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第四十一話 『周到な計画』

 




「事はうまく進んでいるようだね」


 入れ立ての紅茶を片手に、金髪の少年は微笑みを浮かべながら言った。


「流石わたしたちの甬马くん!」


「ありがとう、千早ちゃん」


 対面に座る赤江の髪に触れながら、金髪の少年――夜叉甬马は笑みを深めた。

 すぐに髪から手を離し、夜叉は「ともかく」と言ってから話を続けた。


「今の逸釆君は、精神的にかなり弱ってる。このタイミングにもう一つ仕掛けようか」


 既に夜叉は、文化祭実行委員会にて新崎逸釆に対する疑心を植え付けることに成功している。

 新崎が一人になったところを写真に残し、状況的に新崎が犯人だと周囲の人間に疑わせる。


 もう一度同じ手を使おうと夜叉は考えている。

 だが今回は、疑いではなく確実な犯人として断定されるよう仕向けるために、一手間加える。


「それには君の力が必要なんだ。お願いね――漣梨生ちゃん」




 ■■■■■■■■■■■■■

 



 ――文化祭二日目。


 全身にのしかかる倦怠感。もはや何のために学校に来てるのか、わからなくなりつつあった。


「――――」


 昨日、俺に体罰をした全ての元凶、伊津野彫明との対面で自らの弱さを自覚させられた。

 誰にも屈さない、弱い面を見せない。その一心で学校に通ってた。

 だが、結局は虚勢にすぎないとわかってしまえば、意味のないことをしているように感じてくる。


「二日目は偶数クラスが先だ。漣たち文化祭実行委員は、体育館でリハーサルがあるな」


「はい、三時間目から」

 

 半田の質問に漣は淡々と答えた。


 今日の午前は偶数クラスが作業時間、つまり出し物を披露する時間になっている。

 文化祭実行委員を除いて。


 文化祭実行委員は、三時間目から体育館で劇を行う予定になっている。そのため一、二時間目を使ってリハーサルや準備をすることもあり、俺たち文化祭実行委員はクラスの出し物には参加できない。


「チャイムが鳴ったな。今日も一日楽しめ」


 ホームルームが終わり、二年八組の生徒は続々と出し物の準備に入り始めた。

 俺も席を立ち、実行委員の荷物が置いてある三階にある準備室へ向かうことにした。


「……昨日はその、大丈夫だった?」


「――――」


 教室を出ようとした俺に、背後から石母田の声がかかった。

 なんて答えるのが正解か、わからなかった。

 大丈夫なわけがないと答えるのが正しいのだろうが、そんなのは弱音を吐いているのに等しい。


「何もない」


「……それなら、良かった」


 過度な心配をされても困る。

 俺は石母田の言葉に適当に答えて、教室を出た。


 廊下は既に、多くの生徒と保護者でごった返していた。

 凄まじい人混みの中を押し除け、隙間を通りながら前へ進んで行く。ちょくちょくわざと道を塞いでくるクズが何人かいたが、三階に行く階段を目指し真っ直ぐに。


「――っ、なんなんだよ」


 二年四組の教室前を通り過ぎた辺りで、誰かに肩パンをされて俺は背後へ押し返された。

 振り返るが、人が多すぎて肩パンしてきたのが誰か探せなかった。


 探すのを諦め、俺は苛立ちを抱えたまま目的の三階に上がる階段を上がった。

 階段を上がりきり、目の前にある準備室の中へと入る。


「あ、新崎先輩っ!」


「いたのか」


 扉を開けた俺に気づいた小比類が駆け寄ってきた。


「昨日は行かなかったが、問題なかったか?」


「はい! 大丈夫、です!」


 一瞬、小比類は言葉に詰まった。

 だが、今は時間がなく取り合っている余裕がない。


「ならいい。早く行かないとクズどもがうるさいから、さっさと行くぞ」


「はい!」


 劇に使う小道具を置いてあった鞄に収めて、俺と小比類は体育館へ向かった。




 ■■■■■■■■■■■■■




「また二人でやらせやがって……」


 四時間目終了直前。

 文化祭実行委員による劇は終わり、雑務である俺と小比類はたった二人で片付けをさせられていた。


「……こっちは、だいぶ終わりました」


「そうか。荷物は俺が準備室に運んでおく」


「え!? わたしも」


「いい。お前は先に教室戻れ」


 強引に会話を終わらせようとする俺に、小比類は渋々頷いた。それから、小比類は先に自身の教室へ戻った。


「――――」


 荷物を纏めて、鞄を背負う。

 箒やちりとりを掃除用具箱の中にしまい、俺は一人体育館を出た。

 目的地は二年一組の教室の隣、準備室だ。

  三階の準備室を使えるのは今日限りのため、翌日からは二階の準備室を使うように指示されている。


 階段を上がると、喧騒が再び耳に入ってくる。

 目の前にある目的の準備室へ入り、背負っていた鞄を適当に置いて俺は退出した。


「あ、新崎くん」


「石母田。なんで廊下なんかにいる?」


 二年八組の教室前に、何故か石母田は一人で壁に背を預けて佇んでいた。


「教室の居心地が、悪くて……」


「坂野は?」


「景品の入った袋、落としちゃったみたい」


 景品の入った袋って、随分と満喫してたんだな。

 まぁ、一人なら教室にはいづらいだろうな。俺もいなければ、坂野もいない。東雲は他クラスだ。


 俺と関わっていると知られている以上、腫れ物扱いされて避けられるのも無理ない。


「戻るぞ」


「うん」


 俺が教室に入った直後、教室内にいた奴らの視線が俺へ向いた。当たり前のように罵声を浴びせてきているが、俺も雑音として捉えて自分の座席に腰掛けた。


 数分たらずでチャイムが鳴り、同時に担任の半田と一部八組の生徒も教室内に入ってきた。


「全員、いるな」


 なんで俺を見た?


「――新崎、立て」


 直感的に過った嫌な予感は、的中した。

 俺は席を立ち、教卓の前に立つ半田と睨み合う形になった。


「今度はなんだ」


「お前、四時間目は何をしてた?」


「は? 文化祭実行委員の雑務だが。お前が脅して無理やりやらせてきた、文化祭実行委員の雑務だが?」


 敢えて二度、俺は半田に言った。


「四時間目は文化祭実行委員の劇の片付けで、体育館の掃除をしてた。その後は、二階の準備室に荷物をしまって二年八組の教室に戻ってきた。一年の小比類がいたし、嘘だと思うならあいつに聞け」


「拙い嘘をつくか」


 半田は嘘と一蹴し、胸ポケットから二枚の紙を取り出した。

 この動作は――三芳に貶められた時と同じだ。


「一枚目はこれだ」


「写真? 何も問題ないが。また一人でいたからとか、証拠とも言えない証拠で俺を悪人にする気か?」


「もう一枚はこれだ」


 無視かよ、っておい……。


「絵の具塗れになってるのがわかるか?」


「わかるが、それがなんだよ」


「呆れざるを得ないな。――自分の服の肩と裾に明確な証拠があるのに気づかないとはな」


「服? ──っ! なんだよ、これ」


 半田に指摘された場所に目をやると――青いインクが飛び散っていた。


「まだ、シラを切れるか?」


「くっ、ふざけんな。シラも何も、絵の具なんか使う場面ないだろうが」


「使う使わないは関係ない。他人に迷惑をかけるなら、幾らでも持参する。違うか?」


 クソっ……!


 誰がやったかなんてのはわかりきってる。――夜叉甬马(やしゃようま)以外に考えられない。

 気をつけてたはずだが、確かに先に小比類を教室に帰したせいで俺は準備室までは一人だ。

 俺は相手に絶好のタイミングを与えている。


 だが、インクはどこで――、


「……まさか」


 朝、俺は誰かに肩パンされた。

 結局誰にやられたかはわからずじまいだが、もしその時付けられたのだとすれば納得がいく。


「――私、見ました」


「漣?」


 俺と半田との会話の中に、もう一人の文化祭実行委員である漣が立ち上がって混ざった。


「新崎が、絵の具ばら撒いてるの」


「は? ふざけんな、くだらない嘘ついてんじゃ」


「黙って……!」


 漣は静かな怒りを瞳に宿し、俺を睨みつけてくる。

 おおよそ、夜叉が漣を引き入れたということだろう。


「――――」


 文化祭開催直前に校内の人間に俺に対する極度の疑心を植え付けた。それは、今回の件を引き起こすため。

 しかも、状況証拠だけでは足りなくなるとわかって、怪しまれないよう自然と接触して偽の証拠を作り上げた。


 体育祭の時点から、ここまで考えていたとしたら、もう手の打ちようがない。

 しかもこの策は、絵の具が付いてるか先に指摘されれば終わる。にも関わらず、今回の策を選んだ。


『七年前と変わらず弱い奴だな』


 脳裏に、伊津野の言葉が蘇る。


 周到な夜叉の計画は――俺が文化祭期間中に校舎内で一人になれば、悪人に仕立て上げられるように組まれている。


 足掻くだけ無駄。そう思わざるを得ない状況が、形成されている。

 このまま足掻いて、戦ってなんになる? どうせ今を突破したとしても、他の奴が今度は貶めようとしてくるに決まってる。


 強がるだけ強がっても、降りかかる災難を退けても、何も変わらない。

 現実が、俺に抗うことの無意味さを突きつけてくる。


「──っ」


「後で職員室に来い」


 もう、反論する気すら起きなかった。

 全部無駄。何をやっても無意味。現状は、覆らない。


 ……俺はどこまでも弱くて、無力だ。




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