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第五十一話 『過去との向き合い方』


 



 ──七年ぶり、だな。


 俺は一人、埼玉県のとある小学校の正門の前まで来ていた。

 石母田や東雲がいないのは、俺が自分から一人で行くと彼女らに伝えたからだ。


 近くにさえ、寄り付こうとはしなかったこの場所。

 七年、そう七年だ。

 それだけの時間が経過していてなお、俺はこの小学校を一眼見ただけで、昨日のことのように過去の情景が鮮明に脳裏に蘇る。

 良い記憶も悪い記憶も、全て。


「────」


 現時刻は十五時。

 事前に今日が五時間授業であり、クラブや委員会の活動がないことを調べておいたためもう少ししたらぞろぞろと児童が校舎内から出てくるだろう。


 ……随分と、時間がかかったな。

 我ながら自分の弱さに気づくまでの時間の遅さに心底呆れずにはいられない。

 自分を変えると言って、本心では過去を忘れるための無駄な努力を積み重ね、信用してた奴に貶められて、その後に出会った仲間と呼べる存在に救われ、俺は今、ここにいる。


「────」


 五分が経ち、予定通り児童たちは無邪気に校舎内から飛び出てきた。

 その様子を見て、俺は両の拳を力強く握りしめる。


 覚悟はとっくに決めてきてる。

 今更怯える必要なんてない。

 終わりが始まったこの場所で、俺をどん底に叩き落とした『全ての元凶』と対峙する──。


「──七年間縛られてきた過去を乗り越える」


 ゆっくりとした足取りで、俺は門を抜けて校内へと入る。

 七年前には大きく見えた遊具、鶏や豚が飼われていた飼育小屋、幾つもの色の花によって彩られた花壇。何一つ変わらず、残っている。

 それを横目に、俺は『全ての元凶』を探す。

 物陰に隠れながら、狭い校庭を端から端まで隅々まで見渡す。


「見つけた」


 正門から見て一番奥、高学年の校舎だ。

 そこから、腹が膨れ、チリチリの髪の毛をツーブロックにした男──俺に体罰をした教師、伊津野彫明(いづのほりあき)が大股で歩きながら出てきた。


「──っ」


 全身に駆け上がる憎悪と恐怖。

 だが、奥歯を噛み、拳を再び強く握りしめてから俺は伊津野の下へ歩みを進める。


 低学年の校舎の前を抜け、目的の高学年の校舎前にたどり着く。

 そして──、


「──ん? おー! 逸釆じゃねぇか!」


 伊津野彫明が、憎たらしいほど満面な笑みを浮かべて俺へ振り向いた。


「一対一で話がしたい」




 ■■■■■■■■■■■■■




「にしても、逸釆から会いに来てくれるとは嬉しいなぁ! たっはっは!」


 俺と伊津野は、校舎の裏で話をすることにした。

 門からは離れ、校舎からもある程度距離がある。周囲に人気がいないことも確認してある。

 これで完全に、一対一だ。


「夜叉、だっけ? あいつは元気にしてんのか?」


「夜叉は絶賛停学中だ」


「停学? ったく、何やらかしたんだよ」


 常に飄々とし、俺が目の前にいるにも関わらず適当に応対してくる。

 ただただ、抑えきれない憎悪が溢れ出しそうになる。だが、今日はこいつに憎悪を吐き出しに来たわけじゃない。


 意識を切り替えて、俺は校舎の方を見ながら話し始めた。


「──俺は学校が好きだった」


「は?」


 伊津野の反応を無視して、俺は過去を思い出しながら自分語りを始めた。


「毎朝クラスメイトから笑顔でおはようって言われて、休み時間には他愛もない話をしたり、校庭でドッジボールをしたりした」


「急にどうした?」


「俺はな、人一倍目立つのが好きだったんだよ。他の誰よりも活躍して、凄かったとかお疲れって言われて、それが自分自身にとって次もやろうって思える糧になってた」


 急に語り始めた俺を見て、訳がわからないといった顔をしている伊津野。

 それを内心で苛立ちながら、本題へ入ることにした。


「思い返せば、本当に楽しい時間だった。──その全てを、お前に壊された」


「またそれか。あのなぁ逸釆、いじめをしたのはお前だろ?」


「してない。そもそも、お前が俺を標的にして嫌がらせをし始めたのは()()()の一件より前からだ」


 あいつとは、七年前に地に落とされる要因となった存在、絵崎望由(えざきもゆ)のことだ。

 絵崎はただ、俺を貶めるために利用されたにすぎない。だから何も関係ない。


 伊津野はあたかも俺がいじめをしたから、自分が教育してやったと、そう言いたいわけだ。


「ったく、まだわかってねぇみたいだな」


 俯く俺の下に、伊津野の足音が近づいてくる。

 全身に駆け上がる怖気と拒絶感。二つを感じながらも、グッと奥歯を噛んで堪える。

 そして、


「なぁ、くだらねぇこと言ってないで、さっさと用件言ったらどうだ?」


 俺の腕を伊津野は掴んできた。

 大した力ではない。だが、そうでなくても十分に効力があるとわかっているから敢えて伊津野は弱めに掴んできているのだ。


 ……怖い。

 けれど、俺は過去を乗り超えて、自分を変えるための『挑戦』をしなきゃならない。

 自らの意思で伊津野と向き合う後押しをさせてくれた、大切な仲間のために、俺は──、


「──は」


「………………………え?」


 俺は限界まで本心を顔に出さず、微かに呆れたような感情を表情に乗せて、伊津野の手を振り払った。


「さっさと用件を言え、だったか?」


「あ、あぁ、そう言ったなぁ、うん」


「俺の用件は──」


 堪えるだけでは、もはや限界を超えていた。

 これ以上堪えていると、いつ恐怖に押し負けるかわからない。

 だから俺は今から──自分自身を騙す。


「──っ」


「……は? な、なんだよ、その顔……」


 ふっ、と息を吐くように小さく口を緩めた。

 暖かく、何も知らない無垢な子供の様に。


「実は俺、今学校で散々な目に遭ってるんだよ」


「…………ぇ?」


「ゴミ呼ばわりされたり、私物捨てられたり、人目のないところで暴力を振るわれたりと。ったく、自分でも笑えてくるほど酷い目にあってきたんだよ」


 自分でも驚くほど()()()なまま、俺は話を続けた。


「で、その全てに俺は耐えてきた。というより、気にしなくなった」


「…………なに、が、いいたい…………」


「わからないか? ──お礼だよ、伊津野先生」


「──────っ!!!!!!」


 悲鳴にも近い声を出し、ほおを引き攣らせながら伊津野は背後へ一歩下がった。

 だが、俺は下がった伊津野の方へ一歩歩み寄る。


「あ、そうだ。事件とかもあったんだよ。傷害事件なり、偽の誘拐事件なり、色々と」


「………やめろ」


「ほとんどが俺を貶めるためだった。被害者になったこともあったな」


「……………や、めろ………………」


「それでも解決したし、時には人を助けたりもした。こうして耐えられたのは」


「い、や、やめて、くれ………………」


「──あんたのお陰だ」


「ぃやぁめてくれぇぇぇぇぇ──!!!!!!!」


 背後へ下がりに下がり、とうとう行き止まりになって伊津野は壁と背中が密着した。それから、地面に崩れ落ちた。

 俺はその様を憐れむでもなく嘲笑するでもなく、未だ穏やかな表情を浮かべたまま伊津野と目を合わせた。


「長くなったな。あんたのお陰で、俺は今を掴み取れた」


「あ、ぁ、ぁ、ぁ……………」



「──ありがとうございました、伊津野先生」



 ガクガクと全身を震わせる伊津野に対し、俺は自然な笑みを浮かべて感謝を伝えた。

 それを受け、伊津野は言葉を発せなくなり、力なく項垂れた。


 過去と向き合うと決めてから、俺は何が正しい向き合い方かわからなかった。

 罵倒すればいいのか、正論をぶつければいいのか、証拠をかき集めて悪事を公の場で暴露すればいいのか。しかし、仮にどれか一つを実行したとして、伊津野は最後まで俺に言い続けたはずだ。

 俺は『弱いまま』だ、と。


 何が正しいか、わからないなりにも何となくの答えは頭の片隅に出ていた。だが、それを実践することの嫌悪感と拒絶感が尋常じゃなかった。

 万が一失敗して伊津野に何の効力がなかった場合、俺は相手に利益を齎して終わる可能性だってあった。でも、そうはならない気がしてた。


 皮肉な話だが、俺と伊津野の考え方は同じだ。

 俺は石母田の言葉を聞くまで、過去に囚われたまま誰よりも傷ついていると考えていた。

 対して伊津野は、過去に囚われたまま、自分の教育の仕方は誰よりも正しいと考えている。故に、俺という存在に固執していた。


 考えに考えて、過去と向き合うのに最も正しい向き合い方は──伊津野に感謝を伝える、だった。

 怒りはなく、悲しみもなく、哀れみもない。

 純粋な感謝を伝える、それこそが教師である伊津野彫明に効力があると思い至った。

 完全な賭けだったが、上手くいって良かった。


「さて」


 過去と向き合い、乗り越える。

 目的は達したと言っていいだろう。


 これでようやく、『挑戦』するための条件が揃い、土俵に立つことができる。


「──行くか」




 ■■■■■■■■■■■■■




 十二月二日、水曜日。


 退院して登校再開してから数日、明様校内の人間から嫌がらせの類を受けることは一切なくなった。そのことを別に喜ばしいなどとは微塵も思わないが。


 現在は六時間目が終わり、放課後に突入したタイミングだ。

 俺は一人、一階の職員室前へと向かっていた。


「ちゃんと来たんだな」


 職員室前に着くと、茶色の箱の前に腕を組んで壁に寄りかかりながら立っている男がいた。


「いつから待ってたんですか、甚先輩」


「六時間目が終わってすぐだ」


「……はぁ」


 現明様校生徒会長、井野陀甚(いのだじん)

 まぁ、彼が待つのも無理はない。


 ついにアナウンスされたのだ。──生徒会選挙の情報が。

 今朝のホームルームで立候補用紙が配布された。俺はここに、甚先輩が寄りかかっている茶色の箱。

『生徒会長立候補者』の用紙を回収するための箱の中に、用紙を投函しにきた。


「明様校での生徒の在り方を変えてくれると信じてる。必ず勝て。俺たちも、出来る限り手を尽くす」


「ああ」


 甚先輩の声援に、俺は闘志を顔に宿して力強く頷いた。

 俺が箱の前に近づくと、甚先輩は右に逸れた。


「──よし」


 箱の中へ、生徒会長立候補用紙を、投函した。


 今一度、俺は甚先輩の方へ振り返った。


「言われなくても必ず勝ちますよ。──俺はあいつらの願いに応えるために、三芳芽亜に『挑戦』するんですから」





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