第五十話 『必要条件』
俺が目覚めて石母田と会話してから三日が経過した。
あの後も石母田は俺の病室に見舞いに来てくれて、他にも東雲と坂野、甘村と小比類も見舞いに来て学校の現状などを話してくれた。
「──? どうぞ」
午後十七時。
石母田が退室して一時間が経過したタイミングで、俺の病室にノック音が響き渡った。
了承はしたが、誰だ?
今日は既に石母田たちは来てる。甘村も遅れて来ていた。
つまり、今から入ってくるのは新しい人物だ。
「──失礼するよ」
「あんたは……」
病室に入って来たのは、新しい人物だった。だが、見知った人物だ。
ハンチング帽を被り、上下にスーツを着用し、胸には一つのバッジが付けられている。
「久しぶりだね、新崎君」
「事情でも聞きに来たってところか──警察」
微笑みながら俺に挨拶をして来たのは、埼玉県警の淡土だった。
「まぁ、そうだね。怪我の方は?」
「骨折とかはしてないから、一週間後には退院できるって医者からは言われてる」
俺がそう言うと、淡土は良かったと言って微笑んだ。
その後俺は、石母田が荒木田に拉致られたことを細かく説明した。
石母田が荒木田に拉致られ、俺が一人で先に行って助けに行き、その後東雲が来て、坂野に事前に警察に通報させておいたお陰で無事に石母田を助けられたと。
「ありがとう、話を聞かせてくれて」
「問題ない。それで、頼みたいことがある。いや──頼みたいことがあります」
俺は淡土にタメ口から敬語へと話し方を変化させた。
当然、淡土の顔は驚きに染まっていた。
「頼みとは、何かね?」
「俺が一人で荒木田のところに先に行った理由は話しましたね。それは単に、明様校の奴らの俺に対する見方を変えるだけじゃなく──明様校の生徒会長になるためでもあったんです」
石母田に伝えたように、淡土にも俺が明様校の生徒会長になる意思表明をした。
理由は簡単だ。
生徒会長は何も立候補だけでなれるものではない。
応援演説を担当する人間が必ず一人必要になり、当然生徒会長立候補者も投票する生徒の心に響くような演説内容を考えなければならない。──普通の生徒会長立候補者なら、の話だが。
俺は普通の立候補者じゃない。
あらゆる問題の果てに立候補する存在だ。ありきたりな演説だけじゃ、到底戦うことなんて不可能だ。
となれば、必然的に過去に俺が解決してきた事件や問題を演説内容に加えることになるが──それでも足りない。
俺が解決した事件と問題。その全てが『信じられていれば』、淡々と演説していくだけでいい。
だが、連続傷害事件は噂程度。偽装誘拐は更に規模の小さい噂として扱われている。
確実に信じられているのは、小比類の学年からのいじめとDVの解決。体育祭、文化祭での夜叉の悪事。そして、荒木田に拉致られた石母田の救出。
明様校の生徒の考えを動かせたのは、夜叉と荒木田の一件だ。でも、それだけでは物足りない。
未だに迷ってる奴がいる上に、悪人だと思ってる奴もまだまだ多いのが現状だ。
なら、連続傷害事件から始まった俺に降りかかる全ての災難を解決したのは俺だと伝えれば物足りなさは解消される。
つまり、俺が淡土に対して生徒会長になることを話した理由は、
「連続傷害事件などの事件や問題に対する証人になってもらいたい」
そう、証人になってもらいたかったからだ。
事件や問題の証人に『警察』ほど一発で信じ込ませる力がある人材はいない。
故に、淡土の協力は生徒会長選には欠かせない。
「なるほど、証人……」
「お願いします」
顎に手をやりながら考え込み始めた淡土に、俺は今一度協力を頼んだ。
数秒と経たぬうちに淡土は顔を上げて口を開いた。
「私はね、幼い頃に誰かを守りたい、助けたいと思って警察になることを目指してね」
内容は協力への返答ではなく、自身についてを語り始めた。
話している際の表情は、実に穏やかなものだった。
「いじめっ子に囲まれている子を助けたり、街で困っている人の手伝いをしたりと色々したものだよ」
「────」
「ある程度成長してからは、変わらず周りの手助けをしつつ、本気で警察を目指し始めた。そして今、こうして警察として活動できて嬉しい限りだよ」
そこまで話して、淡土の瞳が急激に陰り始めた。
「でも、警察はよく『偽善』という言葉を投げつけられる。本当は事件解決なんて面倒で、お金が貰えるから嫌々仕事としてやっていると、ね。偽善、嫌な言葉だよ」
「────」
「そう言う警察官もいるのは事実だし、仕方のないことでもある。けれど私は、純粋に人を助けたいと思っている。お金なんて関係ない。──私は誰かの手助けをさせてほしくて、警察官を目指したんだからね」
思わず、最後の言葉に俺は目を見開いた。
手助けを『させて』ほしくて、か。
……まさか、この人までそんな風に言うとは思ってなかった。
「あんたも、あいつらと同じようなこと言うんですね」
「東雲君たちのことかね?」
「はい。驚きましたよ」
微笑みを浮かべた淡土を見て、俺は自然と笑みを浮かべていた。
「協力してくれるんですね?」
「もちろん。最善を尽くさせてもらうよ」
そう淡土は力強く言い放った。
これで『二つ』。
まだまだ俺が生徒会長選で勝つには、条件は不足している。
必要なピースを集めて、その後にやるべきことを成す。
そして肝心の生徒会長選挙へ、今できる完璧な状態で臨む。
改めて俺は淡土へ向き直り、
「よろしくお願いします、淡土さん」
と、俺に協力を約束してくれた淡土さんに頭を下げた。
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──十一月十九日、木曜日。
二週間近くの入院を経て、無事に退院することとなった。
脚の骨に小さなヒビが入っていると医者から言われていたが、それ以外に重症と呼べるような傷はなかったと言う。
……骨の二、三本は軽く折れてると思ってたんだが。
「────」
数日ぶりに自宅に帰宅するが、俺の中には何の感慨も生まれない。当然だ。俺の親は一度として見舞いに来てないんだからな。
自宅の重たい扉を開けて中へ入る。
先に自分の部屋に荷物を置きに行くか。話はそれからだ。
「──逸釆」
リビングの前を通り抜けようとした瞬間、男声によって歩みを止められた。
ため息をついて振り返れば、予想通りの人物がそこにはいた。
「実の息子が大怪我したのに、病院にすら来ないクズ親がなんか用か?」
「……それは」
父親と母親、両方がリビングのテーブルの横に向かい合う形で座っていた。
「すまなかった……!」
「は? 治療費を出したことには感謝するが、今までお前たちがしてきたことを許した覚えない」
「病院に行けなかったのは、おじいちゃんが倒れたって聞いて実家に……」
「一週間以上もか? 本当に大変な状況なのは俺も同じだった。それに、看病しなきゃならないって言うなら片方だけ残ればいい。違うか?」
二人は黙り込んだ。
結局のところ、こいつら二人は俺が『三芳芽亜に暴力を振るった最低な息子』と未だに思っているわけだ。だから当然、大怪我をしようと重病にかかろうと興味ない。
確かに、母親の実家の爺さんが倒れたのは大問題だ。
だが、それを理由に実の息子が大怪我をしているにもかかわらず見舞いにも来ず、連絡すらよこさないのはどう考えてもおかしいだろ。
「警察の方から、話は聞いたよ……」
「────」
「事件を解決したり、後輩の女の子を助けてあげたり……私たちが見ていない間に、そんなことしてたなんて知らなかった……」
「違うな。──知ろうとしなかった、だろ」
「………ぅ」
「お前らは揃いも揃って最悪な家族だ。七年前も俺を信じなかった。誰かに聞いたりもせず」
「ま、待ってくれ! 七年前……?」
……おいおい、嘘だろ。
まぁ、でも、そうか。そうだよな。
「俺が年下の女をいじめたっていう──嘘の話だ」
「……嘘? あれは逸釆が……」
七年前に俺が体罰を受けた話は、親には信じてもらえていない。
未だに俺が過去に一人の少女をいじめたという認識で止まっている。
これも、真実を知らないが故の結果だ。
「七年前、小学五年の時だ。俺は担任の教師、伊津野彫明に体罰を受けてた」
「伊津野先生に……? そんな話……」
「した。何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も! ──俺はお前らクズ親に体罰を受けたって話したはずだ!!」
限界だった。
馬鹿みたいにあの元凶の話を信じ込んでるクズな親に、我慢しろと言うのが無理な話だ。
「あれは伊津野に無理やり自白を強要されたからやったって言わざるをえなかった! 知ってるか? 校長室の額縁に頭を叩きつけられたり、地面に全身押さえつけられて思いっきり座られて圧迫されたり、お前はこのクラスの人間じゃないって言われて学校に来たら机と椅子が廊下に捨てられてたりした話を!! 知ってるのかよ!? なぁ!?」
これだけ怒鳴り散らしても、そんなことがって顔するから腹が立つ。
よく親は子供のことを何でも知ってるなんて言うが、このクズ親のどこが実の息子のことを何でも知ってるって言うんだよ。
過去を忘れるために努力してたことも、事件を解決したことも……本当に信じれる奴ができたことも。
……何も、知らねぇじゃねぇか。
「……はぁはぁ」
荒くなった息を整えて、昂った感情を無理やり抑え込む。
俺の両親は、息子の話を信じれず、ただの最悪な子供としてしか見なかったどうしようもなくクズな親だ。
でも、育ての親は選べない。
母親と呼べる存在も、父親と呼べる存在も──この世にたった一人ずつしかいない。
ついさっき俺に対して謝ったということは、まだ救いようがある。腐りきった親心を立て直せる。
それができるのは俺だけだ。
世界にたった一人しかいない、目の前にいる両親から産まれた子供である、俺にしか変えることはできない。
「──俺は生徒会長になる」
伝えた。明様高校の、生徒会長になるという意思を。
突拍子もない俺の発言に二人は驚愕した。
向き合うというのは、何も過去だけではない。そのことを完全に失念していた。
俺を未だに信じきれない両親と向き合うのも、俺が生徒会長選に臨む上では必要不可欠だった。
必ず『あの女』に勝って、七年間間違い続けた親心を根底から変えてやる。
「見てろ。母さんと父さんが産んだ子供は、誰よりも優れてて真っ直ぐな男だってことを証明してやる。色々と話すのは、それからだ」
そう言って、俺は元々向かうべき場所への支度をするために自室へと戻った。
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自宅を後にし、俺は明様校へと向かった。
失念していた家族と向き合うことの条件を除いて、生徒会長選に望む上で必要な二つの条件の一つ。
それが──現生徒会への謝罪、並びに協力の依頼だ。
現在の生徒会長は、当然ながら生徒一発言力がある。副会長は二番目にだ。
望ましいのは、『生徒会』が俺を推薦してくれること。
会長、副会長だけでも効力は大きいが、生徒会そのものが推薦するとなれば効力は倍増する。
「……だが、そもそも話を聞いてもらえるかが怪しい」
俺は文化祭の前に会長である井野陀と副会長の桐星が差し伸べてくれた手を、拒絶した。
見限られていても、文句は言えない。
「誰かいるか?」
目的の生徒会室前に着き、俺は扉を二回ノックして中にいる人間へ声をかけた。
すると、
「入っていいぞ」
一人の男の声が帰ってきた。それに応じて俺は扉をスライドした。
「何のよ、逸釆!? どうした!?」
正面、井野陀は机に手をついて身を乗り出しながら驚きを露わにした。
それは井野陀だけではない。近くに座る桐星も、書記二人も、会計も。
生徒会室にいる全員が、俺を見て驚愕していた。
「話があって、来た」
「話……?」
扉を閉めて、俺はすぐに話を切り出した。
「単刀直入に言う。──俺が生徒会長になるための協力をしてほしい」
「「「生徒会長!?」」」
……喧しい奴らだな。
「どうして、生徒会長になりたいの?」
「──新しい自分になりたいからだ」
俺の答えに質問をしてきた桐星含め、生徒会メンバーは疑問を顔に浮かべた。
当然の反応だ。生徒会メンバーは、俺の事情を知っていても明様校以降に限定される。明様校以前のことを知らなければ、俺が言ったことの真意は理解できないだろう。
「俺は過去に教師から体罰を受けた。そのことを、ずっと忘れるために学校行事に積極的に参加してきた」
「……逸釆」
「でも、信頼できる奴らと関わるうちに覚悟が決まったんだ。過去と向き合い、今を変える」
「それで生徒会長に……」
桐星は何か言いかけたが、俯いて言葉にしなかった。
「──逸釆の考えはわかった」
手を組み、机に肘をついて井野陀は話し始めた。
「お前を取り巻く現状、最悪以外の何者でもなかったが、夜叉の一件、そして今回の荒木田の一件で大きく変わりつつある」
「────」
「しかし悪いが、あまりに無謀がすぎる。変わりつつあると言っても、それで逸釆が生徒会長選に立候補して投票までしてくれる可能性は限りなく低い。過去に女子生徒に暴力を振るった『かも』しれない男だと、頭の片隅では思われ続けていると考えるのが普通だ」
「――――」
「今を変えるだけなら、三芳芽亜が逸釆を貶めたという証拠を見つけて全校生徒の前に突き出せばいい。今を変えると言うなら、確実な策を取った方がいい」
井野陀の指摘はもっともだ。
三芳芽亜が俺を貶めたという証拠を見つけ、それを突き出す。夜叉の時同様、生配信でもなんでもして悪事を暴露する方が今を変えられるのは確かだ。
「でもな井野陀。──俺とお前とじゃ『今』を変えるの『今』の意味が違うんだよ」
「……?」
「お前は、俺が三芳芽亜に貶められた現状を変えて、元の学校生活に戻りたいから生徒会長になろうとしてる。そう考えてるだろ?」
「あ、あぁ……」
「それも理由の一つだ。だが、本当の理由は別にある」
三芳芽亜に貶められた事実が消えても、元の立場に、学校生活には戻れない。そんなのは、他の誰よりも俺が一番わかっている。
「最初に言ったはずだ。新しい自分になるために、生徒会長になるって。今のままじゃ、どうあっても俺は過去に怯えた弱いままだ。乗り越えても、それは成長じゃない。トラウマの解消だ」
「────」
「過去を乗り越えた自分を成長させたい。だから俺は、生徒会長を目指す」
石母田に話したことと、同じことを井野陀に伝えた。
目を見開き、再び驚いた様子で口を開いた。
「圧倒的不利な状況だぞ……加えて、三芳芽亜は側から見ても凄まじい才能の持ち主だ。生徒会長になって今を変えるというのは、無謀と言わざるを得ない……」
「──? 何か勘違いしてるな」
「勘違い?」
「三芳の悪事を暴露して勝っても、俺の成長には繋がらない。圧倒的不利で、正々堂々戦って勝つことの方が意味がある。──俺は三芳芽亜に『挑戦』するために生徒会長を目指すんだ」
俺の言葉を聞いて、暫し呆気にとられていたが、やがて元に戻り井野陀は微笑んだ。
「全く、出会った時から凄い奴だ、逸釆は……」
「そりゃどうも」
「──わかった。俺たち明様高校生徒会は、新崎逸釆を生徒会長として推薦することを約束しよう」
副会長の桐星は笑みを浮かべ、書記と会計の三人は井野陀の発言に対し唖然としていた。
唖然とする書記と会計に「詳しい事情は後で話す」と言って、一旦落ち着かせた。
ひとまず、
「協力してくれてありがとう。──甚先輩」
「なんだかむず痒いな……」
俺と『甚先輩』は、互いに握手を交わした。
ここに、俺と生徒会との協力が締結された。
「後は……」
窓の外を見据え、青く澄み渡る空を眺める。
生徒会長選に臨む上での必要条件二つは満たした。
後は、全ての元凶に会いに行き話をつけるだけだ。
「過去に決着をつける」




