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第三十八話 『決意を強く』




 姿を見ただけで、夜叉の態度に合点がいった。


 夜叉は三芳が学校に戻ってきていることを知っていた。だが、他の奴らは知らなかった。

 何故か。簡単だ。

 夜叉と三芳が同じクラスだからだ。


「──っ」


 面白いことになる、追い詰めると散々言い散らかしていた。

 夜叉が常に圧倒的な余裕を持っていたのは、俺を貶めた元凶である三芳芽亜が復帰することを先に知っていたからだろう。


 文化祭に限らず、三芳芽亜が休学から復帰するということは、俺の行動が極限に制限されることを意味する。

 暴力を振るった人間が未だに同じ校舎にいる現状。野放しにしておけば何をするかわからない。

 生徒と教師、両方が監視の目を光らせている状況下なら理不尽に行動を制限してくる奴も確実に出てくる。


「芽亜ー! 怪我はもう大丈夫なの!?」


「うん、完治したから大丈夫だよ。……心配かけてごめんね」


 完璧な演技で、話しかけた女生徒を安心させた。

 目の前の光景は、俺にとっては地獄絵図にしか見えなかった。

 元凶が嘘をつき、明様高に関連する全ての人間を騙すための演技を続けてるんだからな。


「消えろよ」


「は?」


 一人の男生徒が、俺の目の前に立ってそう言ってきた。

 誰だかわからないため、おそらく一年か三年の生徒だ。


「三芳さんに暴力振るった奴が同じ場所にいんな」


「お前俺が自ら文化祭実行委員になったとでも思ってんのか? だとしたら、頭がイカれてるとしか思えない」


「あぁ!? 他に理由があんのかよ!?」


「当然だ。俺は担任の半田に、無理やり実行委員にさせられた。だからここにいる。普通に考えて、悪人が立候補して実行委員なんかになれるかよ。馬鹿か」


「舐めた口聞きやがって! 俺は先輩だぞ!」


「だからなんだ? 暴力でねじ伏せようとする直前の奴を敬えってか? 一回病院で」


「――ストップ、ストーップ!」


 俺と三年の生徒との口論の間に、一人の女生徒が両手を広げて割って入ってきた。


「桐星?」


「久しぶり、新崎くん」


 生徒会副会長、桐星愛莉だった。

 文化祭実行委員まで務めるとは、物好きだなと場違いな感想を俺は抱いた。


「邪魔だ桐星! 俺は!」


「喧嘩はダメだよ。新崎くんが何かするなら、私が止める。――生徒会副会長として」


「くっ……」


 桐星が力強く言い放つと、男生徒はゆっくりと自分の席へと戻って行った。

 背後に座る俺に、桐星は微笑んでから黒板前中央の席へ戻った。


「流石、桐星先輩です」


「……いやいや」


 サラッと自分の株を上げるために夜叉は言ったが、桐星は苦い顔をしながら流した。


「さてと! みんな座って! 第一回、文化祭実行委員会を始めます!」


 桐星の号令で、重い空気が流れた状況で文化祭実行委員会は始まった。




 ■■■■■■■■■■■■■■■




「というわけで、今日のメインは顔合わせです。時間が余れば、役職決めをしたいなと」


 副会長である桐星は、慣れているため淡々と進行していく。


「私は桐星愛莉です。生徒会副会長もしているので、顔は見たことある人多いかな? よろしくお願いします」


 桐星が礼儀正しく挨拶をすると拍手が起こった。

 それから、桐星と同じ三年は次々に自己紹介をしていった。

 そして、二年の番が回ってきた。


「じゃあ、僕から。二年四組、夜叉甬马です。今までで一番楽しい文化祭にできたらと、思っています。どうぞよろしく」


 気障ったらしい奴だな。不愉快、


「二年四組……?」


 二年四組って言ったか?


 終わったことだが、何故二年四組を体育祭で夜叉は最下位にしようとしていたかがわからなかった。

 俺が地に落ちる前に嫌がらせをしてきていた豊島がいるからだと思っていたが、そういうことか。


 思えば、夜叉が体育祭で競技に出場しているところを一度も見ていない。

 裏で指示出しをしていたと考えれば、その部分は納得がいく。加えて、二年四組が圧倒的に強かった理由も夜叉の指示によるモノで間違いない。


 夜叉は自分の指示で強化した二年四組には勝てないと痛感させるために、俺に最下位にするよう仕向けた。

 それも、敢えて自分が指示しているとは言わず、後に発覚する形にして。


 どこまでも憎たらしいクズだ。


「次、芽亜ちゃん」


 と、俺が夜叉の周到な計画に苛立ちを覚えている最中、憎き存在が椅子から立ち上がった。


「──三芳芽亜です。昨年、お世話になった方々とまたこうして作業できること、そして新しく入ってこられた方々と作業できること、嬉しいです。色々ありましたが……でも、めげずに成長できるよう頑張ります!」


 夜叉の時とは比べ物にならない拍手が巻き起こった。


 三芳は三芳で、完璧に善人を演じ続けている。

 休学してから復帰までの五ヶ月間、ボロを出さないように自分を作り続けてたとしか思えないほど、完璧に自分を作っている。


 元々の才、そして被害者の立場。

 二つが合わさったことで、人を騙し切る状況が最悪な形で形成された。


「――――」


 俺を除く二年の挨拶が全員終わった。

 さっきの庇いはなんだったのか、桐星は一切口を開かない。


「それじゃ、次は一年生……」


「桐星先輩、まだ一人残ってますよ」


「……ええっと」


 余計なマネしやがって。


「ほら、新崎君、自己紹介を」


「――――」


 当然ながら、俺は挨拶を無視して視線を壁へ向けた。


「やれやれ、代わりに僕が彼の紹介を。彼は新崎逸釆君。みんなも知っての通り、凄い生徒ですよ。まぁ、訳ありな生徒ですが、僕はそんなでも仲良くしたい。同じ、仲間だから」


 全身に怖気が駆け上がった。

 嘘でも仲間なんて単語を口にするとは、もはや病気を疑うレベルだ。


 しかも夜叉は、ただ俺にちょっかいをかけてきたわけじゃない。

 夜叉が言った直後、教室内にいた一部の実行委員は、夜叉を「優しい」などと言っていた。

 自分の株を、俺を使って上げてもいたのだ。


「――――」


 今すぐにこの場を離れたい。内心をそんな気持ちが支配し始めていた。

 居心地が悪いどころの話じゃない。ただただ、この空間は俺に不快感を蓄積させていくだけだ。


 半田への怒り、三芳への怒り、夜叉への怒り。

 憎悪が、不快感が、俺を押し潰そうと──、


「……あの、小比類恵那って言います!」


「──っ」


 その声を聞いて、俺の心は押し潰されずに済んだ。


「恥ずかしながら不器用で、こういうのも初めてで……でも、ご迷惑をかけないように頑張ります!」


 つい一ヶ月ほど前までは、同学年からの集団いじめを受け、実の父親からDVを受けていた少女。

 小比類恵那は、弱さを隠して自分を強く見せている。

 ──虚勢を、張り続けている。


「……ぁ」


 哀れだな、俺。

 散々酷い目に遭わされてきて、ただ憎悪と不快感が募る空間にいるだけで離れたい? 馬鹿かよ。

 石母田が被害者になった時、俺が誘拐犯に仕立て上げられそうになった時の方が、よっぽどキツかっただろ。


 時間が経ってその時の気持ちを忘れてたのか?

 積み重なる災難に精神が疲れてたのか?

 いずれにせよ、哀れだ、俺は。


「――――」


 小比類は今も俺に言われたことを続けてるのに、当の俺が逃げ腰とは随分と弱気だ。

 俺は誰にも屈しない。その意思だけは、今も変わっていない。忘れていない。


 己の哀れさを小比類に自覚させられ、俺は再び気を引き締め直した。


「――――」


 一年の自己紹介が全て終わり、これで文化祭実行委員の顔合わせは全て終わった形だ。

 時刻は十六時半。作業でもない限り、終わるのがルールだ。


「時間なので、役職とかはまた次に決めましょう。楽しい文化祭にするために、これからよろしくお願いしますね」


 桐星の挨拶に拍手が起こり、最初の文化祭実行委員会は終了となった。

 教室内は、各々集まって会話している。

 主に、三芳芽亜関連だが。


 扉の前で集まって会話しているせいで、俺は三芳の横を通り抜けていかなければならない。

 そもそも近づきたくないが、後ろの扉は鍵がかかっている。仕方なく、俺は荷物を持って前扉へ向かう。


「うわ、こっち来た」

「芽亜ちゃんこっちこっち……!」

「きっしょ」


 いちいち言わないと気が済まないのかよ。


 鬱陶しい奴らを無視して俺は外へ、


「──元気そうで良かった」


「──っ!」


 この女は……!


 俺が三芳の隣をすれ違った瞬間、耳元で囁かれた。

 込み上げてきた憎悪を抑え込んで振り返るのを必死に堪えて俺は廊下へ出た。


「あのクソ女が……!」


 周囲に人のいない空間で、憎悪を吐き出した。


 この文化祭は、何事もなく終われるわけがない。

 夜叉からの宣戦布告、三芳の登校再開、そして三人目の脅威。


 確実に近づいている強大な悪意。

 一筋縄ではいかないだろう。でも――、


「屈するつもりはない」


 どんな災難が降りかかろうと、俺はその全てを退ける。




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