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第四十九話 『新たな一歩』


 



「…………っ」


 ……頭が痛い。全身が重たい。


「……ぐ」


 陽光が瞼に当たり、俺は眩しい中ゆっくりと目を開けた。


 一番最初に視界に入ったのは、何もない真っ白な天井だ。次に手足を僅かに動かして自分がベッドの上にいることを確認する。

 俺は今、ベッドの上で横になっている状態らしい。


「……新崎、くん……」


「?」


 左側からか細い声が聞こえた。

 声の方へ向こうと身体を、


「……っ、痛い」


「まだ無理しちゃダメだよ!」


 身体を起こそうとした瞬間、俺の全身がひび割れるような激痛が走った。

 この痛みで、現在に至るまでの記憶を思い出した。


 俺は荒木田哲人に拉致られた石母田を助けるために、指定された廃工場へ向かい、一時間半以上も全身を暴行され続けた。

 その後、東雲が助けに間に合ってくれたお陰で石母田を──、


「──石母田?」


「うん! 石母田智音です!」


 そう、か。

 俺たちは、無事に石母田を救うことができたのか。


「悪いが、リクライニングで少し起こしてくれないか」


「うん、わかった」


 そう言うと、石母田は俺が横になっているベッドのリクライニング機能を使って身体を少しだけ起こしてくれた。

 そして、顔だけ左側へ向けた。


「──本当に悪かった」


「え!?」


 言わなければならなかった。

 心配したりする前に、まず俺がすべきなのは謝罪だ。


 普通に考えればわかることだ。

 俺と関わるということは、俺を憎む存在に攻撃される可能性がある。

 それに俺は、夜叉から第三の脅威の存在について聞かされていた。


 今、最も警戒すべきタイミングで、俺は穏やかな時間に浸りすぎていたのだ。


「いや、石母田と関わり始めた瞬間から、俺は石母田を傷つけ続けてた」


「……新崎くん」


 そんなことにも気づけないで、俺は自分に降りかかる災難にだけ意識を向けていた。


「土砂降りの雨の日、お前は俺に言ったな。俺を、助けさせてほしいって」


「────」


「あの時、俺は救われた気持ちになった。でも、多少信用できるから傍に置いてただけで、完全に信用はしてなかった。……本気で俺を助けようとしてくれてたお前を、疑い続けてた」


 じっと、石母田は姿勢を正して真っ直ぐに俺の話を聞いてくれている。

 そのことに感謝しつつ、話を続けた。


「連続傷害事件の時はお前を半ば囮にして被害者にした。偽装誘拐の時は頼ろうとすらしなかった。お前が母親から過度な縛りを受けてた時に怒鳴ったのも、あの女のクズ親ぶりに腹が立って怒りをぶつけただけだ。……夜叉の一件まで、石母田が傍にいることを、俺はなんとも思ってなかった」


 最低最悪。極悪人。

 この半年以上もの間、散々言われ続けた言葉だ。

 真実を知りもしないで何言ってんだよって思っていたが、俺を助けようとしてくれる人間を蔑ろにした俺は十分に最低最悪な人間だ。


「夜叉の一件までって言ったが、今回だって……」


「──新崎くん」


 話を続けようとした時、他の誰でもない石母田本人の俺を呼ぶ声によって遮られた。


「連続傷害事件の時、新崎くんはわたしのことを本気で助けようとしてくれた」


「────」


「偽装誘拐の時はわたしには特にできることはなかったし……」


「────」


「お母さんの一件は、たとえ新崎くんが怒りをぶつけただけだったとしても、わたしはあの後すごく救われた」


 微笑みながら、俺が言った最悪の答えとは別の答えを石母田は並べていく。


「文化祭の時に、新崎くんはわたしに手を差し伸べさせてくれた。支えにならせてくれた。……それだけで、十分だよ」


「──ぁ」


 俺にそんなつもりはなくても、石母田は俺がしたことを全て良い方向で捉えてくれていた。

 ますます、自身の最低ぶりに怒りが込み上げてくる。

 何故、こんなにも自分を思ってくれている存在を、蔑ろになどできたのか。


「石母田、俺はこれから、二つやりたいことがある」


「やりたいこと?」


 こんな最低な俺を受け入れてくれる石母田に内心で感謝し、俺がこれからやろうとしていることを最初に彼女に伝えることにした。


 この半年以上もの間、本当に多くの出来事があった。様々な出来事をバネに、石母田たちからの言葉を胸に、向き合い、新たに『挑戦』しなければならない。


「文化祭初日、七年前に体罰を受けてた教師と再会した」


「────」


「あの時、自分でも驚くほど怯えたんだよ。みっともなくな。でも、石母田たちのお陰で──向き合う覚悟が決まった」


 俺の言葉に、石母田は大きく目を見開いた。


 夜叉の一件の後、改めて自分を見つめ直し、そして俺を信用してくれる人たちと向き合うと決めた。

 同時に七年前に俺に体罰をした教師、伊津野彫明とも向き合うと決めた。


 いつまでも弱いままではいられない。

 向き合って、乗り越えて、その先へ俺は行く。

 過去と今の二つを超えて、偽らない『本当の自分』になるために。


「過去から逃げ続けた七年間だった。三芳に貶められた後散々言われたよ。騙してたんだなって」


「────」


「違う、そんなつもりじゃないって思ってたが、よく考えれば騙してたも同然だ。本当は弱いのに強がって、自分を変えるってていで行事とかの実行委員に率先して参加して地獄を忘れようとしてた」


「……新崎くん」


「お前のおかげで、逃げるのをやめる覚悟が定まった。ありがとな」


 最初から最後まで、俺は石母田に救われ続けていたことを再度認識した。

 助けさせてほしいと言ってくれた彼女のためにも、しっかりと俺が良い方向へ進むところを見せなければならない。


「それともう一つ」


 俺は自分の両手へ視線を移した。


 過去と向き合う。これも十分に大きな決断だ。

 だが、過去と向き合うだけじゃ『本当の自分』へと至るには足りない。

 今も乗り越えなければ、自分を成長させることなどできない。


「俺は」


 再び石母田と目を合わせてから、言った。


「──明様高校の生徒会長になる」




 ■■■■■■■■■■■■■




「生徒、会長……?」


 驚くでもなく、笑うでもなく、石母田はポカンとした表情を浮かべた。


 まぁ、予想もしない発想だったろうし無理もない。


「七年前の地獄と向き合うことも俺にとっては大きな決断だ。だが、過去と向き合うことは成長には繋がらない。単に、トラウマを克服しただけにとどまる」


 とうに終わったことをいつまでも引きずって、それを数年経って向き合ったとしても成長はできないと俺は考えている。

 成長とは、積み重ねた過去の先にある現在、未来で新たな進歩を遂げることだ。


「これまで、幾つもの災難がふりかかった。最初はただただ面倒で無意味な時間と思ってたが、そんなわけない。今こうして、石母田を仲間と思えるようになってるんだからな」


「────」


「生徒会長になるための条件は、悪いなりにも整ってる。夜叉と荒木田、あいつら二人の件で明様校の人間たちは俺を悪人だと断定できない。いいや、俺は悪い奴じゃなかったって思ってるのがほとんどのはずだ」


 そうでなければ、俺は生徒会長になどなれない。

 夜叉の件で迷いを生じさせ、荒木田の件で迷いではなくしっかりとした答えを出せていてくれなければ根底から崩れることになる。


 けれど、荒木田の件を知っても俺を悪く思う奴は多いはずだ。確実に三芳芽亜が俺を貶めたという証拠がなければ尚のことだ。


「無理だろと思わなくもない。それでも生徒会長を目指すことは──俺の『挑戦』だ。だから諦めない」


 これは不利かつ無茶な戦いへの『挑戦』だ。

 生徒会長を目指す条件は、圧倒的に不利かつ無茶だ。

 だとしても、不可能でなければ挑める。どれだけ確率が低くても──勝利は掴める。


「よく復讐は何も生まないって言うが、まさにその通りだ。俺は三芳に復讐がしたいわけじゃない。復讐したところで、あいつが喜ぶだけだけだしな」


 連続傷害事件の時、三芳が俺を貶めた理由は、俺の辛そうな顔が見たいからと言った。

 復讐は怒りによって生まれるもの。それじゃ成長にはならない。俺は自分を変えられない。そして、結果的に三芳を喜ばせるだけ。


「真正面から、正々堂々、三芳芽亜を倒すことに意味がある。そのためには、お前の力が必要だ。──力を貸してくれるか、石母田」


 眼前、目を見張りながら俺が差し出した手を石母田は見ている。

 そして──、


「──新崎くんのためなら、わたしはどんなことでも手助けするよ」


 うっすら涙を浮かべて微笑みながら、石母田は俺の手に自身の手を重ねて言った。


「ありがとう」


 本当の意味で、俺は新たな一歩を踏み出せる。

 負けっぱなしはもう終わりだ。

 汚い手を使わず、正々堂々お前を倒す。それから、新しい俺の未来の糧になってもらう。


 ──次に地に落ちるのはお前の番だ、三芳芽亜。





 

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