第五十三話 『仲間の願いに』
冬休みが終わり、学校が始まって数日が経った。
生徒会長選への立候補期間も終了し、俺は演説内容を考え始めていた。
「どんな演説にするの?」
「二つ考えてある」
石母田の質問に俺はそう答えた。
不利なりにも現状できる最善の条件は整えた。
だからといって、演説内容をごく一般的な生徒会長選のモノと同じではダメだ。
「一つは、三芳芽亜に貶められたことから話し始めて、最後に荒木田哲人の拉致暴行事件についてを話し、開幕で三芳が悪人であることを一気に伝える演説だ」
「? それでいいじゃない」
……まぁ確かに坂野の言う通り、この内容が一番だ。
でもそれじゃ、三芳芽亜に『挑戦』したことにはならない。仮に一つ目の方法で演説をしたところで、俺自身を成長させることができなくなる。
「先に言っておく。俺は一つ目で生徒会長選に臨むつもりはない」
「は……?」
俺の答えに対し、坂野は唖然とした。
「二つ目は連続傷害事件から荒木田哲人の拉致暴行事件のことを言うまでは同じだ。だが──三芳芽亜に関する一切合切は言わない」
「「「え!?」」」
三人は揃って驚愕を露わにした。
──演説で三芳芽亜に関する一切合切を言わない。
これはある種、賭けに近い演説内容だ。
「一つ目の演説内容を使えば、三芳芽亜が悪人だと瞬時に伝えられる。加えて俺が善人のままだったことも」
「────」
「淡土さんに現会長の甚先輩、両方の協力もある。勝率は跳ね上がるだろうな。だが、楽なやり方で勝っても自身の成長には繋がらない。不利な条件、そして明様校の人間の考えを改めさせる言葉で勝つ。あの女に──三芳芽亜に勝つには、それが最善な勝ち方だ」
仮に三芳に『挑戦』して、無事に勝利を収めたとしよう。勝率の高い方で勝利しても、あの女に敗北感を与えることはできない。
俺への勝利を確信し、慢心しきった三芳を不利な条件かつ正攻法、更に勝率の低いやり方で勝利すればどうなるか。
戦いは戦っている時に限らない。
今回に至っては特にそうだ。戦いの前後、もっと言えば終わった後が重要だ。
「完璧な勝利をしたい。理由はそんなところだ」
「……はぁ」
俺がそう言った直後、坂野は露骨に呆れた様子でため息をこぼした。
「何を言っても聞かないんだろうから、これ以上は言わないわ。でも、一つだけ確認させなさい」
「確認?」
「新崎、あんたは芽亜との戦いを──誰の戦いとして捉えているの?」
……? 随分と今更すぎる質問だな。
なんの意図で坂野は俺にそんな質問をする?
「俺の戦いだ」
「──やっぱりそう思っているのね」
言って、坂野は一歩俺との距離を詰め腰に手をやった。
顔には明らかな怒りが浮かび、石母田と東雲は一触即発の様な状態の俺たちをわなわなとしながら見ている。
「聞くけど、もしあんたが芽亜に負けたらどうなると思う?」
「俺は結局成長できず、現状を変えられないまま終わる」
「そうね。だけど──それは智音や東雲も同じってわかってるわけ?」
「──ぁ」
そう、だ。
もし俺が三芳に敗北すれば、石母田たちも被害を被ることになる。
俺と関わっているという理由だけで聴こえるよう悪口を言われたり、陰湿な嫌がらせをされたり、友人だった人間から捨てられたりした。
荒木田の件で東雲も俺と関わっていることがバレている。
他にも小比類や甘村だってそうだ。そして当然、目の前にいる坂野だって同じだ。
……自分のことばかり考えていたあまり、また俺は近くの人間のことを忘れていた。
「……悪かった」
「わかればいいのよ。ほら、演説考えるわよ」
俺が謝ると、坂野は淡々と演説内容を考える作業をし始めた。
俺と坂野が落ち着いたのを見て、石母田と東雲はホットしていた。
「あ、そう言えばさ」
「どうした?」
「隆貴は眼中に無い感じ?」
と、東雲はもう一人の生徒会長選立候補者の存在の心配をした。
■■■■■■■■■■■■
──一月十五日、金曜日。
ついに、生徒会長選当日を迎えた。
最終立候補者は俺、新崎逸釆、三芳芽亜、そして皆川隆貴の三人となった。
例年も二、三人、多くても五人とのことなので普通程度の人数だ。
冬休みが明けてから毎日、仲間と必至になって演説内容を考えてきた。
どの言葉を使えば聞いている人間が耳を傾けてくれるか、心に届くか、共感してくれるかを考えに考え、無事に完成させることができた。
後はこの演説を、ただ記憶してその内容を読むだけではなく、俺がいかに上手く伝えられるかがかかっている。
「──失敗はできない」
失敗すれば、石母田が、東雲が、坂野が、小比類が、引き続き俺と関わっているという理由で変な目で見られて陰湿な嫌がらせを受け続けることになる。
それは絶対に許されないことだ。
「頑張ってね、新崎くん」
「ここに来る決断を最初にさせてくれたのはお前だ。それに、東雲や坂野、淡土さんや甚先輩の協力もある。──完璧以上の演説をしてやるよ」
そう言うと、石母田は目端に涙を浮かべながら微笑んでくれた。
現時刻は十四時四十二分。五時間目終了直後の休み時間だ。
体育館には二年が入り、一年と三年は教室から生徒会長選の中継を見る形となっている。
「さて……」
演説は合計二回行われる。今日の一月十五日と二週間後の一月二十九日。間の時間で応援演説が行われる仕組みだ。
だが俺は、一回目に全てを賭ける。二回目はオマケにすぎない。
「行ってくる」
俺は三人にそう言ってから背を向けて体育館へ歩き始めた。
「頑張りなさいよ」
「ファイトー! 逸斗ー!」
坂野と東雲の声援を背に受け、最初の石母田からの声援も頭に響き、なんとも心強い気になった。
「──よっ、逸釆」
ちらほら準備をしている教師を横目に、体育館のステージの上に上がってステージ裏へ入ると、真っ先にもう一人の生徒会長選立候補者が俺に声をかけてきた。
「ああ、皆川も来てたんだな」
「当然。凄い緊張するよな……」
いやしないが、と答えると皆川は驚いた声を上げた。
体育館のステージ裏右手側にいるが、周囲を見渡しても『あの女』の存在が見当たらない。
六時間目もそろそろ始まる頃合いだが──、
「──久しぶりだね、新崎君」
「──ッ」
俺がそんな風に考え始めた直後、背後から一つの『女声』が耳に入ってきた。
一声聞いただけで誰だかわかり、憎悪がふつふつと湧き上がる感覚が全身を支配する。
しかし今の俺は、今まで自分が最も苦しんでいると考えていた頃とは違う。
仲間に救われ、自分を変えるための新たな一歩を踏み出しにこの場へ来ている。
一度深く深呼吸をして、自身を落ち着かせてから背後へ振り返った。
「こうして話すのは連続傷害事件以来か──三芳芽亜」
地に落ちた元凶にして、俺が今回『挑戦』する相手──三芳芽亜が、余裕な笑みを浮かべながら立っていた。
「来てくれて嬉しいよ。逃げるんじゃないかなって思ってたから」
「それはこっちの台詞だ。そもそも、お前は俺が生徒会長選に参加するとは思ってすらなかっただろ」
一瞬、三芳の眉がひくついた。
「そう、だね。大人しく弱ってくれてればいいのに、あなたは堂々と、しかも生徒会長選に。想定外だよ。他にも、夜叉君のと荒木田君のも驚かされたんだから」
「言っておくが、俺はお前が思ってるほど弱くない。二度も、味わってきてるからな」
最初は伊津野に、二度目は三芳に味わわされた地獄。
片方には既に終止符を打ってある。
後はもう片方に、ケリをつけるだけだ。
「本当に、お前が逸釆を……」
俺と三芳が会話する中、皆川がポツリとそんな言葉を漏らした。
「お取り込み中悪いんだけど。俺が、三芳も逸釆も超えて、生徒会長になる。そんで、ふざけた明様校の現状を変えてみせる」
「皆川……」
その宣言に、思わず目を見開いた。それは三芳も同じだった。
そう言えば、皆川には俺の事情を何も伝えてなかった。もちろん地に落ちた理由もだが、本人が疑っていたことに加え、流れ始めた俺が善人のままという噂も相まって三芳が俺を貶めたと判断したのだろう。
それは、僅かではあったが嬉しかった。
「一応言うけど、私はあなたのこと眼中にないよ」
「だったら尚更俺なんかに負けたら悔しいな」
興味なさげな三芳に煽るように口角を持ち上げて皆川は笑う。
「────」
体育館の中に多くの足音が響き渡ったのに気が付き、俺はステージ上のカーテンの隙間から音の方を見た。
すると、続々と二年が体育館に入って来ていた。
「──三人とも、準備はいいか?」
俺たち三人の下に新たな人物が加わった。
片方は現生徒会長、井野陀甚。もう一人は副会長の桐星愛莉だ。
「問題ないですよ、甚先輩」
「なら良い。二人は?」
「大丈夫です」
「私も同じく」
俺が甚先輩と呼んだことに三芳が不満そうにしていた。
お前にはわからないだろうな。
ここに来るまで、不利ながらも現状できる最善の状況を整えてきた。
──全ては、三芳芽亜に勝利するために。
「じゃ、頑張ってね。私たち生徒会も応援してるから」
「ありがとうございます、愛莉先輩」
甚先輩と桐星先輩の二人はそれぞれ応援の言葉を残して、準備などをするために場を去っていく。
「──っ」
去り際、甚先輩は俺の肩に手を置いてから去っていった。
そのことに俺は小さく口を緩める。
五分が経過し、甚先輩による生徒会長の言葉が始まった。
『現明様高校生徒会長の井野陀甚です。今日から生徒会長選が始まります。立候補者は三名。四十一年目の明様高校を引っ張っる、学校を変えたい、三人ともそんな意志をもって立候補してくれています。演説は今日と二十九日の二回。最後まで彼らの演説を見届け、最終的に誰が相応しいか、皆さんの目と耳で確かめ、決めてください』
甚先輩が最後に一礼すると、体育館内は拍手で満たされた。
明様校を引っ張る、学校を変えたい、か。
学校を変えたい意志はあるにしても、引っ張ろうとは微塵も思わない。俺にとっては、あくまで『挑戦』して勝利した時の副産物だ。
『では、順番を決めるためくじ引きをします。代表して私、副会長の桐星がくじを引かせていただきます』
桐星先輩が一礼すると、甚先輩が手元にくじの入った箱を用意した。それから、桐星先輩が箱の中に手を入れて一枚の紙を取り出した。
『一番目は、皆川隆貴さん』
その後、二番目が三芳、三番目が俺という順番となった。
……正直、三芳の後になったのはかなり痛い。
あいつの演説は言うまでもなく完成度の高いものになっているはずだ。となれば、先に三芳の言葉が響いて後の俺が聞き流される可能性が考えられる。
それに帰りの時間も近くなる。生徒会長選など、聞いている側は退屈この上ない。普通の高校なら尚更だ。
「んじゃま、行ってくる」
内心で不利な状況が重なったことに歯痒い思いを感じていると、皆川が俺に手を振ってステージ上へと向かっていった。
「────」
俺は頭を振って、意識を切り替える。
元から不利な状況なことに変わりはない。今更、順番的に不利であろうと大した問題じゃない。
ステージに皆川が出て行き、第四十一期生徒会長選が幕を開けた。
皆川には悪いが、演説内容は正直ありきたりと言わざるを得ないものだった。
メモをガッツリ読みながら、辿々しく緊張を露わにしながら演説していた。
「……くそぉ」
酷く落ち込んだ様子でステージ裏に戻ってきた。
「まだ一回目だ。二回目で挽回すればいい」
そう、仮に今日の演説が失敗に終わろうとも、まだチャンスは一度残っている。
ひとまず皆川には慰めの言葉をかけておいた。
「次は私だね」
堂々と、余裕に満ち溢れながら三芳は椅子から立ち上がった。
一瞬俺に煽るような笑みを向けてきたのに対し、鋭い眼光をぶつけた。
「────」
ステージ上に出て行き、三芳は一礼してからマイクの高さを調整。
そして、演説を始めた。
『二年四組の三芳芽亜と言います。知っている方も多いと思いますが、私は半年間、とあることが理由で休学していました』
「────」
『その間、事件や問題が幾つも起こっていたことも知っています。明るく、誰しもが楽しく過ごせる学校、それが明様高校だと私は考えていました。ですが、悲しいことが連続して、それに対して何もできなかった自分を情けなく思います……』
情けない? 気持ち悪い。
なんだこの偽善に満ち溢れた演説は。吐き気がする。
『高校一年生の時、様々な行事で率先して実行委員を務め、中では委員長になったりもしました。凄く楽しかったし、笑っている人の顔を見て自分と同じように楽しんでもらえている実感に嬉しくもなりました』
「────」
『だからこそ、取り戻さなくてはいけません。みんな平和で楽しい学校生活を。そして、新しく来る生徒や教師の方々にこの学校に来て良かったと思ってもらえるような、そんな高校に私はしたい』
「────」
『──私は明様高校のみんなを笑顔にしたい。心から、そう思っています。ですから私に、今の危機を脱して前よりも楽しい学校に変えさせてください。以上です、ありがとうございました』
瞬間、凄まじい拍手が体育館内に響き渡った。
変えたいではなく、変えさせてください。投票する側に願う言い回し。
何より──俺にされたとしていることを一言も口にしなかった。
戻ってきた三芳は、まさに勝利を確信している様子だった。
しかしそんなのは気にしない。
今まで、とてつもない逆境に何度も打ち勝ってきた。
一度は完全敗北を喫して絶望し、諦めたりもした。けれど、再び立ち上がるために手を差し伸べてくれた奴らがいた。
──自分を変えるために、仲間の願いに応えるために。
「────」
ここまで来るのに、随分と回り道をした気がする。
だが、結果的に辿り着けているのなら何も問題はない。後は『挑戦』した後の勝利を掴み取るだけだ。
全ての仲間の想いを背負って、俺はステージ上へ出て行った。
ゆっくり、深々と一礼。そして頭を上げて演説を──、
「──な」
顔を上げた瞬間、俺は唖然とした。
体育館にいる大半の生徒が、ステージ上に目を向けていなかった。




