第五十二話 『断ち切れない関係』
波乱の二学期が終わり、冬休みに入った。
ひとまずは落ち着いた時間を過ごせそうだが、冬休みが明ければすぐに生徒会長選が始まる。あまり悠長に過ごしてはいられない。
俺の応援演説を担当してくれるのは、やはり石母田となった。
東雲も立候補してくれたのだが、坂野が「あんたは内容とか考えられないでしょ」と言って応援演説を泣く泣く断念していた。
そして今俺は、
「うっわ! すげー人だかり!」
「しかも寒いわね......。智音は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。恵那ちゃんも平気?」
「は、はい! 大丈夫ですよ!」
一月一日、神社にお参りに来ていた。
提案したのは東雲だ。大変な日が続いてたから休みが必要と言い出し、尚且つ俺の生徒会長選の勝利祈願をしたいからというのが理由だ。
……実に東雲らしい。ともかく、断る理由もなかったため行くことにした。
「人いすぎだろ」
「元旦のお参りはこんなもんじゃない?」
正面、凄まじい列が作られている。
元旦、お参り、そして初詣。この三拍子が揃えば、ここまで混むのも無理ないか。
「新崎くんは初詣とか行ったことは?」
「一回くらいはあると思うが、全く覚えてない」
「そうなんだ。……今日を良い思い出として残そうね」
微かに頬を赤くしながら、石母田は微笑みを浮かべてそう言った。
良い思い出、か。
「ああ」
その後も数十分列に並び、ようやく俺たちが先頭となった。
鈴を鳴らし、お辞儀を二回。肩幅程度に両手を開いてから二度手を打つ。
目を瞑り、浮かび上がるのは地に落とされてから今日までの日々だ。
怒涛の災難を超えて、俺はこうして仲間たちと休息をとっている。
そのことに感謝しつつ、今祈るのはただ一つ。
──三芳芽亜への勝利だ。
「――――」
最後に深くお辞儀をして、俺と石母田は烈から離れた。遠目に東雲と坂野、小比類の三人が一連の参拝を行なっているのを確認してから、近くのベンチに腰掛けた。
「やっぱりお祈りの内容は、生徒会長選のこと?」
「ああ。神頼みするつもりはないが、祈っておいて別に損はないしな」
「ふふ、確かに」
軽い雑談を石母田としていると、参拝から東雲たち三人が戻ってきた。
「坂野、今何時?」
「四時丁度よ。もうすぐじゃないかしら」
神社にお参りに来た多くの客は皆、日が登る東方向へ視線を向けている。
そして数分が経過し、
「おー!」
東雲と他何人かの参拝客が声を上げると同時、暗闇に包まれていた神社周辺が僅かな光に照らされ始めた。
陽光、今年初めての日の出だ。
「……綺麗」
徐々に上がってくる太陽を見て、石母田はポツリとそんな言葉を漏らした。
俺の中の記憶に初詣などあってないようなものだったため、実質的には今日初めて見る形となる。
確かに、綺麗だ。
「新崎くん」
「ん?」
「――必ず勝とうね」
力強い闘志を感じさせる石母田の一言に、俺は思わず目を見開く。
様々な災難を乗り越え、『挑戦』に現状できる最善をもって臨むために準備をしてきた。
無茶でも無謀でもいい。
三芳芽亜に『挑戦』するからこそ、意味がある。
俺は石母田へと振り向き、まだ不器用ながらもふっと口元を緩めて、
「言われるまでもない」
上がり途中の太陽の光に照らされながら、堂々と言い切った。
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一月七日、木曜日。
今日で冬休みは最終日を迎えた。
石母田たちは溜まっていた課題を片付けているそうだが、俺はいつも通り配布すらされていないため関係ない。
とはいえ、やることはある。
冬休み前までに三芳芽亜と戦うための条件を全て達成しておいた。
故にこれといって絶対必要なことはもうないが、やっておかなければならないと思ったことが一つだけあった。
今日はこれからそれを実行しに行く。
「――――」
右手側に二つのマンションが並び建つ場所へ、俺は足を運んでいた。
この場所は、地に落ちる直前までよく来ていた。
部活の朝練に共に向かうのに、学校からも近く集合するのにうってつけの場所だった。
「……呼び出したりなんかしてなんの用だよ、逸釆」
正面、一人の男が俺の前で足を止めて気まずそうに言った。
正直な話、別にこいつと言葉を交わすつもりははっきり言ってなかった。というより、考えてすらなかった。
だが、今俺の前にいる男は――明様高で最初にできた『友人』であり信頼できる相手だ。
「久しぶりだな。――隆貴」
地に落とされる直前まで友人だった皆川隆貴と、俺は再び言葉を交わす選択をした。
「手短にな。俺も忙し……」
「どう忙しいんだよ。明日から学校なのに家の用事でもあるのか? それともお前も課題が山積みなのか?」
隆貴の言葉を遮るようにして、俺は疑問をぶつけた。
「逃げようとするな」
「別に、そんなんじゃ……」
「いいか? 俺がお前を呼び出したのは、お前に頼みたいことがあったからだ」
「頼みたいこと……?」
生徒会長選に臨むにあたって、協力者は多いに越したことはない。
一度は俺を見捨てた存在だが、こいつなら、隆貴なら今の俺に力を貸してくれるとそう思っている。
「俺は、明様校の生徒会長になるつもりだ」
「──っ」
「そのための協力を頼みたい。具体的に何をしてもらうわけじゃないが、近くでお前の知識を貸してくれるだけでいい」
隆貴は人並みに以上に感が鋭く、頭の回転が早い。
的確なアドバイスを陸上部に所属していた頃よくしてくれていた。
故に演説内容を考えたりする際、最適な文章を考えつき俺のミスに即座に気づいてくれるだろうと踏んで協力相手に選んだのだ。
「俺は逸釆を裏切ったんだぞ……」
自嘲しながら隆貴は言った。
「そんな奴に協力を頼むって……馬鹿げてるだろ」
確かに、隆貴の言う通りだ。
一度は俺を裏切った。悪人だと決めつけ、俺との関係を一方的に断ち切った。
それでも――皆川隆貴は高校で初めてできた友人だ。
石母田たちと出会い、俺は大きく変わることができた。仲間の大切さを知った。
地に落とされる前、隆貴はいつも俺を心配してくれていた。手助けをしてくれていた。
今一度、向き合うことができると、そう思ったのだ。
というより――、
「馬鹿げてる、か。ああ、お前の言う通りだよ。でもな――生徒会長になるってことは、お前みたいな奴と再び関わることを意味してるんだよ」
生徒会長は教師や地域住民に限らず、多くの生徒とも関わることになる。
嫌な奴のいるクラスにだって赴むかなきゃならないことだって必ずある。
そういうのを全部考慮した上で、生徒会長になることを目指す。
ここでかつて友人であった存在と関わることを無視すれば、到底生徒会長になどなれない。
「隆貴とまた関わるのには意味がある。少なくとも、俺はそう思ってる。ダメか?」
隆貴は少しの間俯いた。
それから顔を上げたが、表情は先程までとは違っていた。
「――ダメだな」
「――っ、裏切ったことなら」
「確かに、そのことを気にしてるのもある。本来俺は、逸釆と顔合わせすらしちゃいけないわけだしな」
「――――」
「だけど、理由は裏切ったのとはもっと別の理由だよ」
もっと別の理由?
「――俺も生徒会長選に出る。だから協力はできない」
「は、ぁ?」
唖然とした。
隆貴が生徒会長選に出る。それはつまり、俺と同じく生徒会長を目指すということだ。
それは同時に、
「一年、一年だ。俺は高一の時逸釆と出会ってから、お前の凄さを間近で見てきた」
「――――」
「尊敬してたし、憧れてた。だからってわけじゃないけど――真っ向から戦ってみたかった」
そう、隆貴が生徒会長選に出るのは俺と三芳と争うことを意味している。
「届かない存在じゃないことを、自分の手で証明したい」
「お前、俺に限らず三芳とも戦うってのをわかってるのか?」
「もちろん」
その顔から読み取れたのは、皆川隆貴が本気で生徒会長を目指しているということだ。
俺が自分を変えるために三芳に『挑戦』するのと同じく、隆貴は自分より上の存在だと認識している俺と三芳を越えようと考えた。勝率が低かったとしても、ゼロでなければ戦える。
──俺と三芳に『挑戦』できる。
「わかった。三芳含めて倒してやる。──生徒会長になるのは俺だ。皆川」
「それでこそ逸釆だ。俺も負けるつもりはないから、覚悟しとけよ」
互いの拳をぶつけ合い、勝利宣言をし合う。
相手は地に落ちた元凶に、元友人。
俺は両者ともに倒して、自分自身を変える。
石母田たちの願いに応えるため、そして過去に囚われ続けた自分に答えを出すために。
──必ず勝利を掴む。




