第四十五話 『最後の戦い』
「ちょ、ちょっと待って…………え?」
俺以上の動揺を顔に宿しながら、東雲は床に落ちた手紙を拾い上げ、震えながら開き、目を通した。
「……っ!」
声にならない声をあげて、東雲は驚愕に目を見開く。俺はただその様子を、眺めることしかできなかった。
「────」
「……どこ、行くんだよ」
俺が再び外へ出ようとした瞬間、またしても東雲は俺の腕を掴んで引き留めてきた。
振り返れば、動揺は残しつつも、何とか平静を保とうとしている。
「無策で突っ込んだって、相手の思う壺になるだけだよ」
「だったらどうしろって言うんだよ。時間がないのはお前にも」
「──仲間を頼れよ!!」
予想外に放たれた怒声に、俺は思わず目を見開いた。
「俺も、死ぬほど驚いたよ……石母田さんが拉致られたなんて知って、驚かないわけない……」
「────」
「でも、相手が誰かもわからないまま作戦も何も考えずに突っ込んでも、石母田さんは助けられない。馬鹿な俺でも、そのくらいはわかるよ」
「わかってんなら」
「焦る気持ちはわかるよ。今すぐに助けに行きたい気持ちだって、物凄くわかる。それに逸釆はまた──一人で解決しようとしてた」
言われてみれば、そうだった。
昼休み、俺は石母田たちに謝罪をした。それは、自分が災難を退けるための道具として扱っていたことに対しての謝罪だ。
謝罪した後、俺は石母田たちと本気で向き合おうと考えていた。──信頼できる仲間として。
だが信じたくない現状に、助けなくてはならないという激しい焦燥感に駆られ、完全に失念しかけていた。
俺は一度瞑目し、深く深呼吸する。
自分を落ち着かせて、無理やりではなくしっかりと冷静さを取り戻す。
「悪い、完全に冷静さを失ってた」
「俺の言葉が届いたなら良かったよ……」
「まさか、お前に落ち着けって遠回しに言われるとはな」
「なんか失礼な言われ方されたけどとにかく落ち着いてくれ良かった!」
早口に声を荒げる東雲。
これで、お互いに平静を取り戻したと言えるだろう。
「まずは状況を整理する必要があるな......」
顎に手をやり、俺は朝から現在に至るまでの状況整理を始めることにした。
まず俺は今日、本当の意味で何事もない学校時間を過ごした。
寒い嫌がらせを受けることが一度もなく、大声で悪口を言われることもなかった。昼休みには、石母田と東雲と坂野と共に、何気ない雑談を交わした。
それから、放課後にも密談室へ集まることになり、石母田は用事のため来れず、俺と東雲と坂野の三人で密談室に集まることとなった。
放課後の密談室での雑談を一時間程度で切り上げた後、西棟の方から不良生徒の木部が歩いてきて嫌な予感を覚えた。が、何もされることなくそのまま帰宅しようとした時に──石母田を拉致したと書かれた手紙が、俺の下駄箱に入っていることに気がついた。
石母田が拉致られたのは、恐らく帰りに俺と別れてすぐ。下駄箱に手紙が入っていたことから、予め準備していたと考えるのが自然だ。
「──? 木部は本当に、俺の暴力除けが誰かを確認しに来ただけか?」
一通りの状況整理を終えて、今日唯一の嫌な出来事に対して引っ掛かりを覚えた。
それはついさっき、西棟から東棟の方へ歩いてきた木部とすれ違ったことだ。
自らの口で、木部は俺の暴力除けが誰かを確認しようとしていたことを言った。何か攻撃されることもなく、木部はただ通り過ぎて行き、嫌な予感を覚えるだけに留まったが果たして本当にそれだけだろうか?
「あいつ、なのか……?」
「何かわかった?」
俺の呟きに東雲は期待を寄せてきた。
東雲の期待通り、俺の中にある可能性が浮かび上がっていた。
「東雲、木部は不良グループの一人だよな?」
「うん。それも、めちゃくちゃ喧嘩好きらしい」
「その不良グループを仕切ってるのは誰だ?」
「確かぁー……って、もしかして!」
俺の質問に答えようとする直前、東雲は再び顔を驚きに染めた。
「お前の答えと俺の中に浮かび上がってる奴は、恐らく同じだ。──荒木田哲人。そうだろ」
俺がそう言うと、東雲は激しく首を縦に振った。
──荒木田哲人。
明様校だけでなく、周辺地域の不良グループを取り仕切ってる存在として有名な奴だ。
争いを好み、自らが選ぶ手段は暴力のみという噂ばかり流れてくる。
そんな奴が何故退学にならないのか。誰も荒木田が危害を加えたところを見たことがないからだ。
証拠もなく、共に行動していた不良や被害を受けた被害者も、仮に荒木田が手を出していたとしても『言えば殺す』と脅して口封じをしていると考えられる。
だが俺は一度、荒木田から直接的な危害を加えられたことがある。
それは石母田に声をかけられる前、地に落とされてすぐのことだ。
荒木田たちに昼休みに囲まれて、殴る蹴るの暴行を複数人によって一方的に受け続けた。
荒木田には首を掴まれ、他の奴同様に暴行された。
それも結局、荒木田の手下と俺だけ。俺が言ったところで信用されないし、手下は死んでも口を開かないだろう。
結局、荒木田の暴行している姿の目撃情報は上がらず終わった。
「よし! じゃあ、俺に任せとけ! ぶっ飛ばす!」
「まだ相手が誰かわかっただけだ。策が思いついたわけじゃない」
「あ、そうだった……」
……脳筋の思考回路は殴り合いしかないのかよ。
「────」
再び顎に手をやり、俺は石母田を助け出すための策を考える。
相手は不良生徒を仕切る荒木田哲人。
あの不良たちを仕切るだけの力と、それなりの知恵を持ち合わせてると考えておいた方がいい。
あながち、東雲の脳筋思考も今回の場合は間違いじゃないのか?
いやでも、本当にそれで──、
「──ぁ」
深く思考を巡らせて、俺は一つの策を思いつき目を見開いた。
そう、そうだ。普通に考えて、ただの殴り合いで決着をつけていいような話じゃない。
この石母田を人質にされた状況は、最悪以外のなにものでもない。
だがこの災難は──利用できる。
「東雲、思いついたぞ。石母田を助けるための策を」
「マジか!? どんな策」
「──俺一人で行く」
「え?」
俺がそう言うと、東雲は目を丸くした。それからすぐに顔を顰めた。
「いや、さっき言ったじゃん! 仲間を頼れっ」
「頼る」
「それでなんで一人で行くって考えになるんだよ!」
鋭い眼光で東雲は俺を睨みつけている。
お前の言いたいことはわかる。馬鹿だって思うの無理のない話だ。
でも、
「悪い。これが現状と今後の最善策なんだよ」
「現状と、今後……?」
俺が言うと再び東雲は目を丸くした。
「状況は最悪だ。だが、同時にチャンスでもある」
「チャンスって、いったい……」
「夜叉甬马の悪事を暴露する生配信で、明様高の人間の俺に対する見方に迷いが生じたって言ってたな」
「でも、それが……」
「その迷いをなくす。──新崎逸釆は悪人なんかじゃなかったって」
ここまで言って、東雲はようやく俺の思いついた策の内容を察したらしい。
「俺が一人で荒木田のところに行って時間を稼ぐ。その間、お前は仲の良い男女二人ずつと肝試しってていで、手紙に書いてあった住所に連れてこい」
「…………」
「それと、写真じゃなく動画を撮らせ」
「そんな策認められるわけないだろ!!」
淡々と話を進める俺に、東雲は校舎内に響き渡るほどの声量で怒声をぶつけてきた。
「だってそれじゃ、俺が来るまでの間逸釆は殴られ続けるってことだろ!?」
「そうなるかもしれないな」
「荒木田は格闘技を習ってる! ずっと避け続けて時間を稼ぐなんて無謀だ!!」
血相を変えて、東雲は俺の考えついた策を咎めてくる。
俺が考えた策は、荒木田から石母田を救うと同時に、夜叉の一件での生配信で揺らいだ明様高の人間たちの俺に対する見方を変えることだ。
石母田でも東雲でも坂野でも小比類でも甘村でもない。
全く俺とは無関係の人間を複数人、荒木田に殴られる俺を見に来させる。後は、そいつらに写真やら動画やらをSNSかなんかで拡散してもらい、『新崎逸釆は悪人じゃなかった』という認識へ変える。
当然、時間を稼いでいる間は一方的に暴行され続けることになる。東雲はそのことに対して怒りをぶつけてきているのだ。
「頼るって結果がそれかよ! そんなの、そんなのは前の逸釆と何も変わらないじゃんか!!」
「────」
確かに、そうだな。
俺は石母田たちと向き合うと決めた。ほんの数分前にも、東雲に仲間を頼れと言われた。
頼ってはいる。しかし、俺が傷だらけになることを前提にした策は、俺を信じる人間たちにとっては頼っていないに等しい。
俺に傷ついてほしくない。だから一人で戦わず、仲間を頼ってほしいと思っている。
わかってる。
それでも、俺の意思は変わらない。
「お前の言いたいことはわかる」
「なら!」
「前にも言ったが、俺は東雲たちを蔑ろにしてきた。どうせ裏切るって、ずっと疑い続けてきた」
「それは、気にしてないって……」
「お前たちはそうでも、俺は自分が許せない」
そう言った直後、東雲の怒気が微かに弱まった気がした。
俺は話を続ける。
「俺が地獄を味わってるから他の奴はどうでもいいって考えてた。そんな人間が、謝った程度で許されていいわけがない」
自嘲交じりに俺は言った。
生配信で謝って、直接も謝った。その程度で他者に許されたくないし、自分で自分を許したくない。
「俺は地に落ちたことを楯にしてきたんだ。それに今回だって、石母田を救わなきゃならないのに、この状況を利用しようとしてる」
俺は最低な人間だ。
故に、どれだけ暴行されて傷つこうとも、構わない。
半年以上も浮かべてこなかった笑み。
それを不器用に再び浮かべて──、
「こんなやり方は今回で終わりにする。だから──頼む」
酷く自分勝手な頼み方だと自覚はある。
でも、こんな頼み方しかできなかった。
「────」
二分以上、沈黙は流れた。
そして、他の誰でもない東雲が沈黙を終わらせた。
「卑怯だよ、そんな頼み方……断れるわけない。ま、本気で頼まれた時点で、断る気なんかもう失せてたけどさ」
にっ、と満面の笑みを浮かべて、東雲は俺の頼みを承諾してくれた。
「坂野はまだ教室にいるはずだ。まずお前は、坂野のところに行って警察の奴らを連れて来るように言ってこい」
「了解!」
戦う準備は整った。
どんなに過酷だろうと、絶対に石母田を助け出す。
俺に最初に声をかけてくれて、最初に折れた心を立て直してくれた、大切な仲間を。
「逸釆!」
「あ?」
「俺、頑張るからさ。だから逸釆、絶対に無事でいて。石母田さんと一緒に」
強い闘志を顔に宿し、しかし笑みは残したまま東雲は俺に拳を突き出した。
「言われるまでもない」
俺は東雲の出した拳に、自分の拳を突き合わせた。
「それじゃあ!」
「ああ!」
互いに背を向け、走り出す。
大切な仲間を救うために、明るい未来にするために。
──地に落ちた俺の最後の戦いだ。




