっか。……じゃあ今度は、私の番」
気を引き締めるように石母田は自分の両手に拳を作り、それを力強く握りしめた。
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生徒会長選、二回目の演説まで残り一日。
俺、三芳、皆川。
各々時間の合間を使い、応援演説担当者と共に各クラスを回っていった。
応援演説は授業の頭であればどこのクラスでも行うことができる。事前に教師に声がけは必須だが。
そんな応援演説も最終日だ。
二週間、石母田は最高の演説をしてくれていた。
クラス毎に演説内容を変え、話し方や息遣いを聞き手の心に確実に届くように意識していた。隣で聞いていた俺は、その演説を聞いて純粋な感謝を幾度も伝えた。
そして今──、
「……本当にここでやるつもりなのか?」
「うん。今まで新崎くんの力にあまりなれなかった分、応援演説じゃ誰よりも力になるって決めたから」
「聞いてもらえない可能性だってあるんだぞ」
「それでも、だよ。あと──二年四組で演説するのには、ちゃんと意味があるから」
強く言い切った石母田の瞳には、微かな怒りが宿っているように見えた。
そう、今俺たちは二年四組の前にいる。
二年四組は、事の元凶である三芳芽亜、俺を徹底的に追い詰めた夜叉甬马、並びにその手下がいるクラスだ。
夜叉は現在停学中だが、手下である尾暮は現在も普通に学校に来ている。
……それに、三芳も応援演説をしてなければいる可能性は十分にある。
「──新崎くん」
嫌な想像ばかりをしている俺の手に石母田は触れて頷いた。
「行くか」
「うん!」
授業開始のチャイムが鳴ると同時、俺と石母田は二年四組の教室の扉をゆっくりと開いた。
「────」
すると、廊下まで聞こえるレベルの騒々しさが一瞬にして消えた。
俺たちを見た瞬間にだ。
「っ」
教室内を見回すと、煽るように口元を緩めている一人の女と目があった。──三芳芽亜だ。
だが、気にする素振りなど一切見せず視線を石母田の方へ移した。
自分が見ている状況下であれば、応援演説がまともにできないとでも考えてるならは大間違いもいいところだ。
なんせ、この教室へ来る判断をしたのは俺じゃない。石母田だ。石母田が二年四組で応援演説をすることに意味があると考えたから、俺たちはここにいるんだ。
「────」
石母田と目が合う。
俺は「頼む」という意思を乗せて、小さく口元を緩めた。
石母田はそれに力強く頷き、応援演説を始めた。
「生徒会長選立候補者、新崎逸釆くんの応援演説をする二年八組、石母田智音です」
ただ真っ直ぐ、誰とも視線を合わせないように俺は前を向く。
けれど心の中では、俺のために力を尽くしてくれている石母田に目を向ける。
「わたしは今年に入るまで、新崎くんと面識はありませんでした。一方的に知っているだけで、話したことはもちろんなかったし、同じ行事に参加すらしたことがありませんでした」
「────」
「でも、初めて同じクラスになって、一番最初に隣の席になった時、見ず知らずのわたしに優しく挨拶をしてくれました。噂で流れてくる新崎くん通りで、驚きと同時に凄いなってその時思ったんです」
そこで一度演説を区切り、声のトーンを少しだけ下げてから演説を再開した。
「誰でも憧れて、尊敬できる存在。それが新崎逸釆くんだった。……でも、ある出来事がきっかけで真逆の立場になりました」
「────」
「以降、理不尽な嫌がらせを新崎くんはたくさん受けてきました。事件や問題、濡れ衣を着せられかけたりもした。だけど──そのどれも、無視はしたことはありません」
最後の一言を、力強く石母田は言い放った。
彼女の言う通り、俺には無視する選択肢も大いにあった。無視できない災難もあったが、無視できる災難の方が多かった。
だからといって、無視して何になるというのが俺がわざわざ面倒な災難に首を突っ込んでいた理由だ。
「皆さんに聞きます。いじめられている子が近くにいたら、どうしますか?」
「――――」
「助ける人、少ないのではとわたしは思っています。自分が同じ目に遭うかもしれないし、無関係の人間であれば尚更助けには行かないと思います。わたしも正直、多数からいじめられている子がいたら一人で助けてあげられる自信がありません……」
「────」
「でも新崎くんは、一年生のみんなにいじめられていた一人の女の子、小比類恵那さんを誰に頼まれたわけでもなく助けていました。自分が標的になるかもしれない上に、小比類さんは全くの無関係の生徒。──それでも新崎くんは、最善の形で彼女をいじめから助けたんです!」
思わず、石母田の徐々に上がる声量に俺は顔を横に向けていた。
「いじめられて悲しんでいる子を助ける人が、親しい人に対して暴力を振るったりなんてしますか!? いいえ、そんな人は人助けなんて絶対しない! 彼は、新崎逸釆くんは、何でもできる優しい人なんです! それなのに……」
「──もう十分だ、石母田」
勢い任せに二年四組の生徒に対し言葉を投げる石母田を、俺は肩に手を乗せてそれを辞めるよう言った。
すると石母田は、正面で唖然となっている二年四組の生徒を見て「ごめんなさい、演説をこれで終わります……」と言って応援演説を終えて、俺たちは教室を出た。
「……どうして、最後まで言わせてくれなかったの?」
「お前が俺のために頑張ってくれるのは本当にありがたいと思ってる。だがさっきのは言いすぎだ。三芳のことに触れずに戦うって言っただろ?」
「……ごめん、なさい……」
三芳関連の話に触れずに勝利する。それが俺の完全勝利における大前提だ。崩すことは許されない。
だけど──、
「俺のためにそこまで本気になってくれるんだな……」
「……ぁ」
「別に怒ってないし、怒ろうとも思ってない。俺は石母田が本気で力になろうとしてくれてることが嬉しいって話だ。だから謝らなくていい」
今まで彼女がしていたどの応援演説よりも本気だった。
それは紛れもなく二年四組──否、三芳芽亜の存在を前にしていたからに他ならない。
事の元凶への怒りを露わにし、俺を信じなかった奴らへの怒りを曝け出していた。
仲間の願いに応える。
それも含めて完全勝利だ。
「今日までありがとう、石母田。そしてこれからも、俺はお前に感謝し続ける。──後は信じて願っていてくれれば、それでいい」
潤む瞳で俺を見上げる石母田に微笑みかける。
彼女もまた、俺の表情を見て微笑みを浮かべて、
「──最後まで応援してるよ、新崎くん」
そう一言だけ、俺にとって最も力になる応援の言葉をくれた。
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──生徒会長選、演説二回目当日。
一回目から二週間。
手応えのある成果を残す事ができた上に、石母田の応援演説が更に後押しをした今、もはや敗北など見えない。
「二回目、だな」
「ああ。お前も頑張れよ、皆川」
「……そうだな」
なんだ? あまり浮かないように見えたが、票差に対して焦りを感じているか、二回目の演説内容が思い浮かばないかで悩んでたりでもするのか?
まぁいずれにせよ、今日結果が出ることに変わりはない。
「――――」
ステージ上のカーテンの隙間から、体育館内へ目を向ける。
今日は二週間前とは違い、体育館で演説を見るのは三年だ。一年と二年は教室から中継を見る形となっている。
いよいよ、生徒会長選も最終局面だ。
ここで勝利して、生徒会長になる。
そして──自分を変えて、新たな一歩を踏み出す。
『チャイムが鳴りましたので、これから生徒会長選、二回目の演説を始めたいと思います』
桐星先輩が話し始めると、体育館内は一瞬で静脈に包まれた。流石三年だ。
『では、順番を決めるくじを引かせていただきます。一番目、皆川隆貴さん。二番目、三芳芽亜さん。三番目、新崎逸釆さん』
……一回目と同じ順番かよ。
仕方ない。こればかりは運だからな。
「じゃ、行ってきますかぁ」
軽い調子で立ち上がり淡々とステージ上へ向かう皆川を見て、問題なさそうだなと安心する。
一回目は、正直ありきたりと言わざるをえない演説だったため二回目はそれなりに熟考してきているはずだ。皆川が二回目で一気に巻き返す可能性も十分に考えられる。気は緩められない。
『二年二組、皆川隆貴です』
声の震えもなく、横顔からはとてつもなく落ち着いているのが伺えた。
『──。────』
何故か皆川は、名前を名乗ってから演説を始めず生徒の方を見渡し始めた。
『突然ですが』
さっきのは何だったんだ? ひとまず演説は──、
『──俺、生徒会長選を辞退します』




