第三十六話 『悪の宣言』
『僕が関わってるって、よくわかったね。さすが逸釆君だ』
「戯言はいい。お前、俺に何がしたい?」
正直、聞かずとも十分わかる。
俺を貶めるためなのはわかってる。だが、根本の理由がわからない。
それを知る必要がある。
『貶めるため、っていうのは言うまでもないよね』
「――――」
『君が知りたいのは、僕が逸釆君を貶める理由、ってところかな?』
画面の向こうの夜叉は、表情に余裕を宿している。
今すぐにでも、この憎たらしい夜叉の顔を殴りたい。
「ある程度予想はつく。お前はどうせ、他の奴らと同じで三芳に便乗して俺を貶めようとしてんだろ。どいつもこいつも……」
『――逸釆君は一つ、大きな勘違いをしているみたいだね」
「は?」
夜叉は首を傾げて、一瞬だけ疑問を顔に出した。
しかし、すぐに余裕を顔に戻してから先ほどまでよりも笑みを深めた。
「勘違い? 何を言ってる?」
『勘違いは勘違いだよ。――僕は逸釆君が、三芳芽亜ちゃんに暴力を振るったなんて微塵も思っていないよ」
「は、ぁ?」
……いや、おい、こいつ何言ってる?
さすがに明様校生全員が、俺を『三芳芽亜に暴力を振るった悪人』だとは思ってないのは理解してる。
理解してるが、俺を貶めようとする奴らは、揃って俺が三芳に暴力を振るったと思ってると考えてた。
それ以外に理由なんて、考えられない。
『……やれやれ。君には呆れさせられてばかりだよ』
「なに?」
『頭が良くて、運動もできて、行事は率先して実行委員になって』
「――――」
『新崎逸釆くんという存在は、明様校の輝きだ。もちろん、三芳芽亜ちゃんもね』
「―――っ」
『まさに『一番』。トップだよ』
夜叉は何故か、一番という単語を強調して言ってきた。
「それがなんだよ」
『羨ましかったんだよ。君ら二人のことがね。だから、逸釆君が芽亜ちゃんに暴力を振るったって話を聞いた時――チャンスだと思った」
そう言った直後の夜叉の顔は、余裕に満ち溢れていたと同時に、極大な悪意を感じさせられた。
ここまで言われて、夜叉甬马が俺を貶めようとする動機がわからないほど鈍感じゃない。
もう、次に出てくる言葉は予想がつく。
『僕が逸釆君を貶める理由は――一番だった君を、徹底的にどん底に叩き落としたかったからだよ』
予想通りだった。
夜叉甬马は、俺と三芳が明様校で活躍してトップとして持て囃されているのが、憎くて仕方なかったのだろう。
夜叉は金持ちの家の生まれで、文武両道、どちらも秀でている。
性格的に、自分以外の人間が上に立つことが認められない性質なのは関われば誰でもわかる。
だからこそ、こいつは厄介でとてつもなく面倒なんだよ。
『芽亜ちゃんはどこか善良な子には見えなくてね。突然逸釆君が暴力を振るったって話が出た時、彼女が君を貶めるために嘘をついているとしか思えなかったよ。でも、芽亜ちゃんがせっかく貶めてくれたんだ。利用しないのはもったいない』
「──っ」
『一番は一人だけでいい。二人も三人もいらないんだよ。僕が、僕こそが一番で在ればいい』
画面の向こうの夜叉は、両手を広げて堂々と言い放った。
どこまでも傲慢な思考をしてやがる。
俺を貶める動機は、三芳同様しょうもないとしか言いようがない。
俺は自分が一番になっていたとは思っていない。
自分を変えるために、ひたすら努力を積み重ねた。その結果が、他の生徒よりも慕われただけだ。
俺の記憶にある夜叉甬马は、三芳と同じくらい慕われていたし、頼られていたし、憧れられていた。
それに俺と三芳が一番だのトップだの言うが、夜叉が勝手に言っているだけで明確に掲示されたりしたわけじゃない。
勝手に怒りを膨らませて、理不尽に攻撃されるのは胸糞悪い。
とはいえ、どうにかする手段は、今の俺にはない。
『近い未来に、僕が逸釆君をもっと追い詰めてあげるよ。期待して待っててくれると嬉しいな』
「────」
「君の過去だけど、まだ拡めないでおくよ。今よりもっとどん底に落とした時に、絶望に絶望を重ねたいからね』
「――――」
『あ、それと最後にもう一つ。――逸釆君の脅威は、なにも僕と芽亜ちゃんだけじゃないよ。もう一人いる』
驚きに、俺は声が出せなかった。
三芳と夜叉以外にも、俺を追い詰められる存在……。
最悪だ。最悪以外すぎるとしか言いようがない。
『安心してくれて大丈夫だよ。三人目は僕らみたいに計画性が高くないから』
「どちらにしても面倒なだけだ」
『はは、まぁ、君にとってはそうだね。それじゃ、またね逸釆君』
「おい、まだ話は」
『――あとは頼んだよ、雷』
夜叉が電話を切ろうとしたため、俺は呼び止めようとした。が、俺の声を遮るように夜叉は一言言って電話を切った。
「幼馴染の頼みだ。完璧にこなさないとな」
「何するつもりだ?」
「これ、何かわかるか?」
尾暮はスマホを胸ポケットにしまって、代わりに『何か』を取り出して俺に見せてきた。
見た目は黒く、平たい正方形。中心に文字が英語で書かれているが、俺と尾暮の立ち位置には距離があって読めない。
なんだ? あのキューブ。
考えられるとすれば、カメラぐらいだが、他に何が――、
「これはな、こう使うんだよ」
俺が黒い物体が何かを考えていると、尾暮はそれを口元に近づけた。
『閉会式中にすみませーん』
「な⁉︎」
突然、尾暮の声が大音量で聞こえた。
――学校全体に聞こえる音量で。
『すいませんね、ちょっと聞いてもらいたい話があって。とと、どこにいるか教えてなかった。上です。屋上』
最初に尾暮が口元に四角い物体を近づけた時点で、なんとなく察しがついてた。
あれは――マイクだ。
「凄いだろ? これは海外から取り寄せたワイヤレスマイクだ。二個一のヤツで、もう片方は放送室にある」
「……っ!」
一瞬だけ尾暮はマイクを口元から離して、俺に言ってきた。
眼下、校庭に整列していた生徒、保護者、教師が揃って屋上を見上げている。
この状況に危険を感じて、俺はとっさにその場にしゃがんだ。
『今しゃがんでましたが……。二年の新崎逸釆が、俺の隣にいます』
尾暮は俺がしゃがんだのを見て、放送を介してそれを言った。そして、悪辣な笑みを向けてきた。
『邪魔すんなって思ってる人多いと思うんで手短に済まします。ーー二年四組が何回か失格とか最下位になった件、知ってます?』
「──ッ!」
そういう、ことか。
俺が受けた取引という名の戦い。この戦いは、初めから敗北が決まってた。
取引条件を達成しなければ、俺の過去を拡められる。達成しても、俺が二年四組の競技を妨害していた事実が拡められる。
今目の前で行われているのが、後者。
俺が二年四組を妨害した事実を、尾暮は淡々と放送で話している。
俺が二年四組を妨害した事実を拡められることは、とっくにわかりきってた。というより、そのことを踏まえた上で取引を受けた。
だが、仮に拡められたとしても噂として拡められると考えてた。
……俺の想像が、甘かった。
『知らない人のために説明します。障害物リレーって、一人でも障害物を超える順序間違えると失格ですよね。新崎は嘘の順序を二年四組の生徒に伝えたんすよ』
尾暮が言った直後、下から様々な罵声の響めきが聞こえてきた。
競技の妨害もだが、また新崎逸釆が問題を起こした事実に罵詈雑言が飛び交っている。
「―――っ」
閉会式で全校生徒、全教師、一部保護者が一所に集った状況で、目立つ位置の屋上に立ち、放送を使って話す。
この方が確実で、一瞬で大勢を信じ込ませられる。
どこまでも用意周到で、徹底的に俺を追い詰めようとする夜叉甬马の顔が脳に浮かび、怒りが込み上げてくる。
だが、こんな状況で怒りを叫べば一巻の終わりだ。
何も、できない。
『もう一個が、二人三脚。二年四組さ、不思議に感じたろ? 足首を結ぶ紐が六回も切れたの』
「思った!」
「変だったよな」
「なんだったのかと思えば、新崎のせいかよ!」
『今聞こえたけどその通り。あれは新崎が紐に切れ目を入れてたから、六回も真っ二つに千切れたってわけ』
淡々と、俺の妨害内容を尾暮は話す。
『あと棒倒し。怪我させて棒倒しと棒倒し以降の競技を最下位にしようとしてた』
「ふざけんな……!」
実際には、棒倒しは何もできなかった上に、以降の競技は観戦すらしなかった。
しかしそうすると読んで、今放送で話した。
どこまで俺を……!
『とまぁ、以上です。新崎逸釆はやっぱりクズだったってのをわかってもらえました? では、邪魔してすいません。閉会式続けてくださーい』
尾暮は口元からマイクを離し、しゃがんで俺と向き合った。
「お前らは……!」
「流石だろ、甬马。とにかく、以降も悪戦苦闘してくれ」
悪辣な笑みを俺に向けてから、尾暮はは立ち上がって屋上を出て行った。
「尾暮……!」
ただ、見てることしかできなかった。
放送内容を否定することも、放送を辞めさせることも、できなかった。
全てが無意味だと感じて、何もできなかった。
呆然と空を見つめる。
無力感に苛まれ、怒りを噛み締めることしか、俺にはできなかった。




