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第四十二話 『石母田智音』


 



 ──文化祭最終日。


 無力感に苛まれながら、重い足取りで二年の校舎に俺は入った。

 微かに聴こえてくる喧騒。既に文化祭最終日が始まっている証拠だ。

 そんなのは、どうでもいい。


「──。手紙?」


 上履きを取り出そうとしたところで、俺の下駄箱に一通の手紙が入っていることに気がついた。

 昨日の一件から手紙の差出人の予想はつく。


「やっぱり夜叉か」


 《やぁ、逸釆君。調子はどうかな? 君に話したいことがあってね。四時間目が終わってすぐ、文化祭の閉会式の時間に屋上に来てくれないかな。あ、鍵は付けておいたから》


「……クソが」


 手紙の内容に一通り目を通し、込み上げてくる怒りをなんとか堪える。

 紙の一番下には、屋上の鍵がテープで付けられていた。


「結果は、目に見えてる……」


 ここで抗うことを放棄すれば、俺は本当に信頼を取り戻すことができなくなる。この先、どれだけの災難が降りかかってきて、その全てを退けたとしても、三芳と夜叉の手によって一切信じてもらえなくなる。


 でも、もういい。

 どれだけ足掻こうと、結果は覆らないんだからな。


「──全部諦める」


 夜叉からの手紙を握り潰して、俺は屋上を目指し、ゆっくり、ゆっくりと階段を上がっていった。




 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲




「……新崎くん」


 二年八組の出し物であるお化け屋敷。その受付をしながら、少女は──石母田智音は、三時間目になっても姿の見えない新崎逸釆のことを考えていた。


 いつもなら、新崎はどれだけ遅れようと学校に登校していた。

 普通なら歩いているだけで罵声を浴びせられるような環境になど、来たくもないはず。

 しかし、彼は違った。


 学校に来ることを辞めれば、それこそ嫌がらせなどをしてきている相手の思う壺だと考えて、敢えて学校に登校し続けていた。

 半年近く隣にいて、石母田は一度として新崎の弱っているところを見たことがない。

 だがそれは、新崎が本当に精神的に強いからではないと、石母田はわかっていた。


「さっき下駄箱見てきたけど、学校には来てるみたいよ」


「どこにいるんだろう……」


 一緒に受付を担当している坂野からそう言われ、石母田はますます新崎のことが心配になる。

 学校に来ているのに、教室には来ない。二年の校舎にすら来ていないことを、石母田は確認している。


「行ってきたら?」


「え……?」


「新崎のこと、心配なんでしょ?」


「でも……」


「受付ならあたしに任せていいわよ。こういうの得意だし」


 甘えていいのだろうか。

 現在は作業時間の最中。抜け出すこと自体、本来は許されないことだ。

 加えて、坂野には甘えてばかりだった。


 新崎と関わり始める前から、石母田には友達と呼べる存在はいないに等しかった。

 だが、新崎と関わり始めてから時が経ち、坂野柚葉という友達ができた。

 些細な相談や他愛もない話を交わせる、そんな間柄になった。小比類の件の時、石母田は新崎のことを事前に頼んだこともあった。


 またしても、友人の優しさに甘えることになる。

 それでいいのだろうか──。


「友達なんだから、好きなだけ頼りなさい」


「柚葉ちゃん……」


「あたしはね、むしろ頼られないで辛そうにされる方が嫌。だから──大丈夫よ」


 最後の一言に、石母田は全身が軽くなるような感覚を味わった。同時に、胸中は感謝の気持ちと『強い意志』に満たされた。


「ありがとう、柚葉ちゃん」


「頑張りなさい」


 石母田は頷いてから、席を立って勢いよく床を蹴って走り出した。

 ──新崎のいる場所を目指して。


「────」


 土砂降りの雨の日、助けさせてほしいと、そう言った。

 誰にも信用されず、彼もまた誰も信用できず、ただただ攻撃を受け続けているのが見過ごせなかった。けれど、現状を覆す発言力は自分にはないとわかっていた。


 ならせめて、側にいて新崎の暗い気持ちを緩和できればと思った。

 拒絶されても、鬱陶しいと言われても、新崎のことを助けたいと思った。彼の力になりたいと思ったから。


「甘村先生っ!」


「ど、どうしたんです!? 石母田さん!」


「新崎くん来てませんか!?」


「新崎君? 来てないですね」


「ありがとうございます!」


「え、石母田さん!」


 石母田が最初に訪れたのは保健室だ。

 保健室の教師である甘村もまた、新崎の手助けしたいと思っている人物の一人。もしかしたらと思ったが、どうやら来ていないようだ。


 次に向かう場所は、新崎と出会ってから今日までの日々、利用し続けていた場所。

 東棟一階、または同じ場所にある密談室だ。


「はぁ……はぁ……」


 駆け足で階段を駆け下り、東棟一階に辿り着く。

 遠目に見える密談室を視界に入れる。しかし、電気は付いていない。扉の前まで行き、扉を開けようとするが、


「……開いてない」


 鍵がかけられていて、扉は固く閉ざされていた。

 他の空き教室も片っ端から確かめていくが、やはりどこも開いていない。廊下の隅にいることもなく、東棟一階に新崎逸釆はいなかった。


「今もきっと……」


 脳裏に、昨日の朝新崎が浮かべていた表情が思い出される。

 いつもと同じような口調だったが、表情はどこか暗いように見えた。


 七年前に体罰を受けた教師と会った翌日だ。

 表面上は普通でも、内心はきっと、辛かったはずだ。

 ──だから、早く声をかけて上げたい。


「……っ!」


 まずは一階から、石母田は隅々まで確認し始めることにした。

 東棟一階から西棟一階へ入り、周囲に目を凝らしながら新崎逸釆を探す。

 端まで行っていないとわかれば、次は二階、三階と階を上がって同じ動作を繰り返す。しかし今度は、教室内も隈なく探す。


 職員室や事務室に身を潜めることはないだろうと、石母田は考えている。そもそも、通常時ですらあまり出入りができない教室だ。

 だが、二階からは各学年の利用するクラスがある。


 校舎内に集う幾人もの人々を避けながら、二年一組から二年八組までの教室を片っ端から確認する。


「どう? 新崎は見つかった?」


「あれ、柚葉ちゃん?」


 気がつけば、石母田は既に二年八組まで来ていた。


「ううん……行きそうな場所は当たったけど、どこにもいなくて……今は、一階から隅々まで探し回ってるんだけど……」


「……そう。ちょっと待ってて」


 坂野は受付席を立つと、教室内へ入っていった。

 二分と経たないうちに戻り、坂野は石母田へ笑みを向けた。


「受付、別の子に代わってもらったわ」


「え……!?」


「一人じゃ大変でしょ?」


「柚葉ちゃん……」


 坂野の優しさに、石母田は再び甘えることとなった。申し訳なさはある。けれど、頼られない方が辛いと言われたばかりだ。


「ありがとう!」


「いいのよ。智音は一年生の校舎見てきて。あたしは三年生の校舎見てくるから」


「うん!」


 坂野が言った『全面協力』は、何も新崎に対してに限ったことではなかった。

 新崎を助けようとする全ての人間に対して、そのことに石母田は最大の感謝をした。


 坂野に三階にある三年の校舎を任せ、石母田は今いる二階の校舎の反対側、一年の校舎へ向かう。

 やはり最終日だからか、人の数が一日目と二日目とは比べ物にならない。前を進むのも一苦労だ。


 何度も「すみません!」と言いながら前へ進み続けること数分。何とか一年の校舎へと辿り着いた。


「……すごい人の数。これじゃ、新崎くんを探すのに」


 時間がかかる、と言おうとしたところで、石母田は一人の『後輩』の存在を思い出した。

 それは、石母田が母親との問題で手助けすることのできなかった、新崎逸釆に降りかかった災難の一つ──。


「小比類さん……!」


 小比類恵那。

 体育祭前まで同学年の大人数によるいじめを受け、父親から酷い家庭内暴力を受けていた少女だ。

 彼女もまた、新崎に助けられた一人。きっと彼を探すのを手伝ってくれるはずだ。


「今は偶数クラスの出し物の時間だから、多分いるはず!」


 小比類は一年四組だ。出し物の内容は知らないが、作業時間のためいるはずと考え、まずは一年四組へ足を運んだ。


 前扉から教室の中を覗くと、一年四組の出し物は喫茶店だった。目を凝らし、制服を着用している生徒の中から小比類の姿を探す。


「──石母田先輩?」


「ひゃう!」


 背後から唐突にかけられた声に、石母田は肩を跳ねさせて振り向いた。

 するとそこには、目的の少女──小比類恵那の姿があった。


「小比類さん! えっと、今大丈夫?」


「大丈夫ですよ。もしかして、何かあったんですか?」


「新崎くんが学校に来てるはずなんだけど、いなくて……探すのを手伝ってほしいの!」


「新崎先輩が? わ、わかりました! わたしは一から四組の方を見てきます! 石母田先輩は、五組から九組をお願いします!」


「ありがとう小比類さん!」


 小比類が一年の半分の教室を確認してくれることに感謝し、石母田は五組から九組の教室を一つずつ見ていく。

 しかし、ここにも新崎はいなかった。


「────」


 生じるのは焦りの感情。

 校舎にあった時計を確認すれば、時刻は十二時を回り四時間目に突入していた。

 タイムリミットは残り一時間。時間切れになれば──新崎逸釆は、体育祭から文化祭までの冤罪を全て受けることになる。


「ごめんなさい、石母田先輩……いませんでした……」


 俯きながら戻ってきたのは小比類だ。

 もう半分の一年の教室にも、新崎はいなかったようだ。


「ううん、大丈夫だよ。一緒に探してくれただけで、すっごく感謝してるから」


「……石母田先輩」


 正直、心に余裕がなくなり始めている。

 だが、後輩にまで弱っている表情は見せられないと、石母田は無理に笑みを作った。


「わたしにとっても、新崎先輩は大切な恩人なんです……」


「小比類さん?」


「強くなるための虚勢を張れって言われてから、わたしはずっとそうしてます。そのおかげか、縮こまらなくなったのかなって、思っていて……」


 ぽつぽつと、小比類は話し始めた。


「わたしにとって、新崎先輩はとても大きな存在です……それは石母田さんも同じだと思います」


「────」


「だから石母田先輩──新崎先輩を、よろしくお願いします」


 最後の一言に、石母田を信じて託す力強さが宿っていた。

 後輩にここまで言われて、弱気になっている自分が情けなくなった。


「わかった。それと、ありがとう小比類さん。必ずまた、みんなで話そうね!」


 小比類に背を向けて、石母田は手を振りながら再び走り出した。

 走り出して少し、スマホが振動していることに気がつく。ポケットから取り出して画面を見ると、坂野柚葉からの連絡だった。


「もしもし、柚葉ちゃん?」


『ごめんなさい、四階も探したけど見つからなかったわ。智音は?』


「わたしも見つからなくて……でも大丈夫だよ! 必ず新崎くんを見つける!」


『無理はしないでね。次は五階を探してみるわ』


 と最後に言って、通話は終わった。

 ここで、石母田は探した場所を改めて整理することにした。


 一階は全て確認済み、二階も同様。三階は坂野のお陰で確認済み。四階も同様。

 五階は坂野が探してくれると言ってくれている。


「残りは、校舎の外……」


 校舎の外を探し回っている時間はない。

 明様高校は割と敷地が広い学校だ。校舎の外を探すとなれば時間が──、


「……屋上」


 ない、と言おうとしたところで、まだ屋上を確認していないことに気がついた。

 つい一ヶ月ほど前、尾暮雷という少年と新崎が体育祭の閉会式時間中に会話していた場所だ。

 今回も同じなら、


「行かなきゃ……!」


 目的地を一階の職員室へと定め、石母田は再び走り出した。

 階段を駆け下り、保健室よりも手前にある職員室の前へ辿り着く。前扉を二回ノックしてから、横にスライドした。


「あの……! 屋上の、鍵……ありますか!?」


「屋上? ないね。でもなんで屋上なんかに? 生徒は用がない限り立ち入り禁止」


「ありがとうございます!」


「ちょちょっ!」


 中にいた男の教師に教えられ、屋上の鍵がないことがわかった。

 つまり新崎の居場所は──屋上だ。


 一時間近く校舎内を走り回っていたせいで、既に体力は残りわずかになりつつあった。

 新崎や東雲なら、このぐらい平気なのだろうと考えると、自分の運動能力の低さが馬鹿馬鹿しくなってくる。


 二段飛ばしで階段を駆け上がり、三階、四階、五階と石母田は上へ進んでいく。

 彼にどんな顔をされるか、わからない。

 何で来たとか、余計なお世話だとか、言われるかもしれない。


「それでも……!」


 たとえ拒絶されようと、石母田は一度約束したことは絶対に守る。

 ──助けさせてほしいと、そう言ったのだから。


「つい、た……」


 目の前、屋上の扉がある。石母田はようやく、新崎がいるだろう屋上の前に辿り着いた。

 もしいなくても、時間ギリギリまで探すつもりだが、なんとなく予感がしている。

 扉の向こう側に、新崎がいる予感が。


「……っ!」


 ドアノブを捻り、ゆっくりと扉を開く。

 直後、視界が白くなる。今日は雲一つない晴天で、陽光の眩しさに目を瞑ってしまう。

 徐々に目が慣れて瞼を全開に開くと──、


「新崎くん……!」


 視線の先、ベンチに項垂れて腰掛けている新崎逸釆の姿がそこにはあった。


 彼は石母田の声に気がつくと、ベンチからゆっくり立ち上がり、振り返った。

 そして──、


「──何しに来た」


 そう言った新崎の表情は、失意に呑まれていた。




 ■■■■■■■■■■■■■




 ──幼い頃、わたしには自由が少なかった。


 物心ついた時から、お母さんに勉強や運動の習い事をさせられていた。

 嫌と言って聞いてもらえたことは一度もなくて、良い結果が出せなければ怒鳴られたりもした。


 お父さんはお母さんには弱くて、わたしと同じで自分を出せず、家では小さくなって過ごしていた。

 でも、


「智音、お母さんに内緒で遊びに行かないかい?」


 そう言って、お父さんはわたしをお母さんに内緒でこっそり連れ出してくれることがあった。

 知らない場所をたくさん見て、遊んで、笑って。

 お母さんに内緒のお父さんとの『お出かけ』が、幼いわたしにとっての唯一の自由だった。


 年齢を重ねるにつれて、お母さんの厳しさは増していった。

 より学力を高めようと、より運動能力を高めようと、とにかく他人よりも上にわたしを立たせようとしていた。そんなお母さんを見て、保護者会の人たちからは変な噂がたったりもした。

 ──子どもに無茶を強いているんじゃないかって。


 実際その通りだった。だけど、そうだと誰かに言えるわけもなく、ただただ自由の少ない時間を過ごしていた。

 お父さんの仕事が忙しくなって、こっそり連れ出してもらえる機会も徐々に減り、高校に進学する頃には完全になくなっていた。


「あなたには散々教え込んできたつもりだけど、無駄だったみたいね」


 高校に進学して数日、お母さんから唐突にそんなことを言われた。

 とても悲しかったし、辛かった。自由を奪われて苦しかった。でも、実の母親はお母さん以外にはいない。

 見捨てられた気がして、心が軋んだ感覚を常に味わい続けながら高校生活をわたしは過ごした。


 ──そんな時、転機が訪れた。

 ある日の学年集会で、学級委員による劇が行われた。

『宿泊体験学習の振り返り』を題材にした劇で、みんな笑って、楽しそうに劇を見ていた。

 劇の中で一際活躍して、注目を浴びていた二人の生徒がいた。


 新崎逸釆くんと三芳芽亜さん。

 二人は学校の人気者で、頭も良くて運動もできる。誰からも好かれて、信頼されている素敵な生徒だった。赤の他人であるわたしから見ても、二人の活躍に惹かれた。憧れた、って言った方が正しいかもしれない。


 家でお母さんにダメだダメだと言われたわたしにとって、二人の凄さは、わたしにもう一度前を向くきっかけをくれた。

 だから、もう一度頑張って、お母さんに「頑張ったね」って言われるようにと努力した。


 高校二年生に進学して、新崎くんと同じクラスになり、隣席にもなった。

 会話することは少なかったけど、優しくて、真面目な人であることがすぐにわかった。


 高校二年生になって数日が経った頃──新崎逸釆くんが、三芳芽亜さんに暴力を振るったと聞いて、絶句した。


 仲睦まじく、言い換えればお似合いな二人の間に亀裂が入り、新崎くんが暴力を振るったと担任の先生は言っていた。

 クラスメイトは当然悪人呼ばわりしていたし、わたしも最初は驚愕せずにはいられなかった。


 でも、新崎くんの顔を見て、暴力なんて振るったりしていないとわたしは確信した。

 だって──ものすごく、辛く苦しそうな顔をしていたから。


 それから、誰かからの指図や罰ゲームでやらせてると新崎くんから言われようとも、わたしは些細な手助けをした。どれだけ、拒絶されようと。


 そして、土砂降りの雨の日が訪れた。


「俺を助けてるところを周りの奴らに見せつけて、最終的には脅されてましたとか言う気だったのか? 本当に不愉快だなお前!!」


 わたしの意思で手助けをしていると言っても信用できないと、何度も拒絶された。

 拒絶されて、拒絶されて、拒絶されて──、


「──新崎くんを助けさせてほしいだけだよ!」


 力強く、想いを伝えた。

 もう、これ以上、彼に傷ついてほしくなかった。

 苦しい思いを、してほしくなかった。

 誰にも信用されない心の負担を、減らしてあげられたらと思った。


 言った直後は、想いは届かなかった気がした。

 けれど、新崎くんはぽつぽつと、自分の過去を話してくれた。

 体罰を受けたこと、こうして周囲から悪人扱いされるのが二度目であること。


「どうして、わたしに話してくれたの?」


 そう、新崎くんに聞いた。

 すると彼は、


「──お前が俺を、信用してくれたからだ」


 と、言ってくれた。

 嬉しかった。彼に、わたしの想いは届いていて、助けさせてもらえることが心底嬉しかった。


 それからというもの、新崎くんの側にいてたくさんの問題に巻き込まれた。

 だけど、そんな時でも彼はわたしを邪魔者扱いしなかった。事件の被害者になっても、全力で助けに来てくれた。


 後には、わたしとお母さんとの関係を改善してくれた。

 いつしか、新崎くんはわたしにとって大きな存在になっていた。

 ──今度はわたしの番だ。




 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲




「何しにきた」


「新崎くん、わたしに何かできることはない……?」


 息を整えながら、石母田は新崎に対してそう言った。


「ない」


「なんでも……」


「──無いって言ってんだろうが!!」


 しかし、返ってきた言葉は怒りに満ち溢れていた。


「もう終わったんだよ。何もかもな。全部、夜叉の方が上手で、元からない信用を更に叩き落として、拙い嘘で俺を貶めた。これ以上、俺に何をしろって言うんだよ」


 最後の一言には、自嘲が混じっていた。


 徹底的に追い詰められ、対抗しようにも何枚も上をいかれ、どうしようもないと言う他ない状況に新崎は置かれている。それは現在も同じだ。


「わたしたちに協力させ……」


「お前たちに協力してもらえば、現状を脱せるのか? だったら、とっくに全部解決してるだろうが」


 確かに、彼の言う通りだった。

 石母田も東雲も坂野も甘村も、新崎のために協力した。だが、新崎の根本の現状が覆ることはなかった。


「あのクソ教師に言われて、やっと理解したよ」


「教師……」


「俺が弱いままだから、結局何も変えられなかった。過去と向き合わないで、形だけで自分を飾って『俺は変わった』って無理やり言い聞かせてた」


「そんなこと、ないよ……」


「ない? あるんだよ。俺は自分を都合良く飾ってた。連続傷害事件だの偽装誘拐だのは、偶然が重なったから解決できただけにすぎない」


 そんなことはない。どんな時だって、新崎は的確に状況を見て問題を解決していた。


「高一の時周囲から応援されてたのは、三芳といたからだ」


 そんなことはない。新崎だって、学校を盛り上げようとたくさん頑張っていた。

 関わったことのない石母田にも、それは目に見えてよくわかった。


「七年前から俺は何も変わってない! 屈さないとか言って無理に学校来て、面倒って言葉で心に傷を受けてないって誤魔化してきた! 俺は哀れな人間なんだよ!」


 今までに聞いたことのない怒声を、石母田は新崎から聞いた。

 だが、怯むことなく、怖気ずくこともなく、ただ真っすぐに新崎逸釆と向き合い続けている。


 話を聞いて、あの時と同じことを思った。

 ──今日までずっと、傷つき続けていたんだと。

 前は気づくことはできなかった。でも、今回は違う。新崎の苦しみも辛さも、近くで見ていたからわかっている。


「……わたしはね、新崎くんと出会う前から、新崎くんに感謝してるんだよ」


「は?」


 今、あの土砂降りの日に伝えられなかったことを、伝える。


「何事も上手くこなせて、誰に対しても優しく接してる新崎くんにわたしは憧れてた」


「……とっくに、終わった話だ」


「自分を変えるためにたくさん努力してたこと、本当に尊敬してる」


「努力も何もかも無駄だっただろうが……!」


「無駄なんかじゃ、ないよ……。新崎くんは、関わったことのない人にまで力を与えるすごい人な……」


「──俺に理想を押し付けるのは辞めろ!!」


 言葉を続けるのを、新崎による怒声で遮られた。

 唐突なことに、石母田は思わず目を見張るが、すぐに心を落ち着かせた。


「お前の言ってることは、全部理想にすぎない! 俺が関わったことのない奴にまで影響を与えてたなら、なんで俺を助けに来ない!」


「────」


「誰も俺を信用しないのは、結局三芳しか見てなかったことの明確な証拠だ!」


「……っ」


「そもそも、俺はお前だって完全に信用してない! 俺はお前が近くにいる理由が……」


「──新崎くんの傍にいたいからだよ!!」


 我慢の、限界だった。

 暴発せず話そうと考えていたが、それじゃ届かないことを痛感した。

 だから本音を、伝えた。


「傍にって、どうせ裏切るくせに」


「わたしは絶対に新崎くんを裏切らない! 新崎逸釆くんは、わたしにとって出会う前からの憧れだった! そんな人が酷い目に遭ってるのに、無視できないよ!」


 本当はもう、わかっている。

 ──自分が一番、新崎逸釆の力になれていないことを。

 東雲は高い身体能力で暴力除けをして、坂野は機転をきかせて常に最善に行動している。


 自分はどうだ。

 連続傷害事件では被害者になり迷惑をかけ、偽装誘拐の時は何もせず、小比類の時も体育祭の時も同様だ。


「考えてみれば、わたしはずっと新崎くんのことを助けてなんてなかった……迷惑ばっかり、かけてた……」


「────」


「また何もできないのは、嫌だよ……これ以上、新崎くんには辛い思いも苦しい思いもしてほしくない。──幸せでいてほしい」


 直後、新崎は大きく目を見開いた。


「今年知り合ったばっかの人間に、なんでそこまで思うんだよ……俺にはそこが、理解できない……」


 新崎は俯きながら、現実を理解できないと首を横に振っている。

 確かに、石母田は傍にいたいからと言ったが、それだけでは動機が不鮮明な点が多い。


「本当はもっと、落ち着いたら言おうと思ってたんだけど……」


「……ぁ?」


 全てが片付いてからにしようとまで、石母田は考えていた。だが、今伝えなければならない。

 新崎の、力になるために。


 一歩、石母田は新崎と距離を詰めた。

 そしてまた二歩、三歩と距離を詰めていき──、


「……ぁ」


「──新崎逸釆くんのことが好きだから」


 飛び込むように新崎へ抱きつき、石母田は告白した。


 状況を考えれば、タイミングとしては不適切かもしれない。だけど、信じてもらわなければ何も始まらない。


 新崎逸釆を助けたい。この思いに、嘘偽りは一つもないのだから。


「わたしは新崎くんのことが好き。だから、助けさせてほしいし、幸せになってほしいって思うんだよ……」


「…………」


 体を離し、石母田は再び新崎と向かい合った。


「改めて」


「な、にを……」


「──新崎くんのことを、わたしに助けさせてくれませんか?」


 あの土砂降りの日と同じ言葉を、もう一度。

 しかし、あの時とは違う。

 今石母田は、誰よりも純粋に、心からの笑みを浮かべている。


「……お前、本当に馬鹿だろ」


「新崎くんとすることで、馬鹿なことなんて一つもないと思ってるよ」


 返ってきた言葉は、土砂降りの雨の日に言われた言葉と同じだった。

 だが、石母田側の返答は変わった。それは、今日までの日々を新崎と共に過ごしてきたからに他ならない。


「信じても、いいんだな?」


「──っ、もちろんだよ!」


 そう言って、新崎は石母田が差し出していた手を取り、握手を交わした。


「──ありがとう石母田。俺を助けようとしてくれて」


 思わず、石母田は目を見開いて、涙を流した。

 目の前で握手を交わしている新崎が、初めて純粋な感謝を伝えてくれて──笑っているから。


 今日まで、新崎は石母田や東雲に限らず、地に落とされてから笑みを浮かべることはなかった。

 常に顰めっ面で、顔に怒りや恨みを張り付けているようだった。


 だから彼が浮かべてくれた笑みを見て、石母田は心底喜ばしかった。


「こちらこそ、信じてくれて、ありがとう……!」


 ようやく、始まりにたどり着いた。

 この瞬間から、始めよう。

 新崎が誰よりも優しい人だと言うことを伝える、戦いを。


 ──新崎一人ではなく、自分を含めた新崎を信じてくれている、仲間と共に。





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