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第四十八話 『信じる理由』


 


 東雲がこの場にいるということは、近くに連れてきた男女二人ずつが潜んでいるということでもある。


 策も最終局面だ。

 東雲が荒木田に勝利し、石母田を救い、未来の俺に対する明様高校の人間たちの見方を変える。


「────」


 だが、俺は結末を見届けることしかできない。

 夥しい量の傷を負い、血を流した現状では東雲の力にはなれない。足手まといになる。


 今の俺にできることは──東雲を信じることだけだ。


「よっ、荒木田。会話するの大会ぶり?」


「──っ」


 気安い調子で東雲が言うと、荒木田は苦い顔をした。

 自分にとって都合の悪い過去を言われたのだろう。


 格闘技の大会の因縁か?

 というか、そもそも東雲と荒木田に面識があったこと自体驚きだが。


「過去の話なんざどうでもいい。俺はテメェが新崎の護衛やってやがったことが驚きだ」


「自分でも誰かの護衛やるとは思ってもみなかったよ」


 互いに視線を一切ずらすことなく、真正面から目を合わせている。

 いつ仕掛けられるか、両者最大限に警戒しているのが側から見てもわかるほどだ。


「は」


 何故か荒木田は笑った。


「そんな雑魚守ってどうする? そこで狂ってる奴はテメェを道具としか見ちゃいねぇ。それに新崎は女を殴るような奴だ。俺と同じ筋金入りのクズを守る理由がわからねぇ」


「────」


 荒木田は俺が三芳に暴力を振るったって話を信じてるのか。

 とはいえ、確かにそのことを信じてるなら俺と東雲の関係は第三者から見て歪だ。


 女に危害を加え、尚且つ自分の身を守るためだけに道具として東雲を利用している。

 しかし、それこそ過去の話だ。

 ──俺はもう、東雲を道具ではなく信用できる仲間として見ている。


「守る理由、か」


「今なら新崎を差し出せばテメェには手を出さねぇ。悪くねぇ提案だろ?」


 一瞬だけ間が空いた。

 それから、東雲は口を開いた。


「お前の提案に乗るつもりはない」


「チッ」


「後、俺が逸釆を守る理由がわからないって言ったな」


 東雲は荒木田へ一歩詰め寄り、一拍置いて、言った。


「──お前は俺の親友を傷つけた!! それだけでねじ伏せる理由には十分だ!!」


 思わず、目を見開いた。

 東雲は温厚で、誰とでも仲良くしようとするような奴だ。

 だからこそ──初めて見る憎悪を剥き出しにした姿は、まるで別人のようだった。


「いいじゃねぇか、その面。殺してやるよ!!」


 荒木田は地面を蹴って一気に東雲との距離を詰めた。


「──ッ!!」


 繰り出された高速の右ストレートを東雲は軽々回避。

 続けざまに放たれる拳を全て避けき、


「──ぐっ」


「隙だらけだ」


 荒木田から放たれるストレートを全て避けきった直後、東雲は左腹部に強烈な蹴りを受けた。


「流石に、キックボクシング習ってる奴の蹴りは違うね」


「な、テメェ!?」


「うぉぉおおりゃあああああ!!」


 しかし、東雲は怯まず、逆に蹴られた荒木田の右脚を掴んで凄まじい腕力で投げ飛ばした。

 斜め右に大きく飛ばされ、荒木田は勢いよく壁に激突した。地面に手をついて苦鳴をもらしている。


「どんなもんだ!」


 腰に手を当てて声高らかに東雲は言った。


「……っ」


 あ? 荒木田から受けた蹴り、効いてるのか?


 東雲は腰に当てていた手を、荒木田に蹴られた左下腹部へ動かして抑えた。

 抑えた左下腹部を見ている東雲の横顔は、明らかに苦痛を感じている時の表情だ。


 荒木田の前じゃ、絶対に弱ったところを見せないように平気なふりをしてるのか。


「……お前」


 一瞬だけ俺の方へ東雲は振り返り、無理に笑みを作ってピースサインを送ってきた。

 ……余裕ぶりすぎだ


「ざけやがって」


 頭を抑えながら荒木田は立ち上がり、俺と東雲に交互に鋭い眼光を飛ばしてきた。

 それから再び地を蹴り、東雲へ襲いかかる。


 総合格闘技、全国大会出場者である東雲幸宏。

 ボクシングとキックボクシングを習っている荒木田哲人。

 互いに一進一退の攻防を繰り広げている。

 常人にはとてもじゃないが目で追いきれないレベルの戦いだ。


 ……にしても、全国レベルの奴相手に互角とはな。


「らぁぁあ!!」


「うおっ、 はぁ!」


 東雲の実力は、暴力除けや体育祭の棒倒しでの無双ぶりから十分に理解している。

 間違いなく東雲は他者を寄せ付けない強さを持っている。

 だが──それは荒木田も同じだ。


 荒木田は、殴りと蹴りの正確さ、相手の行動を極限まで予測した立ち回り。

 習い事をしているおかげか、あるいは尋常じゃない回数の喧嘩をして培った強さか、またその両方か。


「────」


 今更、自分勝手なのは重々理解している。

 今回の策は東雲なくして成り立たない。

 絶対に失敗できない役割を、今まで道具として扱ってきた俺が任せている。


 でも。

 ──頼む。勝ってくれ。


 酷く身勝手で最低な頼みだ。

 けれど最低な俺には、長い時間をかけて罪を償う時間が必要だ。

 そのためにも、この戦いに勝利して今までうちに秘めていた俺に対する本音をぶつけろ。


 それからだ。

 ──真っ直ぐ向き合い、穏やかな時間を過ごすのは。


「……頼むぞ」




 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲




「──あら、来てたのね」


「「「「誰!?」」」」


 背後から聞こえた声に激しく肩を跳ねさせ、新崎と東雲と荒木田を見ていた四人は怯えた表情で振り返った。


 しかしそこには、荒木田の手下と思しき存在ではないと瞬時に判別できる人間がいた。

 月光に煌めく橙色の髪を靡かせ、整った顔立ちに常に堂々とした立居振る舞いが似合う女生徒──。


「柚葉…………?」


「ええ。久しぶりね、翠。それに牧野も」


 名を呼ばれ、坂野柚葉は見知った相手である福凪と牧野にだけ挨拶をした。

 ついでに他二人にも目をやるが、名は知っていても関わったことがないため何も言わなかった。


 座っている四人の横を抜けて、坂野は打撃音鳴り響く一番奥の廃工場手前で立ち止まった。


「ひとまず、無事みたいね……」


 真っ先に視界に入ったのは、最も心配していた友人である石母田だ。

 ついで現在凄まじい戦いを繰り広げている東雲が視界に入る。


「うそ、でしょ……」


 最後に視界に入った中腰の状態で右腕を抑え、夥しい量の傷を負い、血を流しながら笑っている新崎を見て、坂野は絶句した。


 無事と、とてもじゃないが言い切れない状態だった。石母田と東雲だけを見て、一瞬無事と判断した自分を内心で咎める。


「────」


 首を横に振り、坂野は座り込む四人の下へ戻った。

 坂野が四人を見下ろすと、どこか暗い感情を孕んだ瞳で見上げてきた。


 その姿に、坂野は目を細め、相手を凍てつかせそうなほどに視線の温度を下げた。


「あれを見て、まだ新崎が悪人だなんて言わないでしょうね」


「…………」


 四人は揃って目を伏せた。

 それを見て坂野は「はぁ......」とため息をつく。


「まぁでも、あんたたちに強く言う資格、あたしにはないのよね......」


「それは、どういう……」


「この間まで、あたしも新崎を最低な男だって思ってたって話よ」


 坂野は元々、新崎を極悪人だと思っていた。

 男にしても女にしても、他人に暴力を振るうなど言語道断。最悪な人間だと新崎を捉えていた。


 しかし、自分の中で一つの疑問が生まれた。

 ──話は全て真実なのかと。


 三芳芽亜が姿も見せず、一方的に新崎に暴力を振るわれ全治七ヶ月の怪我を負わされたと言っているだけ。

 考えれば明確な証拠など、何一つなかった。


 そう思い至って坂野がしたのは、友人であった三芳芽亜への連絡だ。

 しかし、三芳とは一切連絡が取れなかった。


 次に坂野は、停学明けからの新崎の行動を調べた。

 連続傷害事件の解決。偽装誘拐の解決。

 いずれも、真に新崎が悪人であったなら解決などしただろうかと疑問に思っていた。

 そして、その疑問は「新崎は悪人ではない」と答えが出た。


 その後の行動は早かった。

 ただ「あんたは悪人じゃないから協力する」なんて言葉だけでは信用されない。ならば、自分が皆の前で新崎と関わると見せつければ無理にでも協力させてもらえると思った。


「あたしは自分が間違ってたことに気がつけた。同時に自分こそが、人を信じず悪罵する悪人だってことにもね」


「────」


「今こうして三人の力になれてるのはそのおかげ。だからあんたたちも、さっさと信用して新崎に協力しなさい」


 四人は坂野の言葉に、何も返すことはできなかった。

 だから坂野も、付け加えて何も話そうとはしなかった。


 再び、新崎たちがいる廃工場へ視線を向ける。

 胸中に抱く願いはただ一つ──。


「──負けないで」




 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲




 東雲と荒木田の攻防は、三十分以上は続いている。

 互いに全身全霊で殴り、蹴り、回避しを幾度も繰り返して、両者の体力は限界に近い様子だった。


「……いい加減、負けを認めやがれ」


「はっ……そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」


 一定の距離を保った状態で互いに煽り合う。

 直後、先に動き出したのは東雲だ。


「終わらせてやる!!」


「──それを狙ってた」


「ごが……!」


 東雲の左脚からの回し蹴りを荒木田は後方に下がって回避、続けざまに放たれた右ストレートも回避した。が、東雲の右脚からの回し蹴りを顔面に受けて後方へ飛ばされ壁に激突した。


「にっ! やったぜ逸釆!」


「油断すんな……手足をなんかで縛れ」


「とと、そうだった」


 そう言うと、東雲は気絶している荒木田の手下の一人からネックレスを取り、壁の前でへたり込んでいる荒木田の前へ歩いて行く。


 ……全身が痛い。

 気を抜けばぶっ倒れかねないな。

 とりあえず、石母田に顔だけ見せて──、


「あ? ──────────────下がれ東雲!!」


「え?」


 言った瞬間、東雲は反射的に後方へ跳んだ。

 荒木田がナイフを持って立ち上がろうとしていたため、咄嗟に叫んだが見事に対応してくれた。


 俺は近くに転がっていた鉄パイプを拾い上げ、余った体力を全て注ぎ込み、


「お前の負けだ!!」


 荒木田目掛けて一直線に鉄パイプを投げ飛ばした。


「がっ……」


「東雲!! トドメさせ!!」


「おう、よ!!」


 東雲は肘鉄を荒木田の背中にくらわせてから、腹部を膝蹴りした。

 これで完全に、荒木田哲人は動けなくなったはずだ。


「……おい、殺してないだろうな」


「大丈夫、加減したから。うん、息あるから問題なし! 今度こそ俺たちの勝ちだー!」


「そう、か……」


「逸釆!!」


 ダメだ、そろそろ限界だ……。

 だが、まだ気絶するわけにはいかない。


「東雲、肩貸せ」


「でも逸釆……」


「石母田に声もかけずに倒れてられるかよ」


 そう言うと東雲は苦笑した。

 俺は東雲の左肩を借りて、片脚を引きずりながら石母田の下へ歩み寄る。


「待ってて、一回石母田さんの縄を紐解くから」


「ああ」


 俺から離れて、東雲は石母田を吊るしている縄を紐解きに行った。

 縄はすんなりと紐解け、東雲は石母田を抱えて俺の前で降ろした。


「石母田。おい、聞こえるか、石母田」


「…………あら、ざきくん…………?」


 俺が肩を揺すって石母田に呼びかけると、朦朧とした意識のままゆっくりと瞼を持ち上げた。

 瞳に俺を映し、名を呼んだ。


「助けに、来てくれたんだ......」


「当たり、前……」


「新崎くん?」


「逸釆? 逸釆ってば!」


 ああ、ダメだ、意識が遠くなってく……。

 いや、正確には──安心して気が抜けた、ってと……………。


 ───。

 ──────────────────。



 ■■■■■■■■■■■■■■




「良かった、気を失ってるだけみたい……」


 呼びかけられて目覚め、声をかけた直後今度は新崎の方が気を失ってしまった。

 だが意識はあり、今はただ疲れ果てて眠っているだけだとわかり、石母田は安堵した。


「一件落着ね」


「柚葉ちゃん来てたんだ」


「当然よ。無事で何よりだわ。東雲もお疲れ様」


「サンキュ。でも、今回一番頑張ったのは……」


「新崎、よね」


 二人は互いに目を合わせて頷きあった。


「後でちゃんとお礼をしなくちゃ」


「その必要はないと思うよ」


「どうして?」


「逸釆さ、石母田さんを助けるのが最優先ではあったんだけど、この状況利用して自分に対する見方を変えるのも作戦に組み込んでたんだよ。だから逸釆だけ先に一人でここに来たんだ」


「そうだったんだ……」


「最悪の状況下に置かれてたのに、よくそんなこと考えつくわね」


「ホント、俺もそう思うよ。……石母田さんは逸釆のこと、嫌いになった?」


 いくら自分を助けることが最優先だったとはいえ、その状況を利用して自分のためになるように策を立てたのだ。

 それは酷い行いで。


「ううん、嫌いになんてならないよ。むしろわたしは、その方が嬉しい」


 月光に照らされながら、石母田は心からの微笑みを浮かべた。


「わたしは新崎くんに、幸せな時間を過ごしてほしい。だから、わたしを助けることでその願いが叶うなら、すごく嬉しい」


「智音……」


「新崎くんはわたしを本気で助けようとしてくれた。そのことが、他のどんなことよりも嬉しいよ」


 石母田は新崎の行いが酷いなどと、微塵も思っていなかった。


「果報者ね、新崎は」


 坂野の言葉に石母田と東雲は笑った。

 それから三人は、縮こまりながら出てきた男女四人の生徒の方へ視線を向けた。


「俺たちの方が、よっぽど最悪な人間だった……」


「だな。最悪だよ、お前たちは。それがわかったなら早速、償いのために力を貸して」


「力……?」


「動画、撮ってただろ? 明様校内全体に知れ渡るように拡散しといて」


 先頭に立つ牧野は「わかった……」と言って、右手に持っていた自身のスマホで作業を始めた。他の三人も同様だ。


「淡土さんたちはもう来てる?」


「ええ」


「そっか。それじゃ、帰りますか」


 それぞれがすべき役割をこなして、石母田智音を荒木田の手から助けだすことができた。

 初めて仲間を信じ、頼ってくれた新崎に東雲と坂野は、


「お疲れ」

「お疲れ様逸釆」


 笑みを浮かべながら労いの言葉をかけた。

 そこには、これからも共に歩んで行こうとそんな意味も含んでいて。


 最後に助けられた石母田は──、


「──ありがとう、新崎くん」


 溢れ出る様々な想いを言葉に乗せて、感謝を伝えてくれた。





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