第三十九話 『文化祭直前』
――二週間後。
第一回の後も、嫌々ながら俺は一度もサボることなく文化祭実行委員会に参加していた。
委員長が桐星、副委員長が夜叉という構成で進行している。三芳だが、全体のサポートをすると言い極限まで善人を演じ続けている。
当然のように俺は雑務を押し付けられ、俺と小比類の二人だけで掃除や準備をやらされるハメになった。度々石母田たちが手伝いに来てはいるが、他の奴らよりも動く回数が多いため互いに疲弊していた。
「俺はスローガンの紙をしまってくる。お前は机を先に片付けてろ」
「でも……」
「いい。俺が片付けを押し付けたとか言われても厄介だ」
「……わかりました」
納得のいかない様子で小比類は頭を下げて、実行委員会が行われている三年一組の教室へ戻っていった。
今日の実行委員会は既に終了し、俺たちは変わらず後片付けを行っている。
他の奴らは、俺が片付けようとしている模造紙にスローガンを書いたり、体育館にて行う劇の準備などをしている。
だが、どの役職よりも、結局俺たち雑務が最も忙しい。
体育館と各教室を行き来し、その全ての机下げや使った物の片付けをしなければならないのだ。
もはや奴隷のように、俺たちを文化祭実行委員の奴らは扱っている。
「チッ」
憎たらしい奴らの顔が思い浮かび、怒りが込み上げ舌打ちした。
模造紙をしまうのは、二年一組の教室の隣にある空き教室だ。西棟二階へ降りて、俺は該当の教室へ入る。
中には、散らばるカラーペンや糊が落ちている。
「クソがっ」
当然、散らばっている物も整理して片付けるのが雑務の仕事だ。
俺は無言でひたすら散らばっている物を回収し、整理する。
一通り終えたら、机を下げてほうきで教室内の掃除。
「わざとやってるとしか思えない」
雑務をやらされ、委員会が終わった後の片付けで教室を訪れてみれば、あらぬ方向に机や椅子が散らばっていることが多々ある。――否、毎回ある。
小比類は毎度その光景を見て、悲しさをもろに顔に出しているため、毎回「俺に対してだ」と言っている。多少表情は和らぐが、多少しか和らがない。
最近の小比類は、以前ほどではないが、張れと言った虚勢もあまり張れておらず、沈んだ表情ばかりを浮かべている。
「――あ?」
瞬間、背後からタンッという音が耳朶を打った。
視線を向けるが、誰もいない。
「気のせい、か?」
廊下に出て左右を確認するが、やはり誰もいない。
「戻るか」
ただの聞き間違いだと思い、俺は小比類のいる三年一組の教室へ戻った。
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翌日も、重い足取りで俺は文化祭実行委員会の行われる三年一組の教室へ向かっていた。
「――なんだよこれ!!」
階段を数段上がった直後、校内中に響き渡るレベルの大声が耳に入ってきた。
また面倒事かと、元から重かった足取りがさらに重くなりながら、俺は階段を上りきる。
正面、三年一組の教室前に数人の生徒が立っていた。いずれも驚愕に目を細め、どこか怒りと悲しみの感情を表情に宿している。
「こんなの、酷い……」
一人の女生徒がそんな声を漏らした。
俺は前へ進み、三年一組の教室の前へ。
「――っ、新崎」
数人の生徒たちは、俺が来たことで露骨に嫌なものを見る目をしている。
だが、俺は無視して教室の中を覗き込んだ。
「――――」
俺が昨日しまったはずのスローガンの書かれた模造紙が、切り刻まれていた。
まぁ、こんなのを見れば苦い気にもなるか。
「お前、少しは気にしろよ」
「あ? 何を?」
「破かれたんだぞ! 頑張って作ったのに!」
全くもって興味ない。
「……お前だな」
「は?」
「――お前がやったんだろ!! だからなんとも思わないんじゃねぇのか!!」
結局、こうなるのかよ。
証拠も無いのに、一方的に俺を悪人だと決めつける。いい加減、クズ共のイカれた思考に慣れつつある自分に嫌気がさしてくる。
「証拠は?」
「――逸釆君は昨日、片付けを担当していたよね」
背後から、新たな声が耳に入ってきた。
声だけで誰だか容易に予想はつく。
「そんなのは証拠にならない。お前の頭ならそのぐらいわかるだろ、夜叉」
「でも、状況的に君か小比類さんの二人に絞られるよね」
夜叉と他の奴らが俺を犯人と決めつける理由は、俺が当のスローガンの書かれた模造紙を片付けていたから。
あの時、他の文化祭実行委員は先に帰宅し、俺と小比類しかいない状況だった。
小比類は先日のいじめとDVの件からして、そんなことをする人間ではないと断定した。
だから、俺を悪人だと思い込んでいる奴らは俺を犯人とした。
切り刻まれていた事実に対して何も思わないことも、理由の一つにして。
「どうしたの?」
「桐星先輩に芽亜ちゃん。これ、見てください」
「……嘘っ」
遅れてやってきた桐星は、最悪の光景に驚愕し、三芳は絶句して悲嘆しているかのように演技。
「夜叉君! 新崎をさっさと文化祭実行委員会からクビにしようよ! 桐星先輩もそれでいいですよね!?」
「……うーん」
一年の女生徒がそう言った直後、チラと俺の顔を桐星は見た。
だが、特に言葉を発することはなかった。
「君の気持ちもわかるよ。でも、逸釆君は半田先生から文化祭実行委員に置くように頼まれてるんだよね」
「そんなの!」
「明確な証拠がないと、逸釆君を追い出したりはできないよ」
「……ぅ」
夜叉の返答に、女生徒は声を詰まらせた。
それから、夜叉は俺の方へ向き直り話し始めた。
「今回は君じゃないことにしておくよ。証拠もないしね」
「勝手に決めつけてるのはそっちだろうが」
「僕は君が悪人だなんて思いたくない。とにかく、今後はみんなで逸釆君が悪いことをしていないか見張ろう」
……勝手に話まとめやがって。
夜叉の意見に周囲の実行委員全員が賛同し、俺は見張られることになった。
怒りや悲しみが渦まく空間の中、立ち尽くしていた実行委員は三年一組の教室の中へ入っていく。
「ふふ」
「これが狙いだったのかよ」
夜叉が俺を通り過ぎた瞬間、小さく笑った。
今回の一件は間違いなく、夜叉甬马が仕組んだものと見て間違いない。
夜叉には何人か、悪事を共有できる仲間が存在している。体育祭の一件の時の尾暮を含めてだ。
誰か一人に俺を監視させ、俺が孤立したタイミングを狙い模造紙を切り刻んだと考えれば納得がいく。
そして、敢えて俺が犯人と言わなかった理由は──俺に対する極度の疑心を、文化祭実行委員全体に植え付けるためだ。
「────」
夜叉は俺を追い詰めると言った。
完璧に貶めようしていると、改めて実感した。
こんな状態で委員会に参加する気にもならず、今日は帰宅することにした。
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──文化祭前日。
俺は文化祭実行委員の雑務に加えて、自分のクラスである二年八組の雑務もやらされていた。
「あのクソ教師が……!」
「あたしらがいるだけマシじゃない」
「雑務を押し付けられること自体が苦痛でしかない」
「……それもそうね」
そう言って苦い顔をしたのは坂野だ。俺、石母田、坂野の三人で現在は荷物運びをさせられている。
サボった場合、担任の半田が、俺を再び停学にすると脅してこき使われている。坂野と石母田は、完全に巻き添えだ。
「ここ、血糊塗って」
二年八組の教室に戻ると、文化祭実行委員の漣が装飾や衣装に指示出しをしていた。
「やっと来た。さっさと中に入れて」
「お前」
「──人に物を頼んでおいて、その態度はどうかと思うわ」
俺が言おうとしたことを、代わりに坂野が言い放った。
漣は目を細め、坂野も視線を鋭くしている。互いの険悪な空気が教室中に流れ始め、廊下の騒がしさだけが聞こえる状況が形成された。
「……柚葉ちゃん」
「ふん」
険悪な空気に石母田が入り、坂野が睨むのを辞めたことで一旦収まった。
「どうせ雑務だし、最後の掃除くらいはやっておいて」
「あんた!」
「あなたには言ってない。隣の、石母田さんにも」
激昂しかけた坂野に言ってから、次に石母田にそう言った。
つまり、漣は「俺だけで掃除をしろ」と言っているのだ。
「……床の軽い雑巾掛けだけでいいな」
「新崎!?」
「余計な面倒事を被りたくないだけだ」
ただでさえ、夜叉に狙われてる状況下だ。
これ以上面倒を増やすわけにはいかない。
「────」
時刻は、十七時三十分。
俺はバケツの中に水を入れ、八組までの長い廊下を一人で歩いていた。
漣に言われた通り、俺は文化祭前最後の掃除をするところだ。
廊下は静脈が包み、俺の足音以外、何も聞こえない。
教室に戻り、軽く床や壁を見る。
血糊やカラーペンによってできた汚れが、幾つか付いている。
「……はぁ」
今になって、半田が何故俺を文化祭実行委員なんかにしたのか、理由がわかったような気がする。
単なる嫌がらせが最もな理由だろうが、何かを任せれば普通以上の結果を出すことを教師である半田は知っている。
整理や掃除、準備などあらゆる雑務において役立つと考えたんだろう。
「それが事実なら、胸糞悪い話だが」
明日から文化祭だ。
夜叉からの攻撃。復帰した三芳の行動。そして、第三の脅威。
いずれに対しても、最大限の警戒をしていなければならない。
「最善を尽くすまでだ」




